Episode2-11 おっぱいなんかには負けない!
「荷物は……こんなものか」
バッグに詰め込まれた最低限の衣類。
マドカからもらったアヤシイ薬。カルラさんに渡された女性用貞操帯。
どれも隊舎を離れる際に押し付けられた品だ。
いや、待て。薬は飲まずに隠していたのになんで見つけられてるんだよ。
「寂しくなった時はそれを飲んで、私を思い出してください」
「何かされそうになったら、これで防ぐんだぞ、ルーガ」
しかし、いい雰囲気だったので言及できなかった。
二人だけでなく第六番団のみんなが見送りをしてくれていたから。
最悪の状況を想定するならば、俺はもう彼女たちとは会えないかもしれない。
だけど、俺は必ず帰ってくる。
なぜならば、昨晩にリオン団長と約束をした。
団長自らおっぱいに顔を押し付けてくれて、元気百倍になっていた愛棒に気づかれないよう、そっと触れ合った思い出の夜。
なによりも衝撃だったのは団長の口から発せられたご褒美だ。
管理してくれるのである。
管理してくれるのである……!
そ、それはつまり、これから金玉痛いと苦悩しなくていいのだろうか。
夢精した事実を正直に告白したら、予想以上の答えが返ってきて驚いている。
シスターはこんな未来もお見通しだったのかはわからない。
だけど、俺の中でシスターへの信頼度は天元を突破した。
「ルーガくん」
リオン団長の手がそっと頬を包み込む。
「あなたが無事に帰ってくる日を心待ちにしているから」
「はい……! ルーガ・アルディカ! 必ずや使命を果たして、第六番団へと帰ってきます!」
そんな一時のお別れも数時間前の出来事。
風俗街近くの宿屋に部屋を取った俺は荷物を置き、目的地へとやってきた。
闇夜になると、そこは雰囲気が一変する。
怪しい灯りが区画全体をゆらゆら照らして、客引きの元気な声が途切れる間もなく飛び交う。
開けた店の入り口には何人もの遊女が並び、遊びにやってきた男を捕まえようと笑顔を振りまく。
まだ完成して日が浅いにもかかわらず、男の天国と名高い評価を得た土地。
風俗街・ガリアナに俺は降り立っていた。
「ここが色欲と金が交わる大人の街か……」
お上りさんと笑われても仕方ないほど、俺は圧倒されていた。
これまでの人生で最も縁の遠い場所と言っても過言ではない。
立ち並ぶ店にはやりすぎなくらいキラキラ光る塗料が塗られており、品を感じさせない景観をしている。
まさに今の俺の格好にふさわしい。
「俺は成金貴族の息子、俺は成金貴族の息子……」
オールバックにまとめた髪。
額にはサングラスを乗せ、首にはチャラチャラした金のネックレスをぶらさげている。
俺たちが知る成金元団長、ミュザークを参考に完成したファッション。
あとは奴の横暴な態度を真似すれば、完璧な親の威を借りる七光りが出来上がるわけだ。
俺に課されたミッションはサキュバスの情報の入手。
どれくらいの軍勢なのか。リーダー的存在はいるのか。どれほどの強さなのか。
調べなければならない事項はたくさんある。
時と場合によっては単身でリーダーを狩る腹積もりだ。
最も避けなければいけない事態は俺の正体がバレて先手を打たれてしまうこと。
第六番団だけでなく、数多くの聖騎士の命運が俺の双肩にかかっていると言っても過言ではない。
それだけの大役を聖女様は任命してくださった。
燃えない男がいるわけない。
「ねぇ、そこのお兄さん? よかったら、うちで遊んでいかない?」
「こっちよ、こっち! 旦那様~! ぜひ寄って行って~」
「可愛い子がいっぱいいるわ! 損させないわよ!」
一度足を踏み入れてしまえば、あちらこちらから声がかけられる。
さっきまで無様な姿をさらしていたから、扱いやすい客だと思われているのだろう。
今ばかりは望ましい方向に転んでいるな。
……よし。どっちにしろ、内情は把握しなければならないんだ。
探りを入れる意味でも適当に一店舗に入ってみるか。
「よぉ。俺を楽しませてくれるってのは本当か?」
旦那様呼びしてくれた客引きの女性に話しかける。
決して旦那様呼びが琴線に触れたわけじゃない。
彼女がこの辺りで最もベテランに感じられたからだ。
他の客引きとの差異として俺へ送る視線の類が一人だけ違った。
「ええ、もちろんですとも、旦那様。最後まで楽しませてくれる子がたくさんいますよ?」
「そうかそうか。なら、案内してくれるか」
「こちらですわ。ふふふっ、ついてきて」
女性は俺の腕に抱き着くと、そのまま店へと連れていってくれる。
「あらあら。旦那様はえらくたくましいのね。……ねぇ。なにか鍛えていらっしゃるの?」
真偽を見抜かんとする眼光が俺を射抜く。
「……あぁ。親父がうるさくてな。武道の習い事を少し」
「へぇ……。だから、手もこないに男らしいわけ?」
「ひょろい男よりこっちの方が女の喰いつきもいいだろ?」
「その通りですわ。私もこれくらい頼りがいのある御仁の方が好みですもの」
「そうだろ、そうだろ」
用意していた設定を口にしたが、果たして誤魔化せたか。
わからないが、もう俺は引き返せない位置まで来ている。
この中には数多の男を喰ってきた輩がいるのだろう。
しかし、サキュバスであろうが関係ない。
約束したのだ。童貞のまま第六番団へ舞い戻ると。
「「「いらっしゃいませ、旦那様!!」」」
おっぱいなんかには負けない!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
おっぱいむにゅむにゅ~!!
