第10話 010

 白銀に包まれながら俺は自分の状態を確かめる。


 魔王を握っていた右腕はアブソリュート・ゼロと衝突した際に、一瞬で凍結し、衝突の衝撃に耐えきれずに砕け散った。


 右腕の傷口は、不幸中の幸いなのか、アブソリュート・ゼロのおかげで凍結されており、止血は済んでいた。まあ、全体的に血を多く流し過ぎたから、気休めにもなりはしないのだが、まだ少し動けるならそれでいいだろう。


 俺は、落ちた腕を探す。まだ、魔王が完全に倒せたのか確認できていない。それが確認できるまで、俺は休むわけにはいかないのだ。


 少し歩けば、イナゴ魔王がいた。完全に凍り付いたまま俺の右手に握りしめられていた。


 砕けていないのは、頑丈だからか、それともたまたまか。けれどこれで完全に終わりだ。


「じゃあな」


 イナゴ魔王を踏みつけ、完全に砕く。


 直後、イナゴ魔王の身体から多彩に輝く光の粒子があふれだす。


 一瞬、まだ終わっていないのかと警戒したが、どうやらそうではないようだ。


 粒子からは、温かさを感じた。本能で分かる、これは悪いモノではないと。


 粒子は天へ昇って行き、途中で形を変える。


「文字、か……?」


 粒子は、この世界の文字に形を変えて天に昇って行く。


「綺麗だな……」


 おそらく、この文字たちはイナゴ魔王が食って来た物語たちなのだろう。それが、俺たちが倒したことで解放されたのだろう。


 この文字たちは、死んでしまったこの世界のモノの物語なのだろう。それを、綺麗だと言ってしまうのは不謹慎だと思うが、けれど、彼らが今まで綴ってきた物語を、綺麗だと素直に思ってしまう。


 俺が、そんな思いに浸っていると、びゅうっと突風が吹き荒れる。風にあおられ冷気が吹き飛んでいく。


 そうして、光の文字しか見えないくらいに悪かった視界が晴れる。


「カナトッ!!」


「アミエイラ……」


「――っ!」


 名前を呼ばれ、そちらを見てみれば、アミエイラが、皆が、こちらに駆け寄ってくる最中であった。


 けれど、アミエイラは俺の姿を見ると、駆け寄ってきていた足を止めてしまう。皆も、アミエイラに習って止まってしまう。


「カナト、それ……」


 悲しそうに、悔しそうに俺の右腕を見るアミエイラ。その目からは涙が溢れてきており、とめどなく流れていた。


 泣き出してしまったアミエイラに、思わず苦笑してしまう。


「泣くなよ。お前、最近泣きすぎだぜ? そんな泣いたら、せっかくの可愛い顔がはれぼったくなって、不細工になっちまうぜ?」


「う、うる、さい……っ! いつも泣かせるの、カナトじゃない!」


「あー……確かに……」


 言われ、思い返せば確かにそうだ。やべえ、俺女の子泣かせるとか最低じゃん。


「悪いな、アミエイラ。泣かせてばかりで」


 近づき、安心させようと頭を撫でようとすれば、自分の両腕が無いことを思いだし、どうしようもなくなってしまう。


 けれど、アミエイラが俺に抱き着いてくる。


「心配、かけないで……っ! カナト、弱いんだから……」


 いつも通りの、けれども、優しさの滲み出ているアミエイラの言葉に、思わず笑みをこぼす。


「今回ばかりは大目に見てほしいんだが……ほら、俺頑張っただろ?」


 そう言えば、抱きしめる力が強くなる。


「バカっ……! それで死んじゃったら、元も子もない!」


「でも死ななかった。だから、大目に見てくれ。な? それに、痛いから離れてくれると助かるんだが……」


「……やだ」


 駄々っ子のように首を振って言うアミエイラ。


「なら、しょうがない……」


 心配かけたんだから、少しくらいは我慢しないとな。


 まあ、アミエイラの気持ちも分かる。これしか方法が無かったとはいえ、自分の技で俺の右腕が無くなったのだ。優しいアミエイラが気にしないと言うのが無理な話なのだ。


「まったく。カナカナ心配かけさせないでよ! 飛び出して行ったときは本当にびっくりしたんだから!」


 アミエイラとの会話の間、待っていてくれたのか、ようやくシアが声をかけてくる。その目尻には涙が浮かんでおり、俺を心配してくれていることが分かった。


「本当です。無茶無謀な策を弄したのは良いですが、それを実行するのが君だったとは聞いてません。なぜ我々に任せなかったのですか?」


「ああ、それに関してはオレも同感だ。……が、その追及は後でしてやる。今は、お礼を言うのが先だな。ありがとうカナト。お前のおかげで、今生き残っている連中は、全員無事だ」


