Episode3-8 その声は我が戦友


「聖女様もご存知の通り、奴らはところ構わず胸をバルンバルン揺らして、男を誘惑して襲いかかってきます。時に精神魔法を使うなど卑怯な手も打ってきました」


「しかし、私は【加護】を使って、編隊を組んだ変態たちを千切っては投げ、千切っては投げ……。現地の協力者と共にサキュバスの女王・レクセラの居場所を突き止めました」


「現場へと急いだ私の目の前に現れたのは、小さな布きれ一枚しか身にまとわぬ卑しき女王でした。ですが、(おっぱいを押し付けられていないので)私には効きません」


「サキュバスの女王との戦いでは、奴の強力な魔法には苦戦させられました。左腕をヤられてしまい、死を覚悟しました。そんな私を奮い立たせてくれたのは団長や団員たちとの思い出です。団長(のおっぱい)が後押しをしてくれたのです」


「(おっぱいによる)勇気を得た私は奴の必殺技である魔法を突破し、自身の必殺技を直撃させ、撃破いたしました」




 ……こんなところだろうか。


 ボロが出ず、それでいて短すぎず……。ちょうどいい長さでお話しできたはずだ。


 聖女様は俺が先にお渡ししたレポートも一読しているので、レポートにはない主観的な感情を入れてみたが……。


「ありがとう、私の騎士。大変貴重なお話でした」


「いえ、そんな……」


「いいえ。あなたの口から直接聞いて、レクセラを倒した活躍が嘘ではないと私も確信できましたから」


「ははは……」


 あっぶねー!! 


 自分の行動に関しては嘘をつかず、内容を省略するだけに留めておいて本当に良かった……!


 一度だけ屈しかけたことは別に言ってないし? 団長のおかげで勝利したのも紛れもない事実だし?


