Episode3-15 懐かしきかな、この痛み 

「あぁ~、ルーガくんとイチャイチャしたい~」


 ジタバタとベッドで足をバタつかせる。


 ルーガくんとマドカちゃんは私たちよりも一日早く聖騎士養成学園に乗り込んでいる。


 たかが一日。されど一日。


 彼が単身遠征で離れていた分のルーガくんエネルギーを完全に補充できないまま、また離れ離れになってしまった。


 今回は【聖女近衛騎士】としてだから、こっそり抜け出して彼と会うのは難しい。


 聖女様ももうちょっと私のこと考えてください。


「ねぇ、カルラちゃんもそう思うでしょ?」


「……まだアタシは会いたくねぇ」


「もう。まだそんなこと言ってるの?」


「だ、だってよ……。勝手に一人で盛り上がって、その気になってさ……。挙句の果てにビンタして嫌われない方がおかしいだろ」


「嫌ってたら任務前に声かけに来ないと思うけど」


「うっ……それはそうかもだけどさぁ」


「なんて言われたんだっけ?」


「……『無事に帰ってきたらカルラさんの手作りご飯が食べたいです』」


「それって気を許していないと言えないと思うんだけどなぁ」


「うぅ……わかった! わかったよ! ちゃんと帰ってきたら向き合うから!」


「うんうん、それでよろしい」


 カルラちゃんの頭を撫でると、彼女は真っ赤な顔を枕に埋める。


 本当に昔から素直じゃないんだから。


 でも、これでカルラちゃんは普段の調子を取り戻すだろう。前に私にも相談してくれたけど、初めての感情に戸惑っていて少々前のめり気味になっていただけ。


 どうやって向かい合うのか。それによってどんな答えを導き出すのかは彼女次第だ。


 カルラちゃんの感情に名前を付けてあげられるのはカルラちゃんだけなんだから。


「……リオンもありがとな。付き合ってくれて」


「いいよいいよ、これくらい。幼馴染なんだし」


「それでもだって。リオンもなにか困ったことがあれば言ってくれよな」


「だったら、今から付き合ってもらおうかな」


「おう、いいぜ。ルーガとイチャイチャできない不満だろ」


「うん。正確にはルーガくんと管理が出来ていないから不満って話なんだけど」


「アタシが言うのもなんだが、真昼間からする話か?」


「ち、違うの! 最近ちょっと避けられてる気がして……」


「ルーガが? そんな風には見えなかったけど」


「ううん、間違いないよ。この前だって……」


 そう言って、私はカルラちゃんに自分が感じていることを包み隠さず話す。


 ルーガくんのルーガ棒を管理してあげようと誘ってるのに一向に手を出してくれないこと。


 あんなに喜んでくれていたのに誘えば誘う度に心の壁を感じること。


 その全てを愚痴のように吐く。


「そりゃ避けるだろ。今のお前、ただの変態だもん」


「変態!? そんなことないよ! 私はこんなにもルーガくんの欲求不満を解消してあげようと必死で必死で」


「でも、ルーガが別に欲求を溜め込んでいなかったとしたら?」


「……えっ」


「あいつは相当な忍耐力の持ち主だ。今でこそわかる。結構アタシたちも無防備な部分があったのにルーガは一切手を出さずに耐えてきた。それこそリオンと管理をヤるまでは」


 ……確かに。


 カルラちゃんが落ち着いて例に挙げた事例はすごく説得力がある。


「でも、それならなおさら私の方から誘ってあげなくちゃ」


「ルーガは気を遣わせてるように感じるんじゃないか。何事でも第一優先事項に自分自身より他人を置いている男だろ、ルーガ・アルディカは」


 カルラちゃんの言葉が恐ろしくストンと胸に落ちた。


 そうだ。ルーガくんは今までも自分の身を犠牲にしてでも、私たちを守ろうとしてくれていた。


 副団長降格の件も。お金玉が爆発してしまった件も性欲から私たちを守った結果。


 そんな彼が私からの誘いを素直に受け入れるだろうか。


 答えは効くまでもなく明白だ。


「……ありがとう、カルラちゃん。すごく腑に落ちた」


「おうともよ。気にすんな」


 パチンと彼女とハイタッチする。


 これで私も、カルラちゃんも完全に立ち直れた。


「ルーガくん、頑張ってるといいね」


「心配なんかしてねぇよ。あいつはアタシたちの自慢の副団長なんだからさ」


「ふふっ、確かに。じゃあ、私たちも準備を始めましょうか。明日から【剣舞祭】だし、今日の夜には出発しなくちゃ」


「……あ~、それなんだけどよ、リオン」


 カルラちゃんに呼び止められて、振り返る。


 彼女はボサボサの髪をかき上げてまとめると、強い意志がこもった瞳で私を捉えた。


「ちょこっともう一つ。お願いしたいことがあるんだけどいいか?」


「内容にもよるけど……私が協力できることならするよ」


「ああ、それで十分だ」


 パチンと長い髪をゴムでひとまとめにする。


 彼女が気合を入れるときのルーティン。


 ふぅと一息吐いて感情と体が一緒になる間を作って、態勢が整った彼女は口を開いた。


「アタシは今回、残留組に入れてほしい。そして――副団長になるための知識を叩き込んでくれ」


 今までの彼女からは考えられない発言。


 あれだけ副団長になるのを嫌がっていたカルラちゃんが前へと進もうとしている。


「あいつは、ルーガは間違いなく団長になる器だ。そんな男を想うなら、アタシも相応しい人間にならなくちゃいけない」


「カルラちゃん……」


「アタシも成長しないといけない。いつまでも嫌がったままじゃダメなんだ」


 ギュッとこぶしを握り締める。


 赤くなった彼女の手には自然と力が込められていた。


 ここで逃げてはいけないのだと自分に言い聞かせるように。


「頼れる先輩として格好つけなくちゃな」


 そして、そのまま彼女の決意が乗った握り拳が突き出される。


 ……部下が、幼馴染が成長しようとしているのだ。


 ならば、私の返事は決まっている。


「もう……メンバー組み直しじゃない、バカ」


 そう言って、彼女の拳に自分の拳をコツンとぶつけた。


「ありがとう、恩に着る」


「その代わり、途中で投げ出すのは許さないからね」


「もちろん。【聖女近衛騎士】として頑張っているあいつに負けないくらい、アタシも頑張る」


 カルラちゃんの視線は自然と聖騎士養成学園がある方向へと向いていた。


 ああ、今ごろ。こうやって私たちが一歩進んでいるうちに、ルーガくんは二歩も三歩も前を歩いているんだろうな。


 そんな確信にも近い予感を抱きながら、私も聖女様のもとで頑張っているルーガくんへと思いを馳せるのであった。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 拝啓、リオン団長。


 そちらはお元気でしょうか。


 僕は命の危険にさらされています。


「すみません、聖女様。もう一度お聞きしてもよろしいでしょうか」


「わかりました。あなたが納得するまで何度でも言いましょう、私の騎士」


 グイっと彼女は逃がさないと言わんばかりに俺の隊服を掴む。


 そして、いつもの人を安心させる優しい笑みを浮かべながら、こう告げるのだ。


「あなたの部屋は、私と同じこの部屋です。ここで私、ライラさん、マドカさんと一緒に過ごしてもらいます」


「はははっ、聖女様はご冗談がお上手ですね」


「…………」


「……えっ?」


 懐かしく、それでいて二度と味わいたくなかった鈍い痛みが股間へと忍び寄ってきていた。

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