Episode3-24 はかどる妄想、進む暴走

 結局、俺は一時間おきに起床することでシスターのおっぱい拘束から逃れることにした。


 短時間での連続起床はキツいものがあるが、抱き枕になっているところを見られる方がマズい。


 聖女様の描く理想はとても高く、今の俺ではたどり着けない領域にある。


 例え不慮の事故だとしても色欲関連は避けるべきだ。


 なによりおっぱいに挟まれたら愛棒がマウンテンマウンテンになってしまうからな。


 聖女様に登頂させるわけにはいかない。


「んんっ……」


 目を開けると、シスターがなぜか不思議な寝相を発揮して俺の手を引き込もうとして

 いたところだった。


 そっと引き剥がし、体を起こす。


 すると、頭上から優しい声音が降り注いだ。


「ふふっ、流石ですね、私の騎士」


 白色の髪をかきあげて、微笑むのは聖女様。


 想定外のお声がけに動揺を隠せずにいたが、すぐに姿勢を正してベッドから床へと降りる。


「失礼しました、聖女様。起こしてしまいましたでしょうか?」


「いいえ。私も少し興奮して眠れずにいたのです。あなたのせいではありません」


 そう言うと聖女様は窓の外を指さす。


「ルーガ副団長」


「なんでしょう?」


「ちょっとだけ付き合ってください」




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「う~ん……夜風が気持ちいいですね」


「寒くはありませんか?」


「はい。あなたから貸してもらったこれがありますから」


 聖女様が上着に選んだのは俺の隊服。


 どうやらかなり気に入られた様子で、外へ出るとなった時も視線が部屋にかけられた隊服に向いていた。


 欲しいものをねだる子供のようで、とてもかわいらしかったのは俺の胸の奥に秘めておこう。


 聖女様は外で散歩しながらお話がしたかったらしく、今は並びながら宿の道路側に面していない庭ともいえるスペースで月を見上げている。


「すみません、聖女様。敷地外は危険ですので」


「仕方ありません。私のわがままをできる限り聞いてくれただけでも感謝ですよ」


 聖女様は普段なら絶対に聞けない鼻歌を歌っている。


 どうやら本当に今の状況でも楽しんでいられるみたいだ。


 聖女様は聖騎士隊のトップとして尊敬される振る舞いを心掛けている。成人する前から、先代【剣聖】様・【聖女】様が亡くなってから、ずっと。


 大聖堂を離れてからは、比較的年相応の言動が多く見受けられる。


 これはとても驕った考えかもしれないが……俺に甘えられているのだろう。


 年齢も近く、兄のように思われているのかもしれない。


 だから、俺が叶えられるわがままはなるべく実現したいと思う。


「ルーガ副団長。これはただの質問なのですが……あなたは月をどのようなものだと思いますか?」


「……すみません。自分はあまり芸術方面の学はなくて」


「そんなに難しく考えなくていいんですよ。直感的な、あなたが普段月を見て感じることをそのまま教えてくれたらいいんです」


「でしたら……きれい、でしょうか」


「ええ、私もそう感じます。私たちを照らしてくれる、とてもきれいで、眩しくて、絶対に手に入らないもの」


 聖女様は手を空へと伸ばして、月を手の中に収めるように握りしめる。


「……私は月は夢と似ていると思っています。いつまでもあこがれ続けて、だけど自分のものにできない。眩しさで全てをくらませ、私を追い詰める。ええ、そう思っていた・・んです」


「……今は違うと?」


「ええ。……ねぇ、私の騎士」


 三角座りをした聖女様はいつもの微笑みを浮かべながら、こちらを見つめる。


「私はあなたを見つけられて幸せ者です」


 ……それはどういう意味だろうか。


 今までの話を考えるに夢と関係しているのは推測できるが……。


「ふふっ、不思議そうな顔をしていますね」


「……お恥ずかしながら」


「……私にとって聖騎士とはお父様のような存在でした。他人を愛し、欲に溺れず、正義を貫き、悪を滅ぼす。そのすべてが備わっているのが聖騎士と呼ばれる者なのだと」


 確かに【剣聖】様は誰からも慕われていたと聞く。


 ジャラクやミュザークたちも行動が過激になっていったのは【剣聖】様の死後だし、仏頂面が特徴な第一番団団長も【剣聖】様の前では笑顔を見せたらしい。


 そして、彼は聖騎士たちの誰よりも強かった。


 魔王軍領地への遠征において先陣を切り、しんがりを務める。


 文字通り、最強。


 だからこそ、【剣聖】様が死んだときは聖騎士隊に激震が走ったものだ。


「お母様もいなくなって、私は【聖女】になりました。そして、求めたのは私が認める聖騎士です。ですが、聖騎士隊にお父様のような聖騎士はいなかった」


「それは第一番団のオルガ団長でも、ですか?」


「あの人には他人への愛がありません。ただ興味があるのは「強さ」のみ。それではお父様のような聖騎士にはなれません。だから、お父様は【剣聖】の後継にオルガ団長を指名せずに死にました」