 そう言って、レイが頭を下げてくる。シアも、イルミナスも、頭を下げる。


「やめてくれよ。戦ったのは皆同じだ。俺だけにお礼を言うのは、筋違いってもんだぜ?」


「それでも、言わせてくれ。一番無茶をしたのはお前なんだから」


「そうそう! ここは素直に受け取っておくの!」


「おれが君に感謝をするなんて、こういう時くらいです。今は、素直に受け取っていればいいのです」


「……そんな珍しいもん、受け取らないと罰が当たりそうだな……」


 イルミナスの物言いに、俺も茶化して返す。


 俺が受け取ったからか、皆顔を上げる。


「しっかし、酷いありさまだな……」


 周囲を見渡してみれば、食い荒らされた家屋。道、塀、やぐら……様々なものが、イナゴ魔王に食われていた。おそらく、コールタの街が全部無くなっていたのは、こいつらに食われていたからだろう。全部食われてしまえば、綺麗な更地になるのだろうが、中途半端に食い荒らされた現状は、酷いありさまとしか言いようが無かった。


 それに、俺が大本を倒したからか、そこら中にイナゴ魔王が落ちていた。足の踏み場もなく落ちているイナゴ魔王に、正直ゾッとする。


 戦いの最中はそんなことを気にしている余裕もなかったが、冷静になった今は生理的に受け付けない気持ち悪さで背筋がゾッとする。


 まあ、残りのイナゴ魔王も光の粒子となって消えていっているので、あまり見えないのは不幸中の幸いだ。


「ああ。街の復興も大変そうだ」


「それに、周囲の街への事情説明や、王への報告もあります。やることは山積みです」


「だろうな。まあ、俺は休ませてもらうわ。この体たらくじゃ、かえって足手まといだからな……」


「そうはいかないんじゃないの? カナカナはこの戦いの立役者なんだから、王都から召喚されるかもよ?」


「それは勘弁だ。堅苦しいの苦手なんだよ」


「あははっ、確かに、カナカナに堅苦し、いの、は…………」


 笑顔を浮かべて話していたシアが徐々に言葉を止めていく。その顔も、笑顔が徐々に無くなっていき、あるのは呆然と言ったものだけであった。


 それに、シアだけでなく、レイもイルミナスも、俺に抱き着いていたアミエイラも呆然と俺を見ていた。


「どうした?」


「カナカナ、それ……」


「あ?」


 シアが指を差す。


 そこに居るのは、俺。


 俺は、自分自身を見てみる。


「ああ、そっか……」


 俺はそれを見て、妙に納得した。


 こうなるのではないかなとは思っていたのだ。


 俺も、他のイナゴ魔王と同じで、光の粒子となって消え始めていたのだ。


 こうなるんじゃないかって、少しは考えていた。


「な、んで……?」


 泣きはらした顔で俺を呆然と見つめるアミエイラ。


「……どうやら、お別れのようだな。残念。もう少し、話していたかったのにな」


「なんで? なんでカナトも消えちゃうの? やだ、やだよ……」


 いやいやと首を振るアミエイラに、俺は努めて優しく言葉を紡ぐ。


「今だから言えるけど、俺、この世界の人間じゃないんだ」


「……え?」


「俺は、あの魔王を倒すためにこの世界に来たんだ。だから、その役目が終わったら、俺はもうこの世界に居られないんだ」


 元々、俺もイナゴ魔王と同じでこの世界の住人ではない。


 改竄者が消えれば、修正者が居る必要性も無くなる。この状況は、当然のことだろう。


「やだ……やだやだやだっ!! 絶対やだ!」


 消えゆく俺をアミエイラが更に抱きしめてくる。決して放さない、どこにも行かせないという思いが伝わってくる。


「行かないで! 行っちゃやだ! ずっと隣に居てくれるんじゃなかったの!?」


「悪い。無理そうだわ」


「無理とか言わないで! ちゃんと考えて! ワタシ絶対やだ! カナトと離れ離れになるなんて、絶対にやだ!」


「こればっかりはな、俺の力じゃどうにも……」


 これは、いわば世界の意思だ。


 この世界に俺が必要だったから今まで俺はこの世界に居られただけで、その必要がなくなれば俺はこの世界に居られなくなる。


 それに、この世界にはこの世界の住人の物語がある。他の世界の住人である俺が居ては、この世界の物語が壊れてしまう可能性もある。それでは、改竄者と同じだ。


「なんで……っ! やっと……やっと分かったのに……っ!」


 俺が無理だと言えば、更に力を込めてくるアミエイラ。


 そうしている間にも、俺は徐々に光の粒子となっていく。当然と言えば当然だが、俺の粒子は日本語だ。周りと浮いていて、少し恥ずかしい。


「なんで? なんでいなくなっちゃうの? 一緒にワタシの故郷に行ってくれるんじゃなかったの? お父さんとお母さんをぶん殴るんじゃなかったの? 約束くらい……守ってよ!!」


