染崎アオイはひとりじゃない

ヨシキユウ

現在Ⅰ『山の中の研究所』

車内アナウンスが降車駅を告げた。


「おい起きろ、アナ」


私は隣ですやすやと寝ているアナのまるいおでこを叩いて起こす。


いたあい、と寝ぼけ眼でぼやくアナをおいて、私はビニール袋に入れたジンジャーエールを抱えて、そそくさと電車を降りていく。


駅のホームに降りると、穏やかな春先の風が優しくそよいだ。


「ふああ、いい天気だねえお姉ちゃん」


アナはのんきに伸びをする。

それを無視しながら、私は改札を抜けた。

駅前のロータリーには誰かの送迎の車が数台あるだけで他には何もない。

山奥の施設までの交通手段はない。

ひどく嫌気の指す道のりだった。


「アナ、お前がジンジャーエール持て」

「えー・・・」

渋々といった調子だが、アナは私が持っているジンジャーエールを受け取り、後に続いて歩き始めた。








山道をおよそ四十分歩いて、ようやく施設に辿り着いた。

「博士―!こんにちは!」

施設に入るやいなや、アナがだしぬけに大声で挨拶をした。


「・・・あれ、アナちゃんじゃないか」

言葉のわりに大して驚いてなさそうな男の声が聞こえた。

そうして声の主は私達の前に姿を現す。そいつは相変わらず優男然とした奴だった。

線の細い体に、しわが目立つシャツを着て、野暮ったい白衣をその上から羽織るメガネの男。髪はぼさぼさと不潔に伸び、それなりに整った顔は薄気味悪く作り物みたいな表情を浮かべる。いつ見てもパッとしないつまらない男だ。


これが『博士』と呼ばれている男だった。

本名は知らない。別に知りたくもなかった。

博士は緩慢な動きで私たちの前までやってきて、私たちが誰なのか確かめるようにジロジロと見てきた。

私達をようやく識別すると、ああ、と声を漏らした。


「・・・なんだ、君たちか。やれやれ、検査はしばらく先のはずだけど?」


「まあまあ、検査がなくても来たっていいじゃないですか・・・ってあれ、ライカさんはお留守ですか?」


「ああ、ライカは君たちが各所で起こした面倒事を処理して回っているよ」


「えー。アナたちは何もしてないじゃないですかー。おねえちゃんだって、近頃は大人しいものですよ?この通り」


「・・・お前は黙ってろ」


「ははは、じゃあ君たち以外の誰かなんだろう。・・・しかし君が大人しいとは驚いたよ。でも、ここに来たのは穏やかじゃない目的があってきたんだろう?」


「・・・わかってるんなら話は早い。連中を探している。あいつらは今どこにいるんだ。どこで生活して何をしているか知ってるだろ?いい加減、詳細を全て吐け」


博士は薄く笑った。


「・・・ははは、単刀直入だね。その様子からすると彼女らの捜索は難航しているみたいだね。まあそんなことだろうと思ったけどさ」


「・・・住所も在籍学校も職場も全部知っているんだろ?さっさと言え、ジンジャーエールやるから」


私はアナが持っているジンジャーエールを指さして言う。


「おっと、ジンジャーエールで釣ろうだなんて・・・君はずるい奴だね。・・・いやなに、僕は別に教えても構わないと思っているんだ。けど生憎、ライカに厳しく口止めされていてね。教えたりしたら、ライカに殺されてしまうかもしれないよ」


「ふん。なるほど一応お前も場所はわかっているんだな、ならお前の余計な話は要らない。


―――頭の中に直接訊いたほうが早そうだからな」




そうして私は、肉体に宿った超能力を使い、博士の精神に干渉する――――が、それは敢無く阻まれた。

「ッつ!・・・・・・なんだこれ」

理由はわからない。

ただ頭の中でバジッと火花が散ったような感覚がして、視界がくらんだのだ。


私はキーンと響く頭を左右に何度も振った。


「おや、ひょっとして《精神感応能力》かい?残念、こういうこともあろうかと僕の精神はライカの超能力でプロテクトされているのさ。君の能力は効かないよ。ははは」


「・・・チッ、くそ!ライカ、ライカ、か・・・。うざったいな」


「おねえちゃん、ライカさんは善い人だよ?そんなこと言っちゃダメよ」

アナが余計な口をはさんできた。


「お前は黙ってろって言っただろうが!そんな話をしているんじゃないんだ」


「とりあえずアオイおねえちゃん、アナこれ冷やしてくるよ」

と持っているジンジャーエールをガチャガチャと揺らしながらアナが言った。


「ああ、アナちゃん。ついでにジュースでも取ってくるといい」と博士が勧める。


「やったー!いただきまーす」とアナは言い、冷蔵庫に向かった。


博士はその姿を見送りつつ、私に言った。


「・・・・・・しかしあれからもう一年経つのに、君はまだ飽きずに復讐を謀ろうとしているのかい?しつこいねえ」


「・・・お前なんかがわかったような口をきくな。あいつらを殺すまで何年経とうと私の怒りと憎しみは、衰えも消えもしない」


「・・・成程。確かに君は出自がいささか特殊だ。身に秘める想いもとりわけ強いんだろう。だけど人間というのは案外脆くてね。そんな状態が続けばいつの日か壊れてしまうよ」


「偉そうなことを言うなよ。お前も私の悲劇の当事者の一人だ。耳ざわりがいいことで私を諭そうとする資格はないんだよ、詭弁野郎」


「ははは、詭弁と来たか。まあ君の人生だから好きにするといい。その代わり僕を巻き込むようなことはやめてくれよな。僕はもう君たちからデータだけ取れればいいし、君と違って過去を引きずる趣味もないからね」


飄々としたその態度に苛立ちを隠し切れない。殺意を込めて睨むが、博士は相変わらず薄い笑みを顔に張り付けたままで、まるで気にしていない。


「アオイおねえちゃーん!ちょっと来て来て!」


不意に私を呼ぶ声が響いた。


声のした方を見ると、アナが冷蔵庫の前で大きく手招きをしている。


「・・・・・・ったく。何なんだ、一体」

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