Episode2-12 聖騎士としての姿を

「はじめまして、俺はルーガ・アルディカ。君の名前は?」


「……ミューでございます」


「ミューさんか。よろしく」


 ミューと名乗った少女はペコリと頭を下げる。


 肩口で切りそろえたショートボブの彼女の服装は昨晩と同じ黒のワンピースに白のエプロン。


 なんとか無事に一夜目を切り抜けた俺は彼女の言葉に従い、昼の間に店の前を訪れていた。


 色欲の街とあってか、人通りも夜と比べるとかなり寂しい。


 そんな中、ミューさんと合流した俺は細い路地で営業しているカフェにやってきていた。


 他にお客はおらず、マスターにさえ注意を払っておけば問題ない。


「昨日はどうもありがとう。おかげで助かったよ」


「いいえ。私も個人的な恩をお返ししただけですので」


「個人的な恩?」


「ええ。ルーガさんは私に新しい世界を教えてくださいました」


「な、なるほど」


 うーん……。


 そう言われても俺の記憶に彼女の存在はない。


 聖騎士になってから関わってきた人なら間違いなく覚えているし、考えられるのは聖騎士養成学園時代か……?


 言われてみれば、どこかで見覚えがあるような。


 特にこの紫色の髪をつい最近……。


「ルーガさん。私のことよりも本題に入りましょう」


「ご、ごめんね。……率直に聞くけど、君は俺の仕事を知っているんだよね?」


 コクリと彼女はうなずく。


 となると、彼女は俺を誘い出す敵か、風俗街を裏切る味方か。


 俺は後者だと確信していた。


 サキュバスの魔法から助け出す一連の流れ。


 嬢たちとの帰り際のやり取りから考えて、彼女たちがわざわざ罠を仕掛ける理由もない。


 俺を若いカモだと思い込んでいるだろうからな。


「なら、こうして誘ってくれた理由を教えてくれるかい?」


「あなたの夢を叶えるために協力したいと思ったからです」


 現地人の協力者。最も欲しい人材だ。


 疑心暗鬼に陥っても進展がなければ意味なし。


 俺はすでにミューさんの提案を受ける腹積もりで話を進める。


「ほう。どんなサービスを提供してくれるのかな?」


「今晩あなたが行われるであろう夜伽のお手伝いを」


「つまり、俺はそういう行為に誘われるってことか」


「昨晩の時点であなたは上客として認識されていました」


「それは光栄だな。……相手は?」


「この方、シュラム先輩です」


 ミューさんは嬢の似顔絵が描かれた紙を差し出す。


 裏返せば、サキュバスと記されていた。


 彼女は確実に俺の目的を理解している。


「ミューさん。君はいったい……」


「しがないあなた様のファンの一人でございます」


 ただのファンがこんな真似できるわけないだろ。


 しかし、俺が優先するべきは彼女の素性ではない。


 サキュバスと二人きりになれる数少ないチャンスを敵自ら提供してくれるのだ。


 この絶好の機会を逃すわけにはいかない。


「シュラム先輩は昨晩と同じ手口を使い、ルーガさんの自由を奪う算段でしょう」


「対策方法はある。問題はないと考えてくれ」


「では、どうやって吐かせるか。ですが、これは簡単です。所詮は発情したメス。快楽に身を堕とした者。かの『鉄の処女アイアンメイデン』と謳われたリオン・マイリィ団長を筆頭に数多もの女性を満足させてきたあなた様のテクニックがあれば」


「――童貞だ」


「……え?」


「俺は童貞だ」


「そ、そうですか。……あの時の発言は本当だったの……」


「その様子だと俺が童貞では何か問題があるのか?」


「……いえ、もちろん代案はございます。同室させてもらう私がシュラム先輩の体に快楽を与えるのです」


「ミューさんが? だけど、君は女の子だろう? サキュバスが偽物のディルドで満足してくれるだろうか」


「私は男ですよ」


「そうか。なら、問題ないな」


 本物の棒がツいているならば、目隠しすればサキュバスも騙せ……違う、違う、違う!


