Episode3-29 響き渡る悲鳴

「くそがっ! 百片切断ブロック・カッティング!」


 俺へと一直線に伸びる鋼線。


 暗闇を駆ける細い線は見えにくく、なるほど。暗殺にはピッタリの【加護】だ。


 だが、俺は見えなくても対処はできる。


「ふっ!」


 身体に届く前に剣で回し受けて、軌道を変える。


 逸らされた鋼線はあらぬ方向へと曲がり、壁を壊した。


「ずいぶんとイイ目をしてやがる!」


「見るのではなく、感じてるのさ」


 ――『万乳回避圏ニュー・ワールド


 人にはそれぞれ支配できる空間が存在する。


 俺で例えるならば剣が十全に振れる四方八方の空間。


 そのエリアに入ればおおよその攻撃を感知するし、当然防ぐことだってできる。


「次はこちらから行くぞ」


 極端に言い換えるなら戦いとは、その支配圏のぶつかり合い。


 より濃く、強固な支配力を持つ方が勝者となる!


「――『万乳双蛇手ニュー・モミシダック・ハンド』!」


「くっ……な、なんだ、その手は!? ワキワキするのやめろ! 気持ち悪い!!」


「捕らえた!!」


「しまっ!?」


 シュルリと蛇の如く腕を侵入者の腹と右腕に巻きつける。


 重心を抑えた俺はそのまま足を払って、彼女を床に倒した。


「ぐっ!」


 叩きつけられた衝撃でブチリと切れるさらし。


 解き放たれたおっぱいがサンドイッチされて横乳がはみ出している。


 ほう、なかなかの柔軟性……ってそうじゃない。


 頭を振って煩悩を退散させて、腕の関節をめる。


【加護】の【鋼線】対策に指はこちらへと向かないように膝で抑えた。


「さぁ、吐いてもらおうか。お前を寄越したのは誰だ?」


「はっ! 誰が言うかよ!」


 ペッと唾を吐き飛ばす侵入者。


 落ちていた隊服の紋章にべちゃりとつく。


 ……いいだろう。そちらがお望みなら徹底的にやってやる。


 俺には風俗街でミューさんに教えてもらった尋問の知恵があるのだ。


 こういう輩を相手するときは肉体的にではなく、精神的に追い詰めるのがいいらしい。


 起き上がれないように強く力をかけながら、俺は侵入者のわき腹へと手を伸ばした。


 むにっ。むにむにっ。


「ひゃっ!? な、なにしやがる、てめぇ!」


「なんだ、この贅肉は。暗殺者というのは自己管理もできないのか」


「うるせぇ! そんなの気にしたりしないんだよ!」


「太っていても構わないのか。殺し屋ってのも意外と簡単なんだな」


「ああ、そうさ。ノロノロとのんきに生きてる奴らをサクっと殺すだけの簡単でつまらない仕事さ。……だけど、いま私はすごくたぎってるぜ」


「この状況にか? お前、変態だな……」


「全裸のお前だけには言われたくねぇ! くそっ、なんで変態の癖に強いんだよ……!」


 それはいろいろと犠牲にしてきたからだ。


 青春、理性、金玉……様々なものを犠牲に俺は一つ、また一つと段階を踏んで成長した。


 その中でも精神力が最も育ったと思う。


 どんな罵倒をくらっても『でも、こいつは自分の上司に夢精しましたと報告した経験がないお子様なんだろうな』と考えると、自然とおおらかな気持ちになれる。


「ふん。そんな粗末なもの出してたら格好つかねぇな」


「ぶっ殺すぞ」


 ……はっ! 危ない危ない。挑発に乗せられるところだった。


 あまり長引かせる状況でもない。次の脅しで吐かなかったら拘束して、リオン団長へと引き渡そう。


 聖女様の言付けもあれば他所の団も手出ししないはずだ。


「おい、次が最後のチャンスだ。よく考えて答えろ」


「どんなことされたって言わねぇって」


「答えなければ、俺はこのままお前に尻を下ろす」


「変態! 卑怯者! お前それでも聖騎士か!?」


「十、九、八、七」


「カウントが早い!? 畜生が……!」


「六、五、四、三」


「あぁぁぁぁ!? それをされるくらいなら私は死ぬ! 【貫槍鋼線ドリル・ストリングス】!」


 彼女の五指から射出された鋼線は切り傷が生々しい壁へと突き刺さる。


「【回収】!」


 そして、四隅に刺さった鋼線が彼女の元へと戻ろうとする動きに引っ張られて、壁一面ごと外れてこちらへと倒れ込んできた。


 なるほど。依頼者を明かすなら潔く自死を選ぶ。


 素晴らしいプライドと行動力だ。


「ハハッ! このまま仲良く一緒に死のうぜ!」


「悪いが、そうはさせないさ」


 俺は彼女を抱きかかえると隊服が散らばっている場所へと飛び込む。


 目当てのものを手に取ると、そのまま自身の太ももへと突き刺した。


「【黒鎧血装】」


BLOODYブラッディ CHARGEチャージ!』


 刹那、壁が俺たちを押しつぶす――が間一髪で鎧の展開が間に合った。


 拳を叩きつければひびが入り、壁はバラバラと砕け散る。


 これで俺と彼女の命は助かった。


「……今回はしてやられたな」


 しかし、捕えていたはずの侵入者の姿は部屋のどこにもない。


 俺が【加護】を発動する瞬間、彼女もまた【加護】を使って外へと逃げたのだろう。


 その証拠に脱ぎ捨てられていたはずの彼女の服がなくなっている。


 裸のまま外を突っ走るのはさすがに目立つと判断したか。暗闇に溶け込むためにも、あの黒装束は必要だからな。


「さて、俺もマドカたちが来る前に着替えを……」


 …………。


 ……。


「……あれ?」


 ない。確かに黒の短剣を手にした時にはあった隊服がない。


 壁が倒れた際の衝撃でどこかへと飛んだしまったか?


 部屋中を見て回るが、あんなに目立つ純白はどこにも見当たらない。


「……まさかっ!」


 思い当たった俺は窓から外を見る。


 すると、向かい側の屋根に俺の隊服をひらひらとなびかせる侵入者の姿があった。


「生娘にもお前の粗末なもの見せてやるんだな!」


 べーっと下を出した彼女は身軽に屋根を飛びわたって、その姿はどんどん遠くなる。


 追いかけても構わないが、俺が離れた後に聖女様がまた襲われる可能性は否定できない。


「くそっ……あいつめ、とんでもない真似を……!」


 いや、悔しがっている場合じゃない。


 聖女様たちが戻ってくる前になんとか服を着ないと!


 自分のバッグから下着を取り出す――


「先輩! 手助けにきまし……!?」


「ルーガさん! 無事ですっっっ!? えっ、えっっ!?」


「私の騎士……あら……あらあら」


 ――あっ。


 ニヤニヤと笑うマドカ。


 顔を手で覆いながらも指の隙間からチラチラと見てくるシスター。


 そして、なぜか口に手を当ててうっすらと笑みを浮かべる聖女様。


「い」


「い?」


「いやぁぁぁぁぁっ!?」


 俺の悲鳴が夜空へと響き渡った。

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