Episode3-7 木を隠すなら森の中、変態を隠すならサキュバスの中

 荒れて、荒れ散らかしている私の部屋。


 マドカちゃんとルーガくんがどうなったのか気になりすぎて、落ち着いた頃にはこんな惨状になっていた。


 心配して部屋までやってきたカルラちゃんも呆れ返るほどだ。


 頭を抱えて、ずっと乱心していたのは覚えている。


「……で、カルラちゃん、朝からなにやってるの……?」


「いや、今日は明らかに元気がないからチェックをだな」


「それとおっぱい揉むのって関係あるの?」


「ある。ルーガがそれは身をもって証明しているからな。……うん、今日は飯食ったら休め」


 そう言ってカルラちゃんはポンポンと私の肩を叩く。


 胸の触診で見破られたのは彼女が幼馴染だからと信じたい。


 ……それはそれとして元気がないのは事実なんだよね。


「どうせマドカとルーガが気になって寝不足なんだろ」


「う゛っ」


「図星か。ルーガにかなり惚れこんでるなぁ」


「うぅ……」


 穴があったら入りたい……。むしろ、カルラちゃんに【加護】を使って埋め込んでもらいたい……。


 あまりにバレバレだったようで恥ずかしさのあまり顔を手で覆う。


「だって、こんなの初めてだもん……。どうしたらいいかわからないの……」


「まぁ、リオンの気持ちはわかるよ。……アタシだってまだ向き合い方がわからねぇしな」


「カルラちゃん……」


「あいつは……ルーガは信頼できるし、剣の腕にも憧れる。でも、これが『好き』なのかアタシもわかってねぇんだ。……だから、今のリオンみたいに一喜一憂できるのがうらやましい」


 すごく真面目な表情で彼女は心情を語る。


 カルラちゃんはいつだってそうだ。


 自分に素直で、正面から私という人間に向き合ってくれる。


 だから、団のみんなも彼女を信用しているし、私も親友をずっと続けたいと思えた。


「いいんじゃねぇか、いっぱい悩んで。アタシらまともな恋愛経験ないしな」


「あははっ、確かに」


「だからって、あんまりそっちに熱入れすぎて休まれるのも困るけど」


 ケラケラとひとしきり笑って、彼女はコツンと私の肩におでこをぶつけた。


「あー、恥ずかしっ。なんかこうやってさらけだしたの久しぶりすぎて、すげー変な感じだわ」


「私たちの仲でしょ。昔から隠し事は無しだってやってきたじゃない」


「だとしてもだよ。もう学生じゃあるまいし、恥ずかしい以外あるかっての。……ところでさ」


「んー? なに?」


「お前らシたのか」


 ピシリと笑顔が固まる。


 感情の上下運動が激しくて追いつかない。


 さっきまで微笑ましい気持ちだったのに一気に谷底に突き落とされた気分だ。


「やだなぁ、カルラちゃん。シてないって昨日言ったじゃん」


 なんとか表に出さないように誤魔化す。


 だけど、直感が鋭い親友は騙されてはくれなかった。


「ああ、いや、そっちは信用してるよ。アタシが聞きたいのはルーガの帰還祝いした日のこと。お前らこっそり抜け出しただろ」


「……ななななにも?」


「……なぁ、リオン」


 ガシリと逃がさないと言わんばかりに肩を組まれる。


「アタシたち……親友だよな?」


「……黙秘権を行使させてください」


「許さん! 吐け、おらっ!!」


「きゃぁぁぁぁっ!!」


 この後、めちゃくちゃわき腹をこちょこちょされて、全部喋った。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 リオン団長とカルラさんが食堂に現れなかったので、マドカから逃れられなかった俺は攻めを受け続けていた。


 周りの団員からの「あらあら」みたいな視線が居心地悪い。


 子どもが親に恋愛ごとでからかわれるときってこんな気持ちなのかな……。


 俺が親になったら絶対にやらないようにしよう。


「私は将来的に男の子が二人、女の子が三人がいいですね」


「うん、そんな話はしてなかったよな」


「先輩の顔に『子どもが親に恋愛ごとでからかわれるときってこんな気持ちなのかな。俺が親になったら絶対にやらないようにしよう』って表れていましたので」


「具体的すぎる!?」


 読心術ってレベルじゃなかった。


「安心してください。愛がなせる技です。誰もができるわけじゃないですから」


「……マドカの愛が深くてよかったよ」


「はい。ぽっと出の女性には負けませんよ」


 マドカは朝からなぜか持ち運びしていた俺の隊服を広げる。


 されるがままに袖を通して、これから向かう場所への服装は整った。


「聖女様とのご歓談、楽しんできてください」


「ああ、ありがとう。いってきます」


 マドカの見送りを受けて、第六番団の隊舎を出る。


 そう、俺は本日、聖女様とお話をする約束をしていた。


 内容は風俗街・ガリアナでの俺の活躍について。


 俺の活動を簡潔にまとめると、このような感じだ。



『サキュバスの魔法にやられて、おっぱいに負けそうになる』


『ゴールデン・ボールとなり、サキュバスを無限イキ地獄の拷問で情報を吐かせる』


『団長のおっぱいから着想を得た技で、魔王軍幹部・レクセラを倒す』



 ……うん、何一つとして胸を張って聖女様に報告できない……!


