第9話 009

 さて、そうと決まれば、即座に実行だ。なにせ、一刻の猶予もないのだから。


 ……まずは、俺の知っている情報を脳内で集める。


 一体だけだと思っていた魔王。しかし、魔王は群れを成していて、その数は万を軽く超えている。


 魔王は即死性のナニカを持っている。噛まれると数秒も経たないうちに死ぬ。けれど、俺は死んでいない。


 魔王の咬合力は驚異的だ。一センチも無い口で噛まれただけで腕が千切られるほどだ。


 魔王の見た目は、大きさこそ違うが、あれは完全にイナゴだ。地球にいたイナゴにそっくりだ。ただ、この情報は正直、現状ではそんなに役に立たないだろう。


 そして最後に、奴らは強い増殖力を持っている。倒した途端に増えだす。これでは魔王を殲滅するのは無理だ。もしかしたら、魔王の増殖には限りや制約があるのかもしれないが、すでに消耗している俺たちにとれる手段ではない。


 となれば、一撃でこの戦いを終わらせるのが、俺たちのとれる手段だ。しかし、倒した瞬間から増えていく魔王を相手に、その手段は有効ではない。魔王全てを呑み込むほどの一撃でなくては、増殖されて終わりだ。


 俺は、考えることを一度止める。


 ……情報が少なすぎる。これでは、相手の特徴と脅威度しか分かっていない。これでは、打開できない。


 俺は、情報を求めて周囲を観察する。


 見ろ、よく見ろ。ヒントは……必ずどこかにあるはずだ。


 瞬きも惜しんで周囲を観察する。


「クソッ! なんでこいつら減らねぇんだよ!」


「おい! 火をたけ! 内側から燃やしてやれ!」


「魔力がもたない! 結界を少し狭める! 後退しろ!」


「聞いたか! 全員中央に寄れ! 結界が狭まるぞ!」


「もうそんなスペースねぇよ!」


「ダメだ! 無限に湧き続けてきやがる! これじゃあきりがねぇ!!」


「いったいどこから湧いてきやがるんだ!」


「愚痴は良いから手を動かせよ!」


「ちくしょう……こんなの、無理だろ……」


 喧騒が、怒号が、諦観が聞こえてくる。


 だが、俺には、一条の光明が差した瞬間だった。


「全員! 全方位に高火力でぶちかませ!!」


「「「「了解!」」」」


 俺が突然にそう言えば、当たり前のように四人が動く。


「アイシクルランス!!」


「突ノ型・飛突槍『乱氷』!!」


「ホーリーレイ!!」


「アクアスプレッド!!」


 四人が、四方向に向けてそれぞれの技を放つ。


 高威力にして広範囲。僅か一撃で結界に張り付いたイナゴ魔王が吹き飛ばされる。


 直後、イナゴ魔王が増殖する。ある、一方向から。


 俺は、そちらの方向を凝視する。


 見つけろ。絶対に見つけろ! そこに魔王攻略のカギがある!


 魔王は、何もないところから増殖するわけでは無い。そもそも、無から有が生まれるわけがないのだ。であれば、必ず増やしてる元凶が居るはずなのだ。


 どこだ、どこにいる!? 


 元凶を捜しだすため、俺は視線を巡らせる。


 しかし、捜しだす前に増殖する。イナゴ魔王が増え、視界が塞がれる。


「すまん! もう一度頼む!」


「「「「了解!!」」」」


 もう一度大技を頼めば、もともと準備ができていたのか、すぐさま技を繰り出してくれる。


 大技は何回も頼めるような代物じゃない! この後のことを考えれば、これがラストチャンスだ!


 俺は、イナゴ魔王が吹き飛ばされ、晴れた空間を血眼になって捜す。


 どこだ。どこだ。どこだ!


 増えていくイナゴ魔王。閉じていく空間。焦燥感に駆られる心。


 時間が経過するごとに見つけられる可能性が狭まっていく。


 焦る心を抑え、冷静に捜す。


 絶対に見つけ出す! それが、弱い俺にできる、唯一の戦いだから!


 捜す。捜す。捜す。


 イナゴ魔王が埋め尽くす空間の隙間を頼りに、捜し続ける。


 ぴきりと、結界が嫌な音を立てる。もう、結界も限界を迎えてきている。残された時間は、もう残りわずかだ。


 焦るな。冷静に観察しろ。


 汗が頬を伝う。知らず、右手を強く握りしめる。


 見つけろ! 元凶を! 見つけられなきゃ、皆死んじまう! 