「……そうだよな。ごめんな、中途半端で」


「謝るくらいなら、一緒に……いてよぉ……!」


 泣きじゃくるアミエイラの頭を撫でてやれないのがもどかしい。


 まあ、手があっても恐らくアミエイラを撫でてやれない。俺の脚はもう消えてなくなり、腕も肩がもう透け始めている。


 もう、ここに留まれる時間も長くは無い。


 ……こんな別れ方じゃ、嫌だな。


「なあ、アミエイラ」


「……なに……?」


「俺はもうそろそろ消える。だからさ、最後に笑ってくれよ。アミエイラが笑ってくれなきゃ、安心して行けないだろ?」


 最後が泣き顔だなんて、色々自分勝手だけど、俺は安心できない。この世界から消えて行ってしまう身としては、アミエイラが今後俺無しでやって行けるのか分からなければ、安心して行けない。


「なあ、アミエイラ。最後くらい、満面の笑み見せてくれよ。思い返してみれば、俺お前のちゃんとした笑顔そんなに見たことないんだ」


「……無理だよぉ……こんな時に、笑えないよ……」


 ……まあ、確かにな。アミエイラは強いが弱い。


 いくら強力な魔法を駆使できても、大人びていてその表情があまり外に出なくても、内面は子供なのだ。誰かに甘えることを知っていた少女が、突然甘えることの許されない環境に落とされた。誰かに甘えることを知っていて、けれど甘えられない少女は、その思いに憧れを持ったままここまで来た。


 彼女はまだ、誰かの愛がほしい子供なのだ。誰かが傍に寄り添ってあげなくてはいけないのだ。


 けれど、俺にはもう出来ないことだ。


 そう、俺にはできない。でも――


「……行かないで。一人に、しないで……」


「いいや、もう一人じゃないだろ?」


「え?」


 託せる奴らならいる。


 俺は、俺たちのやり取りを見守っていた三人を見る。


「なあ、気付いてるか? さっきからお前、ちゃんと自分の言いたいこと言えてるぜ?」


「え? ……あ」


 言われて気付いたのか、アミエイラは驚愕の表情を浮かべていた。


「掌も見てみな。刻印はもう消えてるはずだ」


「……本当だ……」


 見てみればアミエイラの手にはグリフォンの刻印は消えていた。


 まあ、当然のことだ。『大罪の刻印』は魔王を倒すためにあの男がつけたものだ。魔王が居なくなった今、『大罪の刻印』が存在する意味も無くなる。であれば、俺と同じでこの世界から消えるのも自明の理だ。


「それが無くなったんだ。お前はもう、自分の言いたいことを言える。ありがとうも、ごめんなさいも、ちゃんと言える。ちゃんと、自分の思いを伝えられるんだ。だから、今まで伝えられなかったことを、皆に伝えてみろ。それだけで、お前はもっと前に進めるんだ」


 もともと、刻印の影響で辛辣な口調になっていただけで、根は優しい子なのだ。


「それに、お前顔が良いんだからちょっと愛想良く微笑めば男なんてイチコロだぜ? 将来安泰じゃねぇか!」


「……別に、可愛くなんてない……」


 刻印が無くなったことに驚きすぎたのか、涙も引っ込んでいる。


「そうかい。可愛いと思うがね、俺は」


「お、お世辞はいい」


「世辞でもなんでもないんだがなぁ……」


 まあ、顔赤らめてるところを見れば、照れてるだけなんだろうがな。それは言ったら野暮と言うものだろう。


「ま、なんにしろ、お前は一人じゃねぇよ。ちゃんと見てみろ」


 俺はそう言って、後ろを見るように促す。


「あいつらは、お前が変わりもんって知ってて良くしてくれたんだぜ? もともと、お前は一人じゃ無かったさ。お前だって、ちゃんと気付いてたんだろ?」


 そうだ。アミエイラは、最初は一人だったかもしれない。でも、今はこうして皆がいる。レイがいて、シアがいて、ちょっとムカつくけど、イルミナスだっている。アリザさんも、マリナちゃんも、ゴードンさんも、マリサさんもいるんだ。もうとっくに、一人じゃないんだ。


