Episode3-11 その夜、俺は土下座した。

 リオン団長以外から選べ……か。


 聖女様、シスターと【剣舞祭】での立ち回りについて話をした後、俺は頭を悩ませながら隊舎へと戻ってきていた。


【聖女近衛騎士】として俺が選ぶなら団長で間違いないと思っていたのだが、それは聖女様によって却下されてしまったのだ。


 間違いなくシスターが何かを吹き込んだのが原因なのはわかる。


 退出して二人で話す機会があったので聞いてみると


『私なりに【お金玉公】が任務に集中できるようにお手伝いさせていただきました。【剣聖】への夢を叶えるために頑張りましょう』


 ……と大きな胸を歪ませながらガッツポーズしていた。


 彼女なりに俺を思いやってくれたのはわかるのだが、やっぱり真意は読めない。


 しかし、聖女様の言葉は絶対なので団長は選択肢から除外だ。


【聖女近衛騎士】以外にも学園には多くの聖騎士が警備につく。団長もそちらに回ることになるだろう。


「団長以外ならカルラさんかマドカになるな」


 普段の打ち合いで団員全員の実力はある程度把握しているが、結局はそこに落ち着く。


 マドカに経験も積ませたい。彼女は時々行動がアレになるが、仕事に対する姿勢は真面目だ。


 だけど、それはカルラさんにも言える。


 それと個人的な問題になるが剣の連携をとるなら、やはりカルラさんの方が一つも二つもレベルは上。


 聖女様の命に直結する人選。


「……となれば、やっぱりカルラさんだな」


 執務室に行く前にカルラさんのところへ行こう。


 ちょうど今の時間なら室内練習場で素振りをしているはず。


 立ち寄ってみれば、真剣な表情で重りを付けた鉄棒を握るカルラさんがいた。


 相変わらずへそが丸見え、太ももがさらけ出されているラフな格好である。


「カルラさーん」


「…………」


 ……気づいていない? かなり集中しているのかな。


 自分にも似た経験はある。こういう時はトントンと肩を叩くに限る。


「ふぅ……」


 彼女が一息ついた今がちょうどいいタイミングだ。


 そっと後ろから近づくと、カルラさんの肩に手を乗せた。


「カルラさん、おつかれ」


「うおぉぉぉぉっ!?」


「えっ?」


 瞬間、跳んで後ずさるカルラさん。


 その勢いが凄すぎて、思わずポカンとなるが気を取り直して声をかける。


「カルラさん、お疲れ様です」


「おおおお疲れ! ど、どうしたんだ!? 何か用か!?」


 やけにどもるし、顔が赤い。目も全然合わないし、全くカルラさんらしくない。


「はい、お話が少々。お時間いただけますか?」


「お、お話!? ど、どこで!?」


「どこでって……自分の部屋ですかね」


 後々公表されるとはいえ【聖女近衛騎士】は大役だ。


 それまでは一部の人間だけに絞っておきたい。


 カルラさんなら俺の部屋に何度も酒を持って遊びに来ているし、今さら気にすることもないだろう。


「ル、ルーガの部屋!? なんで!?」


「人がいないところが望ましいからですね」


「ひ、人がいないって……」


 ゴクリとカルラさんはつばを飲み込む。


 ……なんか今日は空気が重いな。


「そ、それは……リオンもしたことを……ア、アタシにも……ってことか?」


「そうですね。リオン団長も(聖女様の護衛は)経験済みです」


「そ、そんなはっきり言うことかよぉ……!」


 うぅ……とやけにらしくない反応をするカルラさん。


 うーん、特に変なことは言ってないつもりなんだけど……。


 カルラさんと俺の部屋で誰にも聞かれたくない話をしたいってだけで。


 これが団長やマドカ相手なら多少は思い当たる節があるけど、カルラさんに限ってはないだろうし。


「……えらくいきなりなんだな」


「すみません。リオン団長ではなくカルラさんにお願いしたくて」


「……そうか。それは……ルーガの意思、なんだよな?」


「はい、自分がカルラさんを選びました」


 俺と組む【聖女近衛騎士】として最も適任なのは間違いなくカルラさんだ。


 そんな気持ちを込めて、はっきり告げる。


 すると、彼女はハッと何かに気づいたようにシャツを下に引っ張ってモジモジしだす。


 ……え? なんで?


 俺、別に直視してないのに……。それとも俺に見せる素肌なんてないということだろうか。


 だったら、最初からきちんと正装してほしい。


 俺の心に優しい仕様でお願いします……。


「わかった……夜でいいか?」


 夜か……。夜は暴走機関車と化したマドカが突撃してくる。


「今からでは無理ですか?」


「む、無理に決まってんだろ! いろいろとアタシにも準備があるし……今は汗臭いし……」


「俺は気にしませんが……」


「ア、アタシは無理なんだっ! お、男ならそれくらい察しろよな!」


 ……確かにカルラさんの言う通りだ。


 ついつい気軽く接してくれるので失念していた俺がバカだった。


 失言を反省した俺は頭を下げる。


「すみません。自分の考えが至りませんでした」


「い、いや、わかってくれたなら別にいいんだけどよ」


「では、また夜に。周りに誰もいないことを確認してからノックして入ってきてください」


「お、おう。わかった……じゃあ、あとでな」


 そう言うとカルラさんは練習場を後にする。


 よし、これで大丈夫。次は団長のもとへ報告に行こう。


 マドカにも今晩は少しの間だけ席を外すように伝えないとな。


 彼女は巡回の時間帯なので、先に団長にカルラさんを【聖女近衛騎士】として連れていく旨を説明しておくとしよう。


 そのまま執務室へと足を運び、中へ。


 その瞬間、涙目のリオン団長が飛びついてきた。


 一体どうしたんだろうか。


 とにかく、ここはひとまず落ち着いて……。


「ご、ごめん、ルーガくん! 管理のこと、カルラちゃんに言っちゃった……!」


 ……あれ? 聞きまちがいだろうか。


 今とんでもない発言が聞こえたような……。


「あの夜におっぱいでどんなことをしたとか、全部バラしちゃった……!」


「……なるほど」


 くそっ……! 俺はもう現実を捨てるぞ!


 いや、現実逃避してる場合じゃない。早急に対策を練る必要がある。


「だ、大丈夫なんですか? カルラさんが面白がってみんなの前でネタにでもしたら……!」 


「そ、それは大丈夫だと思う。カルラちゃん顔真っ赤にしてたし、そこらへん初心なところあるから……」


 カルラさんが初心?


 はははっ、団長も面白い冗談を言う。


 いつもお酒飲んで、部屋まで運べ~って酔っぱらうカルラさんがまさかそんな嘘だろう?


 ……でも、確かにさっき俺をからかわなかったな。


 それどころか顔を赤くして、今思えばどこか照れていたような……。


 刹那、頭を駆け巡る数分前の会話。


『人がいないところが望ましいからですね』


『そうですね。リオン団長も経験済みです』


『む、無理に決まってんだろ! いろいろとアタシにも準備があるし……今は汗臭いし……』


 ダラダラと冷や汗が流れ出す。


「……団長」


「な、なに? やっぱり怒って」


「俺は今夜死ぬかもしれません」


「なんでっ!?」

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