第3話

 銀杏いちょう学園の校舎は3階建てである。1年生の教室は3階にあり、学年が上がるにつれて階が下がる。


 目指す2年4組は2階にあった。


「新島さんのペンダント、可愛いですね。それ、指輪ですか?」


 廊下を並んで歩きながら、ルーは新島春香に声をかけた。


「あ、うん、そう」


 新島春香は照れくさそうに頬を染めると、襟元の指輪に触れた。


「なんか怪しい露店で恵太けーたが買ってくれたの」


「恵太…さん?」


「あ、えと、兄の名前」


「そうですか、良い名前ですね」


 ルーは少し頬を染めると、嬉しそうに微笑んだ。


   ~~~


「ちょっとちょっと、そこの超絶お似合いのおふたりさん」


 新島一家が夕食を家族で外食した帰り、商店街の端っこで、新島春香は女性の声に呼び止められた。


 振り向くと、長い黒髪を赤いリボンでツインテールにした、少女のような女性が丸椅子に座っていた。夜なのに大きなサングラスをかけている。


「良かったら、見てかない?安くしとくよ」


 女性の横にある台の上には、可愛い指輪がたくさん並んでいた。


「あ、恵太、ちょっと見てこーよ」


 新島春香は兄の腕をクイッと引っ張った。


「お母さんたちは、先に帰ってるわよ」


「あ、ちょっと母さん」


 新島恵太にいじまけいたは少し戸惑い、母に助けを求めた。しかしその望みは叶わなかった。


「春香をお願いねー」


 そう言って両親は腕を組んで去っていった。


「ったく、ちょっとだけだぞ」


 新島恵太は仕方なさそうに、頭をポリポリと掻いた。


   ~~~


「わー、コレ可愛いーー!」


 新島春香は、たくさんの指輪の中から吸い寄せられるように、一つの指輪を手に取った。


 ピンクのハート型の宝石が、四つ葉のクローバーの形に並んだシルバーのリングである。


 新島春香が瞳を輝かせて「キャーキャー」喜んでいる姿を見て、露店の少女がスススと新島恵太の横にすり寄ってきた。そして小声で囁きかける。


「彼女さん、あんなに喜んでるじゃない!買ってあげなよー」


「彼女じゃねーし」


「またまたーぁ。彼女さんのあんな顔見て無視なんて出来るの?」


「う…」


 新島春香の横顔を見て、新島恵太は言葉に詰まった。


「…そんなコト言われても金足りねーよ」


 チラリと値段を確認しながら、新島恵太は首を横に振った。


「彼女さんに内緒で特別に安くしときますよ。3千円でどうですか?」


「ぐ…」


 それなら足りる。まるで計ったかのように、千円札が3枚財布に入ってる。


 新島恵太はもう一度、妹の横顔を見た。買う以外の選択肢はもはや無かった。


「分かった、買う」


「毎度ありー!」


 少女はニンマリと笑うと、新島春香に顔を向けた。


「彼女さん、良かったですね、彼氏さんが買ってくれるみたいですよ」


「え?」


 新島春香が驚いたようにコチラを向いた。それから値段を確認し、戸惑ったように兄を見た。


「ホントにいいの?」


「誕生日にはまだ早いけど、合格祝いの約束をしてたからな」


 新島恵太は引きっつった笑顔で頷いた。


   ~~~


「それで、どうしてペンダントにしたのですか?」


「それが…」


 ルーの質問に、新島春香は困った顔をした。


「ちょっと問題があって、家族の前では指につけられないの」


「あー、それでチェーンを買ってソレに通したんですね」


「うん」


 新島春香は残念そうに頷いた。


「秘密なんですけど…実は私、エスパーなんです」


「はあ!?」


 ルーの突然の告白に、新島春香は素っ頓狂な声をあげた。


「なんで指につけられないか、当ててみせましょーか?」


 ルーは右手の人差し指を一本たてると、それをおデコにくっ付けた。それから「うーん」とわざとらしく唸る。


「サイズが左手の薬指にピッタリだった」


「ど…どーしてそれを!?」


「あれ?当たっちゃいました?」


 ルーは楽しそうに「アハハ」と笑った。

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