Episode3-10 リオン団長、落選
戦略的撤退を選択した日から数日後。
同じ面子で集まり、前回の続きから再開の流れとなっていた。
「もう体調は大丈夫ですか、ルーガ副団長」
「はい、先日は申し訳ありませんでした。万全ですのでご安心ください。今日はよろしくお願いいたします」
そう言って、頭を下げると俺はチラリとライラさんに視線を送る。
気づいた彼女はコクリとうなずく。
……よし、ちゃんと意思疎通はできている。
先日、聖女様の私室を退出した後、ライラさんは俺に付き添うように命じられたので二人きりになれる時間があった。
その際に互いの認識をすり合わせることにしたのだ。
『おき……ルーガさん。どういうことか説明してもらってもいいですか? 私は少しばかり混乱してしまって……』
彼女の意見も最もだろう。
ここで嘘をつくのは一番よろしくない。余計にこじれてしまう。
だから、俺は「【剣聖】になるために性欲を我慢していたこと」「その結果、聖女様に勘違いされていること」。あと「二人の時なら【お金玉公】呼びでもいいこと」を伝えた。
『なるほど。そういうことだったんですね』
『申し訳ない。なので、シスターの力を貸してくれませんか』
『もちろんです。【お金玉公】の努力は知っています。私にもできる限りお力添えさせてください』
『ありがとうございます、シスター……!』
シスターはやはり戦友だった。俺のわがままを受け入れてくれたのだ。
これで今日の歓談は安心して臨める。
「それでは無事も確認できましたし、その前に一つ。シスター・ライラ」
「はい、なんでしょうか?」
「この話を聞く前にあなたには退出する権利を与えます。今からお話する内容は他言無用。聞いてしまえば、あなたはもうただの修道女には戻れないでしょう」
ピシリと引き締まる空気。
ライラさんは想像していなかった大事に巻き込まれ、オロオロと目をさまよわせる。
「今ならばまだ引き返せますが……どうしますか?」
「え、えっと、その……」
動揺する彼女の目と目が合う。
すると、ライラさんはその重力に逆らっている豊かな胸に乗せられた十字架を握りしめる。
祈りをささげること数十秒。
瞼を開いた彼女の瞳には意思がこもっていた。
「……私は誰かの助けになりたくてシスターを目指しました。だから、聖女様がもし困っていて私を必要としてくださったのならば……力になりたいと思います」
それは重大な決断だっただろう。
彼女の人生を左右する選択を短い時間で迫られた。
そのうえでライラさんは己の夢を裏切らない選択をしてみせた。自分自身に対して嘘をつかなかった。
聖女様も彼女が導き出した答えにご満足されたようだ。
浮かべる笑みから圧力は霧散していた。
「ありがとう、ライラ。私はあなたを後悔させません。これからもよろしくお願いしますね」
「は、はいっ! こちらこそ!」
聖女様とライラさんが手を握り合う。
これで本当の意味で俺たち二人は聖女様の信頼できる仲間となった。
「お待たせしました。それでは本題に入るとしましょうか」
二人のやり取りを温かな気持ちで眺めていた俺も意識を切り替える。
本題……つまり、俺とライラさんが【剣舞祭】の同行者として選ばれた理由についてだ。
「単刀直入に申しますが、聖騎士隊に魔族と通じている裏切り者がいます」
「えっ……!?」
「驚くのも無理はありません。しかし、勘違いでも間違いでもなく事実です。ルーガ副団長のお話を聞いて確信に至りました。ライラはガリアナをご存知ですか?」
「は、はい……有名な場所ですから。だ、男性が足繁く通われる場所ですよね……?」
どうしてシスターはこちらをチラチラと見るのか。
行ってないよ。そこまで欲深くないよ。
「……ライラ、私の騎士は施設を利用していませんから勘違いしないように」
「あっ、そうなんですね。失礼しました……」
「話は戻りますが、ガリアナを経営していたのは
第一候補は第二番団のジャラク団長。
ミュザークと懇意にしていたのは聖女様も知っているだろう。