 聞き間違いだろうか。


 そうだよな。こんなに給仕服が似合う少女が男のわけないもんな。


「アハハッ。ミューさんは冗談が上手だね」


「冗談ではありませんよ」


「……本当に?」


「オ・ト・コです」


 彼女は頬に手をやり、清々しいほど満面の笑みを浮かべる。


 衝撃の事実にあんぐりと開いた口がふさがらない。


 新しい世界ってこういうこと!?


 もう一度、ミューさんを上から下まで何度も往復する。


 適度なアルトボイス。丸っこい肩。男にはない肉つきの太もも。


 どこからどう見ても女の子にしか見えない。


「そんなに信じられないならツいてるので確かめてみますか?」


「……いや、やめておこう。俺の中ではこれからも君は女の子として扱うよ」


「そちらの方が嬉しいです。せっかく魔法手術してまで、この可愛い体になったんですから」


 簡単そうに彼女は言うが、魔法手術は一部の上流貴族しかしていないほど膨大な金銭が必要とされる。


 つまり、彼女は元はどこかの貴族の息子だったのだろうか。


 そうすれば俺の正体に感づいた理由も、独自の情報ルートを持っているのも納得がいく。


 だけど、今の俺の頭を支配しているのはたった一つの疑問だった。


「……こういうことを聞くのは失礼かもしれないが、そこまでして女の子になったのにどうしてアレはなくさなかったんだ? 切除くらいなら可能だろう?」


「ルーガさんはない方がよかったですか?」


「からかわないでくれ」


「ごめんなさい。理由……そうですね。私も教えたかったんです。世の中の男性に、女にされてしまう快楽を」


 今まで大和撫子のような和の空気をまとっていた彼女から初めて淫靡な香りを感じ取った。


 これ以上、この話題は避けた方が俺にとってはよさそうだ。


「そ、そうか。まぁ、頑張ってくれ」


「はいっ。私がルーガさんに女にされたみたいに、私も他の男性を新しい世界に導くつもりです」


「……待ってくれ。まるで俺が原因みたいな言い草じゃないか」


「事実ですから。具体的な内容は隠しますが……私が女になった原因はルーガさん。あなた様です」


 つまり、俺はファンの男子に聖騎士として憧れを抱かれるのではなく、惚れた相手として価値観すべてを狂わせてしまったわけか。


「……っスゥ……」


 ごめんなさい、ミューさんのお父さん、お母さん!


 俺が見ず知らずのうちにあなたの息子さんを娘さんにしてしまいました!


 でも、本人はすごく幸せそうなので許してあげてください!


 怒るなら俺を! どんなお怒りでもお受けますので新しいミューさんの夢は認めてあげてください……!


「そんな悲しい顔をしないでください。自分で選んだ道ですから後悔はありません」


「……そう、だな。俺が謝るのは君に失礼か」


「ええ。……ただ、あなた様は優しい人だ。きっと罪悪感を胸の隅で感じるでしょう」


 初めてミューさんの手が俺の体に触れる。


 そこでようやく気が付いた。


 彼女の手が小さく震えていることに。


 きっとミューさんは恐れていたのだ。事実を打ち明けて、俺に嫌われないか。拒絶されないか。


 すごく勇気のいる行為だっただろう。


 けれど、彼女は俺の目的を達成するために自らの恐怖を押し殺してまで踏み込んでくれた。


 ならば、俺がファンの彼女に恩を返す方法はなんだ?


「少しでも私のためを思ってくださるのであれば、格好いいところを見せてください。――私が認めた聖騎士ヒーローとしての姿を」


 そう言って、はにかむ彼女の憧れを壊さないことだ。











◇絶対にツいてる方がいいから、そこだけは譲らない(先手必勝)(鋼の意思)◇


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