第2ちく話「コミュニケーション」
ちくわを抜ければ、雪国だった。嘘だ。牢だった。
「なんでだよ!」
俺は叫んだ。声は薄暗く、肌寒い牢に反響し、空しく消えていった。
周囲を見回すと、四方は石に覆われていて、壁の一つに穴が開いていた。それは子供の身長ほどの高さで、しかも鉄格子が張ってあった。石造り、というよりむしろ石をくり抜いて作った洞穴、といった感じだ。
『な、なんだ⁉』
「ん?」
牢の隅で、聞いたこともない不思議な発音の声が聞こえた。暗くてよく見えないが、どうやら人であるらしい。
『誰かいるのか……?』
「なんつってるか分かんねえなァ」
声の方に近づいてみると、襤褸を纏った長い金髪の女であるらしかった。足を見ると、重そうな鉄球に鎖でつながれた枷が嵌められている。
「ざ、罪人……? なのか、ここの」
『それ以上近づいてみろ、嚙み殺してやる!』
「な、なんか怒ってる?」
そこで、俺は先ほどのちくわ大明神の「二秒で死ぬ」発言を思い出した。
やべぇ。対応間違えたら殺されるぞ、コレ。
「オレ、コワクナイ、トモダチ、トモダチ」
「……?」
──いけるか?
「トモダチ、フレンド、コワクナイ」
『その不快な発音をやめろッ!』
「ヒエ~……こわい」
鬼の形相とはああいうものを言うんだろうな。ハチャメチャに怒ってらっしゃる。
どうしよう。俺は心底震え上がった。ちくわで死んでちくわで生き返ったのに。……ってちくわ?
そうか! 俺は持っていたアタッシュケースを床に置き、開いた。俺にはちくわ大明神から貰った、このアイテムがあるんだった。ちくわ大明神でも神は神。おそらく、身を守ることはできる程度の武器や、防具が入っていることだろう。
『な、なにをする気だ……? やめろ……』
「怯えているな……? もう遅い」
表情だけで分かった。彼女は完全にビビってる。別に恨みはないが、優位に立てばやはり気分は良くなるというものだ。多少態度をデカくしても仕方のないことだろう。
俺はウキウキ気分でアタッシュケースの中身を見た。
すごい。まさに圧巻の一言だ。大きさは約十センチメートル、直径は約五センチ。円柱状で非常に均衡の取れたバランスだ。軽量化の為なのだろうか、円柱の頭から足までを通るように穴が開いており、褐色のボディをベースに両端が白くなっている。なんて、なんてすごい──。
「『ちくわじゃねーか⁉』」
やはりちくわだった。ちくわということを認めたくないがゆえに、こんなに長々と分析したのである。その気持ちをどうか責めないでほしい。それと、彼女の言葉は分からないが、今何を言っていたのかはなんとなくわかるような気がした。ちくわは世界を繋げるのだ。ラブ&ピース&ちくわ。そんな世界はクソくらえ。
『まぁ、そう気を落とすな……』
「うぅ……ありがとう、ありがとうなぁ……」
『ん、そのケースに紙が入っているぞ』
「ん?」
彼女がケースを指さしていた。その先には、一枚の紙が入っていた。どうやら教えてくれたみたいだ。
もしかしたら、これがマジックアイテムであり、使用法が書かれているかもしれない、そんな一抹の希望をもって、読んでみた。
「えーと、【これはちくわです】んなことは分かってるよ。【原材料名、栄養成分】は、どうでもいいか。【私たちが作りました】知らねーよ。【どうか美味しく食べてくださいね】……うん」
文章はそこで終わっていた。俺はこめかみに青筋が立っているのを感じていた。瞳孔も開いていたことだろう。口の端から「フーッ……フーッ……」と息が漏れていた。
『お、おい。その、裏面! そう裏面があるかもしれないぞ!』
彼女は焦りながら手のひらをひっくり返すジェスチャーをしていた。意図は伝わったので、裏面を見てみた。
「【This is THE CHIKUWA】」
裏面は英訳だった。俺は泣いた。恥も外聞もなく、ひたすらに泣いた。滂沱の涙が頬へと絶えず伝わり、ちょっとした川でもできそうな勢いだった。あんまりだ。
俺は失意のどん底で、ついに気力を失った。そうして、彼女がそうしているように、その隣に間隔を開けて、膝を抱え座った。
『ほら、な! 元気だせ! いいじゃないか、ちくわ! おいしいし、その……おいしいし』
「うぅ……なんでちくわなんだ」
『ほら、ちくわ! えーと……「ちくわ!」』
「ちくわ?」
彼女は俺の発音をまねして「ちくわ」と言っていた。見ると、ぎこちない笑みを浮かべていた。慰めてくれているのだろう。なんて優しい人なんだ!
ちくわの悪意に触れ、心をズタボロにされた俺は、人の優しさを噛み締めていた。
「ちくわ!」
「ちくわ!」
「ははははは! ちくわ! ちくわ!」
「フフッ、ちくわ!」
「ちくわ! ちくわ! あははははははは!」
十数分後、ちくわちくわ言いすぎて結局彼女はキレた。
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