厄介だと言ったのはジャラクは団長として第二番団を好きに操れるからだ。
昨年のように【剣舞祭】の聖女様の護衛を第二番団が務める流れになれば、その命は簡単に奪われる。
「その対抗策として私はルーガ副団長を【聖女近衛騎士】に、ライラに身の回りの世話をしてもらうことにしました。メイドに暗殺者でも紛れ込んでしまったら終わりですから」
聖女様の先代【剣聖】ガレス様と先代【聖女】オリティア様の血を引く由緒正しい生まれ。
唯一の正統後継者として彼女の命の価値は過去の聖女に比べても極めて高い。
彼女を殺さずとも地位を利用して聖騎士隊を操ることもできる。
そんな彼女が大聖堂から飛び出し、露出の機会も多い【剣舞祭】は魔族にとって絶好の機会。
俺たちが課された信頼と任務は文字通り人類の未来がかかっている。
「そ、そんな大役を私が務めていいのでしょうか。私の【加護】も決して戦闘向きではありませんし……」
「安心してください、ライラ。あなたに戦闘面での活躍は求めていません。ただ私と楽しく日常を過ごしてくれればいいのです」
「そうです。武力に関しては自分に任せてください」
力こぶを作ってシスターを安心させる。
しかし、口ではこう言ったものの実際問題として俺一人では限界がある。
ある程度の実力者なら十人ほどまとめて相手できるが、もし魔王軍幹部クラスが出てきたら聖女様を守り切ることは難しい。
少なくとも、あと一人。【聖女近衛騎士】が必要だ。
「聖女様」
「ふふっ。あなたの言いたいことはわかりますよ、私の騎士。もう一人の【聖女近衛
騎士】はあなたが選びなさい」
「自分が……ですか?」
「ええ。私の騎士が選んだ者ならば信頼もできましょう。それにあなたが認めたほどならば実力も確かに違いありませんから」
ありがたいお言葉だ。
とはいえ、信頼出来て実力も兼ね備えていて俺が懇意にしているとなれば、選択肢はおのずと第六番団内に絞られる。
……うん、やっぱりリオン団長が最適だろう。
「でしたら、リオン・マイリィ団長をお願いします」
「リオン団長とはお付き合いもありますから人柄は把握していますし、問題ないでしょう。わかりました。では、後ほど彼女にも手紙を」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
決まりかけた流れを遮ったのはライラさんの大きな声だった。
彼女は立ち上がると聖女様のそばに寄る。
「せ、聖女様。ご内密にお伝えしたいことがありまして……」
「それはルーガ副団長には聞かせられないことですか?」
「はい。とても大切なことなので……!」
「……わかりました。すみませんが、ルーガ副団長。少しばかり耳をふさいでくださいますか」
「承知いたしました」
全くシスターの意図はわからないが、わざわざ彼女から具申するほどだ。
よっぽど重要な情報なのだろう。
シスターは聖女様になにかを耳打ちする。
「団長……欲……我慢でき…………襲う……ます」
その瞬間、聖女様の目が凄い勢いで開かれた。そのままシスターへ頭を下げると、トントンとテーブルを叩く。
許可を出された俺は耳から手を離した。
「ルーガ副団長。申し訳ありませんが変更があります」
「はい、なんでしょうか」
「リオン団長の同行は認めません。私は彼女という人物をどうやら見誤っていたようです。別の人選をお願いします」
とんでもない手のひら返しである。
ライラさんはいったい何をささやいたのか。
聖女様の後ろに立つ彼女を見やると、なぜか自慢気な顔でサムズアップされた。
いや、わからん。こっちはあなたの意図が全く読めていません、シスター。
「とにかくリオン団長以外で決まり次第、私に報告しに来てください。いいですね、私の騎士」
どこか強い圧を感じる聖女様のお言葉。
状況を飲み込めていない俺は逆らう術もなく、うなずくことしかできなかった。
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