「だから、大丈夫だ。皆なら、お前がいつもより行儀良くなったくらいで、嫌ったりしねぇよ。だろ?」


 途中まではアミエイラに。最後は、皆に。


 俺の意を汲んでくれたシアが、涙目になりながらアミエイラの肩を抱く。


「任せてよ、カナカナ! アミアミと今より仲良くなって、カナカナを嫉妬させちゃうんだから!」


「そいつは見ものだな」


 見れないのが残念だけど。けど、良いな。アミエイラが誰かと仲良くしているのは。


「任せておけ、カナト。悪い虫は俺が寄せ付けさせない。この槍に誓う」


「その槍って、聖槍とか、魔槍とかだっけ?」


「曰くは無いが、俺の相棒だ」


「そっか、なら安心だ。聖剣とか神様とかに誓われるより、信じられるよ」


 なにせ、こいつは仲間思いだ。そいつが相棒に誓うと言ったんだ。それなら、信じられる。まあ、神様の方は個人的に信用していないだけなのだが。


「おれも、手を貸しますよ」


「正直、そうしてくれると助かるな。お前コネとかいっぱい持ってそうだし」


「そこは、おれの実力と人柄を信じてほしいところですが……まあ、無理でしょうね。色々言ってしまいましたし」


「まあ、色々言われたな。大して気にしてないけど」


「……君がそうだから、おれも言い過ぎるんですよね……」


「なんだ? 俺が悪いのか?」


「いえ、逆です。おれは、君を侮っていました。謝罪します」


 そう言ってイルミナスは頭を下げた。


 俺は、止めろと言わない。茶化しもしない。これが最後になるのなら、俺はこいつの言葉をちゃんと聞かないといけない。


「おれは、君がアミエイラさんの隣に居るのは相応しくないと思いました。それは、弱い君が彼女の隣にいては、君の方が耐えられないと思ったからです。君が挫けるより前に、誰かが強引にでも引き離すべきだと思いました。それも、無駄なお節介だったようですがね」