「シスターにこれを相談しに行ったのに忘れるとか俺はバカか……」


 団長との早急な信頼関係の復元など緊急事態に見舞われたのもあるが、自業自得。


 全ての原因をたどれば自分に返ってくるのだ。


 なんとか聖女様が楽しめるような自伝に作り替えるしかない。


 そんなことを考えながら、俺は聖女様が待つ私室へと足を進める。


 ここに来るのは風俗街への単身調査を命じられた時以来か。


 コンコンと扉をノックすると、中から美しい声がした。


「どちら様ですか?」


「本日、聖女フレア様とご歓談させていただく予定の第六番団副団長、ルーガ・アルディカです」


「あら、ルーガ副団長。どうぞ、お入りください」


「失礼いたします」


 許可をいただいた俺は扉を開く。


 すると、視界に白木の椅子に座る聖女様が飛び込んできたので、すぐに片膝をついて頭を垂れた。


「本日はお招きいただきありがとうございます、聖女様」


「ふふふっ、そんなにかしこまらなくていいのですよ、ルーガ副団長。私はあなたを家族・・だと思っています」


「……それでは聖女様の寛大な御心に甘えさせていただきます」


 俺はゆっくりと頭を上げ、手で示された席へと座る。


 ……ふぅ、なんとか間に合ったな。


 俺は聖女様のお姿を目にした瞬間、即座に彼女から見えないようにすね肉をつねり上げた。


 なぜなら、聖女様の服装がとてもラフなものだったからだ。


 滑らかな曲線を描く肩は衆目にさらされ、健康的な鎖骨が覗けるほど首元が開けたオフショルダーを着ていらっしゃった。


 普段とは違い、黒色の生地が聖女様の白い雪のような肌を際立たせている。


 はっきりと隙を突かれた形になってしまったのだ。


 聖女様に欲情するなど聖騎士として言語道断だが、最近の俺は性欲モンスターになりかけている節がある。


 いち早く対処できたのは僥倖だろう。


 そんな俺の視線に気づいたのか、聖女様は微笑みを浮かべる。


「いつも私があのドレスを着ていると思っていましたか?」


「……すみません。想像力が芳しく……」


「いいえ、間違っていません。これはプライベートでしか着ませんから。それを今日、あなたの前で着用している意味は……わかりますよね、私の騎士」


「もちろんです」


 今日のお話の内容を誰にも言いふらすなということだろう。


 業務ではなく、私用で俺を呼びつけた。聖女様のプライベート情報が漏れてしまっては、せっかく作り上げられているイメージを壊す可能性がある。


 それに結び付けて、これは聖女様からの魔王軍との戦いの詳細は他言するなというメッセージなのだ。


 聡明な彼女ならば、すでに聖騎士隊内部に裏切者がいることに気づいているはず。


 少しでも裏切者に情報得る機会を与えるべきではない。


 俺の返事に満足した聖女様は今日いちばんの笑顔を咲かせる。


「嬉しいわ、ルーガ副団長。あなたは本当に私の気持ちをよく理解してくれる」


「いえ、聖騎士として当然の務めですから。聖女様のご考えに少しでもふさわしくあろうと心がけています」


「まぁっ……! そうです、それこそ聖騎士としてあるべき姿です。ルーガ副団長が私の味方で本当に嬉しいです」


 よかった。どうやら受け答えは間違っていなさそうだ。


 流石は聖女様。言動の節々に英知を感じさせられる。


 まずは第一関門突破。


 さて、お次は本題の……。


「それでは聞かせていただけますか? ガリアナでの私の騎士の英雄譚を」


 来た……!


 俺の活動を正直に話すわけにはいかない。


 同期の奴ら相手ならば情けない俺の姿を面白おかしく話せるが、相手は聖騎士隊のトップに君臨するお優しい純真無垢な聖女様。


 そんな聖女様はたった今ヒントを与えてくださった。


『英雄譚』と。


 つまり、彼女は主人公が悪を倒す格好いい物語を求めていらっしゃる。


 この間わずか3秒。そして、俺が導き出した方法は――


「はい。まず、潜入捜査を試みた私を待ち受けていたのはだらしない胸をさらけ出した布一枚のサキュバスたちでした――」


 ――俺の愚行を隠せるほどにサキュバスたちの変態度をつり上げて話すことだっ……!

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