Episode3-28 これもまた騎士道精神

 ふん、ここか。ターゲットが泊まっている宿は。


 暗闇に溶け込む黒の装束に身を包んだ私のコードネームは【マジシャン】。


 しかし、このコードネームを知っているのはもはや誰もいない。


 孤児の私に技術を叩き込んだ師と呼べる存在も、同じ組織にいた仲間たちも全て殺したから。


 弱いのは罪だ。


 そう教えられたから実践しただけ。


「あぁ……誰か私の心を潤してくれないか……」


 強くなる度に、殺す度に胸の内でくすぶる炎が大きくなっていく。


 だから、今回の依頼も受けた。


 今までで間違いなくいちばん大きな獲物。


 任務は聖女ターゲットの確保。それができなくても一騒ぎを起こせればいいらしい。


 そしてターゲット以外は殺していい。これが何より素晴らしい。


 中には護衛がいる。依頼主によれば、かなりの手練れ。


 事前情報通りなら女が一人、男が一人。あともう一人、一般人がいたか。


 それにしても……。


「グースカと気持ちよさそうに寝てやがる。本当にアレが実力者なのかぁ?」


 窓から確認できるのは女二人に挟まれた男。


 顔は整っていて、いかにも女を侍らせていそうな軟派者って感じだな。


 実力者ってのも女にもてはやされているだけか。


「ちっ、面白くねぇ」


 さっさと終わらせてしまおう。足音を殺して、屋根を伝う。


 そのまま窓を割って侵入しようかと考えた瞬間。


「マドカ! 二人を連れて別室へと移動しろ!」


 窓を突き破った腕が私の手を掴み、中へと引きずりこんだ。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 油断していたわけじゃない。だけど、無意識のうちでどこか緩んでしまっていたのだろう。


 でなければ、監視られている時点で気配に気づけたはずだ。


 しかし、俺は奴が宿の屋根に来るまで寝てしまっていた。


 聖女様の命を狙う敵の正体が女性・・でなければ一手遅れを取っていたかもしれない。


「大人しくしてもらおうか、侵入者!」


「侵入させたのはそっちだろうが!」


「うるさい口は慎んでもらおう!」


「がはっ!?」


 先手必勝。


 掴んだ手を離さず、床へと叩きつける。そのまま関節を極めて取り押さえにかかるが、敵の手から何かが噴射されるのを見て、急いで飛び退いた。


 刹那、俺が着ていた隊服の端が切り裂かれる。


 このキラリと月に照らされる細い線は……。


「刃物じゃない……鋼線か!?」


「ご名答。私の自慢の【加護ぶき】さ!」


 自由を得た侵入者が両手を振るう。


 網目に張り巡らされた鋼線の範囲は広く、逃げ場はない。


 ならば、切り拓けばいいだけのこと。


「ふぅ……疾っ!」


 居合で鋼線を切り裂く。


 力なく垂れ落ちる奴の武器。俺は視線で外への脱出の道を殺すと、再び鋼線に対抗できるように居合の構えを取る。


 奴の【加護】は想像以上に自由度が高い。剣をむき出しにしていては絡め取られる可能性もある。


 ならば、己の制する空間で最も体に近い場所で構えればいいだけのこと。


「いいねぇ、お前! なかなかやるじゃないか! さっきまでのは狸寝入りだったか?」


「さぁな。ただ一つだけ言えることはある」


「遺言代わりに聞いておこうか。なんだ?」


 お前は知らないだろう。


 第六番団で己の身を守るために危険なおっぱいが近づいてくると察知できることを!


 見た目では僅かな盛り上がりに映っても俺にはわかる。


 あれは布かなにかで巻いて押し潰している!


 団長が鎧を着る時と同じ!