 まあ、実際イルミナスの言う通りなのだろう。それでアミエイラから離れて行ったやつがいることは確かなのだから。


 これは、あいつなりの不器用な気づかいだったのだろう。


「そうか。まあ、俺が弱いのは認めるがね」


「そんなことありませんよ。最後の最後、弱い君が相手に立ち向かう背中はかっこよかったですよ」


「世辞でも嬉しいねぇ……」


「お世辞ではないのですが……まあ、良いでしょう。ともあれ、おれも同じ女として、アミエイラさんのことを世話しますよ」


「ああ、同じ女として……今なんて言った?」


 頼むと言おうとしたが、聞き捨てならない台詞が耳に入って来て、俺は思わず訊き返してしまう。他の三人も、驚いたように目を見開いている。


「ですから、同じ女としてアミエイラさんの世話をします。アミエイラさんも、女性にしか訊けないことがあるでしょうし」


「ちょっと待て! お前、お前……」


 恐らく、驚愕の表情を浮かべているであろう俺を、イルミナスはにっこりと微笑んで見る。


「女だったのか!?」


「ええ。今まで黙ってましたが、おれは女ですよ」


 そう言ったイルミナスは、ふふっと愉快そうに微笑む。


「まあ、複雑な家庭事情ってやつですよ。いつも着ているこの騎士甲冑も、最近胸が育ちすぎてしまったので隠しているだけですし」


「胸……っ」


 育ちすぎてしまった胸と言う素敵なワードに、アミエイラが過剰に反応して、親の仇を見るような目で睨む。


「って、お前、そんなこと言っちまっていいのか?」


 複雑な家庭事情ってことは簡単に表で話していいことではないだろう。


「ええ、君とはこれが最後ですから。最後くらい、君の飄々としたその顔を驚かせてみたかったんですよ。大成功ですね」


「大成功って、お前な……こっちは驚きすぎて心臓飛び出るかと思ったわ。怪我人なんだから、容赦してくれよ」


「容赦してたら勝てませんから。最後に、君から一本とれてよかった」


「まったく、最後まで容赦ねぇなあ……」


 にこりと笑うイルミナスに、俺は苦笑しか出ない。


 そんな様子に皆思わず笑ってしまう。


 まったく、最後に予想だにしないところからぶっこまれるとはな……。本当に、面白い奴らばっかりだよ。


 ぐだぐだだけど、いつもののノリみたいで俺は大好きだ。


 俺は精一杯の笑顔を見せる。もう残された時間は僅か。もう胸元まで消えており、消える速度も速くなっている。


「まあ、いろいろ安心だわ! 後は頼んだ!」


 俺が言えば、三人は頷いてくれる。けど、アミエイラだけは、未だ不安げな顔をしている。


 だからよ……そんな顔されたら、俺は安心できねぇよ。


「おいアミエイラ! 最後なんだから、お前のとびっきりの笑顔見せてくれよ!」


 俺がそう言えば、アミエイラは少しばかりの逡巡を見せた後、意を決したような顔をして近づいてくる。


 そうして、流れるような動作で俺の両頬を、その柔らかいけれど、肉刺やタコがある彼女の手が優しく包み込む。


 そして――――


「――っ!?」


 俺の口に彼女の口が重なる。


 その時間は一瞬で、直ぐに彼女の口は放される。


 俺は、何が起こったのか分からずに、情けないことに目を白黒させる。


 アミエイラは恥ずかしがりながらも確かに俺の目を見る。


 そして、俺の顔を掴みながら強い意志を込めた瞳で言う。


「ワタシは、カナトが好き。ようやく分かった。お兄ちゃんみたいだからとか、一緒に居てくれるからとか、そう言うのじゃなくて、ワタシは、一人の女の子として、カナトが好き!」


「……おう」


「だから、絶対に会いに行く! 何年、何十年かかっても、世界が違っても、ワタシはカナトに会いに行く! だから待ってて! 絶対、絶対に会いに行くから! だから、その時は――――」


 俺の両手を包み込む手の感触が遠のいて行く。声も出せない。けれど、まだ目は見えて、耳は聞こえる。


 だから俺は、アミエイラの言葉を一言一句逃さぬよう耳を傾け、アミエイラを最後の最後まで見るために目を凝らす。薄れゆく意識を必死につなぎ止め、彼女に意識を向ける。


 彼女は今まで見たことの無いほど、可憐で、魅力的な笑顔を向けると言った。


「そのときは、ちゃんと答えを聞かせてね?」


 ああ、わかったよ。その時は、俺のちゃんとした本音をお前に届けるよ。だから、楽しみに待ってる。


 そう言葉には出来ずとも、彼女には伝わったのか、彼女は満足そうに頷いた。


 ああそうか。多分、俺も彼女を見くびっていたのだろう。彼女は、最初の頃より強くなってる。


 俺が言うのもあれだが、こういうのはあれだろ? 


 ――――恋する女の子は強い、ってやつだ。


 違ったかな? まあなんにせよ、これで俺も、少し安心だ。


 俺も、楽しみにしてるよ。アミエイラに会える日を。


 彼女の今まで見た中で一番魅力的な表情を記憶に焼き付けながら、最後にそう心で思って、俺の意識は完全に途切れた。


 その日、俺たちは世界を救った。そして俺は、その世界から消えた。


 世界は元の形を取り戻し、物語は正常に進み始めた。





 光の粒子となって消えゆくカナトを、ワタシは最後まで見る。


「アミアミ、行こう?」


「うん。でも、ごめんね。しばらく、一人にしてほしい」


「……そうだね。じゃあ、ボクたちは事後処理に向かうね」


 シアがそう言って、二人を連れて離れて行く。


 足音が遠ざかっていく。そのたびに、ワタシの理性は抑えきれなくなって、涙がとめどなく溢れてくる。


 やがて足音が聞こえなくなったら、ワタシは抑えることを止めた。


 子供のように大声で泣き喚いた。恥じも外聞も気にせずに、ただただ泣いた。


 カナトが消えてしまって悲しい。カナトが消えてしまって寂しい。ずっと一緒に居れると思ってた。ずっと一緒に居てくれると思った。ずっと一緒に居てくれるって言った!


 けれどもカナトはもういなくて、会えなくて。まだ言いたいことはいっぱいあって、したいこともいっぱいあって……もう一度、優しく頭を撫でてほしくて。


 本当はこのままずっと悲しみに暮れていたいけれど、そんなことをしてもカナトは帰ってこないから。だから、泣いて泣いて、辛い思いを全部出したら前に進もう。


 カナトに会いに行くと言った。だから、カナトに会うために頑張ろう。


 でも、やっぱり悲しいから、今だけは泣こう。


 泣いたら、その後は……ちゃんと、あなたを追いかけるから。

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