 それは意外だった。


 あの人は第五番団の連中の更生に一役買って出ていたから、てっきり情の深い人物なのだと思っていたが……。


 もちろん会話したことがないので断言はできない。


 だが、こうして近くで接したことのある聖女様のお言葉は的外れでもないのだろう。


「私は【剣聖】に相応しい人物を見つけることに奔走しました。けれども、なかなか見つからず……本物の聖騎士はいないのだと諦めていた……そんな時に出会ったのです。運命の聖騎士ひとに」


 俺と聖女様の間にあった距離が、彼女の手によって埋められる。


 ピタリと腕と腕がふれあい、逃さないとばかりに手のひらが重ねられた。


「【剣舞祭】で見たあなたの剣。仲間たちに祝われる姿、敗者への気遣い、どんな戦法も正攻法でねじ伏せる実力。……すべてに父の面影を、私の憧れを感じました」


「……聖女様」


「聖騎士になって魅力的な女性だけの第六番団に入って、欲に溺れない姿を。風俗街でサキュバスの誘いに屈しない姿を」


「……あ、あの聖女様」


「ルーガ・アルディカ。あなたは私の夢、そのものです」


「……聖女様……!」


 まことに申し訳ございません。


 きっと、聖女様の語っていらっしゃるルーガ・アルディカって俺とは別人だと思います。


 聖女様とお手をつないでいる。


 本来ならば心がときめいてもおかしくないシチュエーションなのに、違う意味で心臓がバクバクとうるさくなっていた。


 決してだますつもりはないんです。


 確かに最初は自分なりに欲情しないように頑張ろうとしたし、努力もしました。


 でも、俺はできなかった。


 団長の優しさとおっぱいに甘えてしまったクズなんです……!


 首を吊れば許してもらえるだろうか。


 いや、それもまた甘え。


 ルーガ・アルディカ。ここまでだましだましやってきたツケを支払う時が来たのだ。


 全てを打ち明けるタイミングは今しかない……!


「どうしましたか、私の騎士」


「聖女様……自分は聖女様の思うような高潔な人間ではありません。どこにでもいる普通の男なんです……! それこそ聖女様にさえ欲情してしまうような――」


「――それは本当ですか?」


 ひぃっ!? と情けない悲鳴をあげなかっただけでも褒めてほしい。


 それくらい聖女様の俺を見る目は鋭く、声は低く震えていた。


 だが、ここで引き下がってはダメだ。


 どんな厳罰でも受ける覚悟で真実を告げる。


 でなければ、俺は嘘つきのまま【剣聖】になってしまう。


 それは聖女様の夢を、憧れを踏みにじってしまう行為だ。


「……事実です。聖女様は美しく、私にはとても刺激が強い。今日も屋台巡りの際、抱き着かれた時は緊張を」


「……結構です、ルーガ副団長。もうそれ以上は必要ありません」


「そう、ですか……」


 よかった、これで誤解も解け――


「今のを聞いて私はさらなる確信を得ましたから」


 ……ん?


 さらなる確信?


 首を傾げる俺をよそに聖女様は再現するように腕を絡める。


「あなたは間違いなく私の騎士です。絶対に手放しません」


「し、しかし、自分は聖女様に汚い感情を」


「いいえ、それは違います。汚い感情というのはジャラク団長が私に向ける類のことで、あなたからはそんな邪な気配は感じませんでした。それはつまり、純粋に私を好いてくれているという証明に他なりません」


「……えっ」


「詳しいことは【剣舞祭】が終わってから詰めましょう。あぁ、なんと今日は素晴らしい日なのでしょうか。やはり夢は月とは違いますね」


「えっ、えっ」


 とんでもない方向へとぶっ飛んでいく理論。


 俺の理解が及ばぬまま、くねくねとうねる聖女様の中だけでどんどん話が進んでいく。


「さぁ、部屋に戻りましょう。実に有意義な時間でした」


「せ、聖女様。あの……!」


「――私の騎士」


 聖女様の人差し指が俺の唇に添えられて、それ以上言葉を紡ぐことを封じられる。


「楽しみにしていてくださいね」


 そう言って、聖女様はかわいらしさと恐ろしさが同居した笑顔を浮かべるのであった。

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