第4話水瀬さん貴方は天使ですか?

あれから2週間程経ち季節は段々と夏に近づいていた。


「ふぅ〜…暑いな」


暦ではもう7月。気温は25度を余裕で超えるほどだ。俺が住んでいる街は人が多く交通量も多いためそれのせいでもあるのだろう。


そう思いながら俺は自分のハンカチで汗を拭きつつ携帯を開く。

そしてメールの着信を見るともう恋人かよ…と言いたくなるほどの着信が入っている部長からのメールを開いた。


『クライアントがお呼びだから向かって欲しい!私は忙しいから向かえそうにない。頼んだぞ和泉!』


俺はそれを見て深くため息をつく。


「はぁ〜…忙しいってあの人仕事ちゃんとしてる事あったっけ?」


何だろうか。今俺は外回りでやっと契約を取ったばかりなのにこの仕打ち…そろそろいい加減にして欲しいのだが…。


「って言ってもNoと言えないのが日本人の悪いところだよな。さ〜て!もうひと踏ん張りしますかね!」


俺は指示のあった次のクライアントの元に向かったのだった。


「や、やっと終わった…」


俺はあの後クライアントと話し契約を纏めその後これまた部長のミスを仲間と何とか直しその後に新しいクライアントとの契約を纏め更にはクレーム対応…書類の見直し…相棒(パソコン)が調子悪くなり整備に出したり…色々あった。

そして気付けば時刻は夜10時を過ぎており俺の体は悲鳴をあげていた。


「キツい…めっちゃキツい。でも、明日は休みだ…やっとたっぷり寝れる…」


俺は極限までお腹が空いていて力の出ない体に命令をし何とかフラフラと帰路に着いた。


「うわ…視界がぼやける…が、頑張れ…俺」


実はこの2週間俺はまともな食事は取れていない。

10秒でチャージ出来るゼリーや3分で出来るラーメン。それぐらいしか食べていないし、更には今日は忙しすぎて何も食べていないのだ。


「水瀬さんの料理…美味しかったな…」


思い出されるのはあの肉じゃがだ。

味はとても美味しく何度でも食べたい物だ。

彼女はいつもでも食べたくなったら言ってくださいと言っていたが…そんな社交辞令に甘える訳には行かない。と、社会人としての意地を見せていたがそろそろ限界だ。


「はぁ…頑張れ、負けるな、もう少しで家だぞ…」


そう言い俺は自分を鼓舞し引きずるように体を動かすが…遂に限界を迎えた。


「あ…」


急に力が入らなくなり俺は自分の玄関の前で倒れ込んでしまった。


「はは…流石に…無理しすぎたか…」


視界は更にボヤけ指1本動かせない体。

もう笑うしかないな…そう思っていると耳に懐かしい声が聞こえた。


『和泉さん!?大丈夫ですか!えっと…きゅ、救急車!番号は…えっと…!』


そう、懐かしき水瀬さんだ。

俺は最後の力を振り絞り答える。


「お、お腹が…空いた…」


と。そして俺の意識は闇に呑まれて行った。


「ふんふ〜ん♪」


トントントン…可愛らしい鼻歌とリズミカルな音が聞こえる。

そして漂う美味しそうな料理の匂い…俺はそれらに刺激を受け重い瞼を開けた。


「ここは…俺の部屋?」


俺は自分のベットに寝かされていた。

そして重い体を動かしトントントン…と音がしているリビングに向かった。

するとそこにはエプロンを付け長い髪をポニーテールにしている水瀬さんがいた。

そして彼女は俺の姿を見ると慌てたように近付き問うてきた。


「あ!和泉さん!体は大丈夫ですか?無理して動かないで下さい!部屋に料理は持っていきますから!」


そう言い彼女は俺の背中を優しく押し俺をベットに寝かせた。


「す、すいません…何故ここに?」


俺ははっきりとしない頭を動かしそう聞いた。

すると彼女は少し呆れたような…それでいて優しい目を俺に向け…答えた。


「覚えてないのですか?和泉さん玄関に倒れて居たんですよ?後勝手に鍵を使って中に入っちゃってすみません…」


「そう…なんですか。すみません…ご心配をお掛けしまして。それと気にしないで下さい。水瀬さんは俺を助けてくれたんですから」



「ありがとうございます。それと全くですよ。急に『お腹が…空いた』って言い残し気絶しちゃったものですから少し呆れちゃいました。倒れる前に言ってくれればまた料理を作りましたのに…」


