Episode3-33 先輩の自慢の後輩
試合開始の号令が響き、ミツリと向かい合う生徒が一気に動く。
「そこまでルーガ副団長が言うほどの実力。ミツリさんの強みとはどこにあるのでしょう?」
「ミツリの武器は戦闘に関する地頭の良さです」
「スピードなどではなくて、ですか?」
「はい。彼女の一つ一つの動きには意味があります」
現に対戦相手はミツリを懐に入れまいと距離を取ろうとするが、ミツリは開幕ダッシュと共に接近を試みていた。
相反する動きを取る二人は一定の間合いを保ったまま、試合場をせわしなく動いていく。
しかし、この時点ですでにミツリ有利に展開は働いているのだ。
「なるほど。ああやってリズムを崩させるわけですね」
「ええ。相手はミツリの攻撃を防ぐために動こうと考えるわけですが、その思考自体がすでに本来の自分のリズムを狂わせている。無意識にミツリの舞台に上がってしまっているのです」
ミツリの実力を知っているが故に受け身になってしまう。
こうなれば防戦一方だ。
彼女にはアレがある。
「……【透明化】の【加護】。確かにミツリさんはよく戦略を練られているみたいですね」
すぐに思い至った聖女様が正解を口にする。
ミツリは出会いの際、俺でも音を拾うのが難しいくらいまで足音を消すのが上手くなっていた。
そんな彼女を一学生が確実にとらえられるとは思わない。
「以前に先輩がおっしゃっていた意味がわかりました。私とミツリさんがいい勝負をすると言っていたのは、こういうことだったんですね」
マドカは納得した表情で戦況を見つめていた。
マドカの【加護】は【透明化】の影響を受けにくいからな。
【加護】ありならばマドカが有利だろうし、【加護】無しならミツリが有利対面になる。
「ちなみに先輩はどうやって勝ったんですか?」
「ん? 普通に攻撃してきたのを防いで、腕を掴んで捕まえた」
「……ルーガ先輩も十分におかしいですよ……」
目で追いかけるからダメなだけで、視界に捉えればいい。
彼女は胸が大きくないので簡単だ。
そもそも当時は今ほどおっぱいを意識していなかったのだが……。
彼女がレベルアップしているのと同じく俺も成長を止めていない。
おっぱいの感知に関しては強くなったと言っていいのか悩むところだが……実際に役に立っているので良しとしよう。
「……あら?」
戦況の異変に気付いた聖女様が首を傾げる。
距離を取ってしまっていたことで対戦相手はとっさに攻撃できず、全方位を警戒しなければいけなくなってしまう。
ミツリに勝つために必要なのは的確に情報を処理すること。
彼女は多角的に攻めてくる。
正直、すでに彼女の必勝パターンに入っているのだが……。
「……ルーガ先輩、ミツリさんが【加護】を使いませんね?」
「……だな。もう【加護】を使えば勝負は終わりなんだが……」
「ふふっ、私にはわかりましたよ。彼女の行動の意味が。確かに今の聖騎士団に欲しい人材ですね、彼女は」
ニコニコと気分よさげな聖女様。
彼女が【加護】を使わない理由。
考えて、考えて……一つだけ、もしかしたらと思えるのがあった。
「……あいつ……」
「ここまで追いかけてくれる後輩がいて、ルーガ副団長は幸せ者ですね」
「……はい。全く無茶をする……」
「では、そういうことにしておきましょう」
どうやら聖女様の目はごまかせなかったみたいだ。
口ではああいったが、思わず顔はニヤついていたのだろうか。
彼女は再開してから、ずっと言っていた。
『先輩の自慢の後輩』だと。
つまるところ、それが答えなのだろう。
ミツリは俺の後を追いかけて、本気でバカをやろうとしている。
「あ、あの、お二人で納得しているところ悪いのですが……私にも教えてもらってもいいですか?」
「ええ、もちろん。マドカさんはルーガ副団長の【剣舞祭】での偉業を知っていますね?」
「はい! 【加護】を使わずに優勝って……あっ!」
口にして理解できたマドカが感嘆の声を漏らす。
聖女様は戦場で偉業へと挑戦しようとしている聖騎士候補生を楽し気に見つめた。
「ミツリさんは【加護】を使わずに【剣舞祭】を優勝するつもりなんですよ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
この【剣舞祭】で私に課されたのは優勝じゃない。
そこはただの通過点だ。
ボクが見据えるの憧れの先輩……観覧席から見ている彼の隣に行く。
ルーガ先輩はいつもそうだった。
追いかけても、追いかけても、どんどん前を走っていく。
その背中を追い続けるのはとても辛いことで、だから誰もが彼については憧れで終わらせる。
自分とは切り離して考える。
天才なのだから。特別なのだから。
――本当にくだらない。
誰もルーガ先輩の本質など見ていなかった。
確かにあの人には才能がある。けれど、あそこまで成長を止めないのは、その裏に果てしない努力の裏打ちがあるからだ。
同じ努力をしていない分際で、なぜ諦める?
ボクたちはスタートラインからしてルーガ先輩の後ろにいるのだ。
あの人は優しいから孤独じゃないし、好かれもしている。周囲に人も集まってくる。
だけど、ずっと隣にいたボクにはわかる。
時折り、先輩が見せる寂しげな表情を。誰も彼と同じ視線に立っていないから。
そんなのは認めない。ボクが憧れを憧れのまま放っておかない。
前だけじゃなく、振り向かせてやるんだ。あなたの後を追い続けている奴がいますって。
そして、隣に並ぶ。
追い抜かす。
そのためにもボクは【加護】を使わず、優勝する。
先輩がいなくなった後に編み出した技……目に焼き付けてください。
「すぅぅぅぅ……」
深く腹の底で呼吸をするイメージで、エネルギーを全身へと流し込む。
指先の血管まで認識して、血の巡りを活発化させる。
そして、構えた。
「――【聖拳演舞】」
憧れを今日、ボクは捕まえる。
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