すご~い! やわらか~い!
きもちいい~!
「あらあら、旦那様は甘えん坊ですねぇ」
「はいはい、おっぱいは逃げませんよ~」
そう言って両側から巨乳に挟み込まれた。
ちょっとでも指を引っかければこぼれ落ちてしまいそうな服装なので、生おっぱいの感触がダイレクトに感じられる。
席に案内されてからはや一時間。
俺はすでにおっぱいに屈しそうになっていた。
ダメだとわかっているのに、体が言うことを聞いてくれない
本能の赴くままに動こうとしている。
くっ……どうにかしなければ、どうにかしなければいけないのに……!
「旦那様? 私のおっぱい見てみたい?」
「だ~め。こっちの方がプニプニで気持ちいいよ、旦那様?」
「両方とも楽しませろ~!」
くっ、殺せ……!
本格的にまずくなってきた。
これは俺の存在が露見している可能性が高い。
しかし、なぜだ? 聖騎士だと断定されるほどのミスはしていないはずだ。
くそっ……思考を阻むように靄がかかる。
「ほらぁ……触って? だ・ん・な・さ・ま」
「あ……あっ……」
甘い香りとなまめかしい声に誘われるまま、俺の手は突き出された嬢の胸へと伸びていき――
「……きゃっ」
――パシャリと頭から冷や水がぶっかけられた。
宙を舞ったグラスが割れ、その瞬間、おぼろげだった自我がよみがえる。
これがサキュバス特有の精神異常を起こす魔法か……!?
……いや、今はそれどころじゃない。
目の前で転び、嬢たちから怒気がこもった視線を向けられている給仕服の少女をかばってやらねば。
「気を付けなさいよ! ミュー!!」
「歩くことすらまともにできないの!?」
「すみません。そこの旦那様があまりにも情けない姿をされていたので」
「はぁっ!? あんた、お客様に向かってなんて口を……!」
「まぁまぁ、いいじゃねぇか。わざわざ俺に大人の器量ってやつを見せつけるチャンスをくれたんだからよ」
立ち上がった嬢の肩にポンと手を置き、座らせる。
ぬれた髪を軽くはらうと、俺は紫髪の少女の頭を撫でた。
「水も滴るいい男になったぜ。演出ありがとうな」
ジーっとこちらを見つめる少女。
「……明日のお昼、店の前まで来て」
「あん?」
「失礼いたしました。それでは」
ボソリと呟いた彼女は礼をしてこの場を去る。
今のはいったい……。
いや、真意は明日にわかるのだ。
現地のつながりがない以上、俺に逆らうという選択肢はない。
「さすが旦那様。素敵でしたわ」
「ごめんなさいねぇ。新入りが迷惑かけて」
「気にしてねぇよ。けど、今日はここまでにするわ。服も汚れちまったしな」
「そちらはもちろん弁償しますから、遠慮なくお申し付けてくださいませ」
「いいっていいって。その代わり、明日も来るから気前のいいサービス頼むぜ?」
探りを入れるわざとらしい一言。
ほんの刹那。ギラリと肉食動物のごとき鋭い視線が突き刺さった。
「ええ、もちろん。たっぷりと」
「誠心誠意、旦那様にご奉仕させてくださいな」
ねっとり
……さっそく明日は激戦となりそうだ。
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