と、水瀬さん腰に手を当てて俺にお説教をしてきた。

まぁ、全くもってその通りなので俺はぐうの音も出ない。

甘んじてそのお言葉を受け最後に『すみませんでした…』と謝罪をした。


「あ、そうだ。今消化に良いお粥を作ってましたからもう少しだけお待ち下さいね。それまでは水分を取れるようにこれ、飲んで下さい」


そう言い彼女が渡してきたのはポカリだった。


「ありがとうございます」


俺はそれを受け取りこくこく…と飲んだ。

優しい甘さが身に染みる〜と思っているとふと、気づく。


「あれ?ポカリなんて家にあったっけ?」


いや、冷蔵庫の中はほぼ空。何も入ってなかったはずだ。

って事は…


「うわぁ…水瀬さん…色々と買ってきてくれたって訳か…」


うん。流石にそれはまずいよな…。一応年上なのにこの体たらく。社会人としての威厳もクソもあったもんじゃない。


俺はそう思い1人頭を抱えていると土鍋を持った水瀬さんやって来た。


「お待たせしました〜…って頭が痛むんですか!?だ、大丈夫ですか?」


と、水瀬さん詰め寄るように俺に聞いてきた。

俺は首を左右に振り答える。


「いえ…水瀬さんに色々お世話になって…更にはコレとか食材とか…色々買ってきてもらったことを考えていて、すごく申し訳ない気分になってまして…」


そう、俺は正直に答えた。

それを聞いた水瀬さんは…


「ふふっ…まったくですよ」


と、答えた。

なので俺はベットに横になったまま頭を下げた。


「すみません…」


これは心からの謝罪だ。

流石にここまでして貰うのは隣人同士とはいえその範疇はんちゅうを余裕で超えている。今の俺の心は申し訳なさ100%なのだ。


そして頭を下げること数秒。

水瀬さんは特に反応を見せないので俺は頭を少し上げ彼女の顔色を伺うと…


「ぷ…ふふっ…あはは!」


と、笑っていた。

俺は理解が追いつかず困惑していると…彼女は笑いながら答えた。


「ふふっ…あ〜…すいません。なんか、和泉さん小動物見たいで少し面白くて。ふぅ…別に私は迷惑だと思ってませんよ?それに…」


彼女は人差し指をぴんっ!と立て…


「この前も言いましたがご飯を食べることは大事です。少し部屋を見させてもらいましたが…カップラーメンにコンビニ弁当。確かに手軽で美味しいですがそれだけだと体…壊しちゃいますよ?だから…どうぞ!卵粥です。生姜が効いて美味しいですよ?」


そう言い水瀬さんはお粥を茶碗に盛りスプーンと一緒に手渡してきた。


「あ、ありがとうございます…」


俺はそれを受け取り1口食べた。

口に広がるのは優しい味付けをされたお粥。

確かに生姜が効いていて少しぴりっとするがそれがアクセントとなり食欲がどんどんと湧いてくる。

そして気付けばお茶碗に盛られていた物は無くなっていた。


「あ…」


俺がそう呟くと水瀬さん慈愛の詰まった笑顔で手を伸ばし俺から茶碗を取りおかわりを渡してきた。


「ふふっ。まるで子供みたいで可愛いですね。いっぱいあるので沢山食べて下さい」


その言葉と一緒に。


俺は少し恥ずかしい気分になりながらも思う。


貴方は天使ですか?


と。いや…女神でもいいかもしれない。

そんな馬鹿なことを考えつつ俺はやめられない止まらないこの美味しいお粥をひたすらに貪るのであった。


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