 そんな笑顔で人を試す真似はやめてください、聖女様。


 心臓に悪いです。


「ふふっ、些細な余興ですよ。改めて確認することでもありませんでしたね」


 そう言うと、聖女様は自分で淹れた紅茶を一口含む。


 俺も緊張のあまり喉が渇いてしまったので、いただくことにした。


「……とても美味しいです」


「私のお気に入りの茶葉ですの。これくらいしか趣味がないものですから」


「いえ、自分も少々たしなみますが、有名店で出てきても違和感ないと思います」


「ありがとう、ルーガ副団長。私たちは本当に相性がいいみたいですね」


「そうですね」


『相性がいい』の理由はよくわからないが、【剣聖】になるために聖女様の信頼度は高いほうが良い。


 いやらしい話だが【剣聖】になるには聖女様の承認が必要だからな。


 それとなく肯定して、話を合わせておく。


「それでは本題に入りましょうか。実はルーガ副団長をお呼びしたのは他でもありません。またあなたにこなしてほしい特別任務があるからです」


「それはガリアナのように、またどこかへの潜入捜査でしょうか?」


「いいえ、【剣舞祭】に私の護衛――【聖女近衛騎士】としてついてきてもらいたいのです」


「っ!?」


 予想していなかった大役に思わず立ち上がりそうになる。


【聖女近衛騎士】といえば聖女様に認められたごく少数の精鋭のみで構成される組織。


 その人員は守護騎士団の中から選ばれるのが規則になっているが、聖女様は今まで固定の聖騎士は選んでこなかった。


 行事のたびに人員を変えているので、リオン団長も務めたことがあるはずだ。


 とにかく、俺が彼女の代になって初めての【聖女近衛騎士】になるというのは違いない。


「引き受けてくださいますか?」


「もちろんです。この命に代えても聖女様の命はお守りいたします」


「ありがとう、私の騎士」


 そう言って聖女様は俺の手を包み込むように握る。


 いま指先から感じるほのかな体温が聖女様の尊い命を連想させ、より一層気が引き締まる。


「しかし、【剣舞祭】ですか。懐かしいですね」


「去年はあなたもまだ学生として出ていましたものね」


「優勝したあかつきに聖女様にいただいた激励は未だに覚えています」


『あなたが聖騎士になるのを誰よりも心より楽しみにしています』。


 あれでさらに気合が入ったというものだ。


 間違いなく俺の原動力の一つとなった。


「私も覚えていますよ。あの日のことはずっと」


 なんと光栄な言葉だ。


 聖女様が当時はただの聖騎士候補生でしかなかった自分を覚えていてくださったなんて……。


 いや、聖女様はとても優秀な方。


 俺のほかにも優秀な人材はすべて覚えていらっしゃるのかもしれない。


 決して浮かれずに、これからも努力を続けよう。


「今回、私がルーガ副団長を【聖女近衛騎士】に任命した理由は二つです。一つ、魔王軍幹部を倒すという相応しい実力の持ち主であること。そして、重要視したのは二つ目。あなたが信頼できる人物だとわかったからです」


 そう告げた聖女様の雰囲気がガラリと変わる。


 先ほどまで花や蝶をめでるお嬢様だったのが、今は一国を守る王のような目つきをしていた。


 威厳を感じさせる雰囲気に先代【剣聖】と先代【聖女】の血筋なのだと改めて認識する。


「今回の件ではっきりしました。聖騎士隊に魔族とつながっている裏切者がいます」


 やはり聖女様も同じ結論に至った。


 そして、俺よりも内部に詳しい彼女ならある程度の絞り込みも終わっているはずだ。


「裏切者の狙いは私の首を魔族に差し出すことでしょう。【剣舞祭】は大聖堂から離れます。絶好の機会と言えるでしょう」


「……聖女様。自分もガリアナでの任務から同じ疑念を抱いていました。前回の【剣舞祭】の同行者ではなく、私を選んだ理由はそういうことと受け取ってもよろしいですか?」


「…………」


 コクリと彼女は縦に首を振る。


 昨年の護衛を務めたのは……守護騎士団・第二番団団長、ジャラク・アライバル。


 ミュザークとの関係もあり、大本命といっても過言ではないだろう。


「……もし、最悪の事態を想定するならばルーガ副団長にも覚悟をしてもらう必要があります。故に私の身の回りは私が信頼を置ける人物で固めたい」


「なるほど……。ですが、私だけでは人材不足の可能性があります。もちろん全力は尽くすつもりですが……」


「ルーガ副団長の意見もごもっともでしょう。安心してください。私もあなたにすべての責務を負わせるつもりはありません。他にもお声がけを……あら」


 聖女様の話を遮るようにコンコンと扉がノックされる。


 彼女と二人で長く話し込んでいる姿を見られるのは不味い。


 ジャラクが来たのではと身構える俺を手で制したのは聖女様。


「ここにはあなたのほかにもう一人、呼んでいるのです」


「そうでしたか……」


「【剣舞祭】で私の身の回りの世話をしていただく予定でして……どうぞ、中に入ってきてください」


「――失礼します」


 耳に届いた女性の声は聞き覚えのあるものだった。


 えっ……いや、まさか……。


 扉が開かれ、中へと入ってくる人物は修道服に身を包んでいる。


 空色の瞳をしており、それに近しい水色の長い髪が胸の隆起に従って伸びていた。


 少し垂れた目の下には泣きぼくろがあり、どこか優しい雰囲気をまとっている。


 だが、そのどれよりも存在感を放っているのがロザリオだ。


 正確にはロザリオが乗っかるほどの豊かな胸。


 修道女と呼ぶには、あまりにも色気が凄いボディラインである。


 まさかの人物の登場に俺は思わず歩み寄り、尋ねた。


「あの……あなたはもしや……」


「はじめまし……もしかして、あなた様は……」


 俺の声で気づいたのだろう彼女は驚いた様子で、口に手を当てる。


 そうだ。互いの認識する要素が声しかなかった俺たちだからわかる。




 間違いない。彼女は――




「シスター!?」



「お金玉公!?」




 ――我が戦友とも、シスターご本人であった。

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