「お前の敗因は女だったことだ」


 そう告げると、侵入者はポカンと呆気に取られた後、大きな口を開けて笑い出す。


「アハハハ! 女なのが敗因!? 果たして本当にそうかぁ!?」


「こうして奇襲に失敗した時点で詰みだ。手加減はしないぞ」


「しなくて結構! だいたい勝った気でいるのがムカつく。ぶっ殺すぞ」


「事実だ。実力差くらい相手を見ればわかるだろう?」


「いいや、お前は勘違いしてるぜ。私にはまだ武器がある。お前が敗因と決めつけた女っていう武器がよ!!」


 バサリと一脱ぎで捨てられる黒装束。


 その下には予想通り、圧迫されたおっぱいがあった。おっぱいだけじゃない。


 身を包む布は必要最低限で、ほぼ全裸。


 くびれた腰も、丸っこいお尻も、全て露見している。


 とても敵地にやってきた奴の格好とは思えない。


「……どういうつもりだ?」


「男は女の裸が大好きなんだろ? だったら見せてやろうと思ってな」


「拾う時間をやる。今すぐに着ろ」


「気にするなよ。こういう仕事をしてから女は捨てた! 使えるもんはなんでも使う!」


 なんとも覚悟の決まった相手だ。


 敵ながら天晴れ。


 この世で最も弱いのは覚悟がない者。例え技術があっても、何事も覚悟がなければ実力は十全に発揮できない。


 確かに彼女の取った行動は動揺を誘うことが出来ただろう。


 相手が俺でなければ、だが。


「……くそが。ちっとも隙を作らねぇ。私の体には興奮しねぇってわけかよ、ロリコン野郎」


 ひどい誤解を受けていた。


 それも挑発なのは見え透いているので過度な反応は返さないが。


「もう一度機会をやる。服を着ろ」


 俺が怖いのは彼女を裸で捕えたときに受ける聖女様からの追及である。


 だから、本当に服を着て欲しい。いいじゃん。俺が動揺しないってわかったじゃん。


 もう意味ないんだから服を着よう? な?


「なんだ、結構ギリギリだったりすんのかぁ? そうだよなぁ? いい身体だもんな、私。情けなく股間は反応しちゃってたりして」


「していない」


「口では何とでも言えるさ」


 ケラケラと笑う侵入者。


 ……致し方あるまい。こちらも禁断の手を切るとしよう。


「あまり俺の愛棒を舐めないでもらおうか」


 柄から手を離し、上着へと手をかける。


「こちらも同じ条件で相対しよう」


「……はぁ?」


 前々から思っていた。


 子供の教育だってそうだ。ストレスを与え、束縛するのは成長によくない。


 きっとこれは我が息子にも言える。


 愛棒はずっとストレスに苦しみ続けてきた。


 だけど、今は、今だけは状況が違う。


 聖女様も、マドカも、シスターもいない。俺たちの自由を束縛する枷がない。


 て、大空へと。自由になる時が来たのだ、愛棒。


 下からまくり上げて脱いだ隊服を放り投げる。


 カチャリとベルトを外し、ズボンを一気にずらした。


「ふぅ……清々しいものだな」


 ルーガ・アルディカ【無限大の可能性ノーリミットモード】の完成だ。


「ちょ、ちょっと待て! なんでお前まで脱ぐ!?」


「動揺する必要があるか? 女は捨てたんだろう?」


「あ、ああ、そうさ。わ、私は強さだけを求めて……求めて……」


「その割には声が揺れているぞ」


「揺れているのは貴様の下の方だろうが!」


「そう見つめるな。恥ずかしいだろう」


 勝負は平等でなければならない。


 だから、俺も彼女に見習って服を脱いだ。


 これもまた騎士道精神。


 味方が入ってきたら、そう言い訳しよう。


「なんなんだ、お前は……。なんなんだ、お前は!!」


「【聖女近衛騎士】ルーガ・アルディカだ」


「そういう意味じゃねぇ! 絶対にぶっ殺してやる!」


 威勢よく啖呵を切って、顔を真っ赤にした侵入者が攻撃に出た。

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