 そうなってしまえば、今までのことが無駄になってしまう。皆が戦った数時間も、俺が頑張った二年間も、アミエイラが耐え忍んだ数年間も、全部、全部、全部、無駄になってしまう。


 ふざけんな! そんな終わり方、許容できるかよ! 


 誰も幸せになれないなんて認めねぇ! 誰かが不幸で終わるなんて認めねぇ! あいつが、アミエイラが辛いままで終わっていいはずがねぇんだよ!!


 だったどうする? そんなの決まってる。死に物狂いで突破口を見つけ出すんだよ!


 俺は、視界に全神経を集中させる。


 過剰に目を働かせているせいか、目の奥がズキズキと痛む。つうっと、鼻から血が流れ出るが、それを気にしている余裕もない。


 やがて、周りの喧騒が消える。気付けば音が全く聞こえなくなった。そして、今まで以上に視野が広がる。


 今まで見えなかったものが見えてくる。


 そして俺は――――元凶を捉えた。


「――ッ!!」


 俺はそれを見た瞬間走り出す。


 居た、見つけた! 一匹だけ他の奴より赤みがかっている奴が! そいつの身体から、他のイナゴ魔王が湧き出てくるところを見た! 


「頼む! 俺に道を作ってくれ!!」


「「「「―ー――!!」」」」


 未だ戻らぬ聴力ゆえに声は聞こえない。けれども、俺の頼みを了承してくれたのは分かる。


 俺の後ろからいくつもの魔法が、武技が、魔道具が飛び出す。その数はあの四人だけで繰り出すには無理な数だ。だからこそ、俺は自然と笑みがこぼれる。


 見なくても分かる。皆が、俺のために道を作ってくれているのだ。


 誰がどんなことをしてくれているかなんて分からない。けれど、皆が道を作ってくれている。それが分かるだけで十分だ。


「アミエイラ!! 準備!!」


「――!」


 俺はアミエイラにだけ特別なオーダーを与える。例によって答えは聞こえない。けれど、精一杯声を張り上げて返事をしてくれたと言うのは分かる。


 皆の攻撃のおかげで、結界に張り付いていたイナゴがいなくなり、俺はその隙間を利用して結界を飛び出して走る。目指すは他とは色の違う、赤のイナゴ魔王の元だ。


 だが、もちろんただでたどり着けるほど甘い相手ではない。万を超えるイナゴ魔王が俺に殺到する。


 が、どのイナゴ魔王も俺にたどり着く前に撃ち落とされる。


 爆発音が響き渡り、雷が迸り、氷がイナゴ魔王を凍てつかせる。


 様々な音と光を浴びながら俺はひた走る。


 走れば走るだけ、イナゴ魔王の数は増えていく。当たり前だ。俺は今イナゴ魔王の発生源に向かっているのだから。


 赤のイナゴ魔王に近づけば近づくほど、皆がイナゴ魔王を撃ち落とせなくなってくる。


 耳を、腕を、足を、腹を噛まれる。


 そのたびに俺の身体は抉られる。血が噴き出し、痛みが体中を駆け巡る。これ以上は危険だと脳が全力の警鐘を鳴らす。


 しかし俺は構わずに突き進む。


 もう使い物にならない左腕でイナゴ魔王を弾きながら進む。


 そうして、ようやく――――たどり着く。


 俺はニヤリと底意地の悪い笑みを浮かべると、右手に持っていた魔道具を投げつける。


 魔道具は、一直線にイナゴ魔王が湧き上がる地点に飛んでいき、そして、湧き上がったイナゴ魔王に当たり爆発する。


 爆発した瞬間、俺は右腕を伸ばすと、がしりと確かに掴む。


「よお。よくも食い散らかしてくれやがったな。クソ魔王が」


 手の中から魔王が湧き出てこようとする。俺はそれを必死で抑える。


 人差し指を噛まれ、千切られる。激痛が走るが、放す訳にはいかない。


 俺は結界の方へ向かって走る。


 今までよりも、より勢いを増してイナゴ魔王が殺到する。


「ここは確かに上品とは言えない街だけどな、それでも礼儀や流儀ってもんがあるんだよ」


 頬が、二の腕が、太ももが、わき腹が、食い千切られる。


「礼儀も流儀も知らねぇってんなら、テーブルマナーくらい学んでから出直してきやがれ!!」


 走る、走る、走る。


 体は傷だらけでもう限界だ。血が足りない、体中痛い。本当、貧乏くじだ。無茶無謀な策を弄するって言っておきながら、実行するのは俺なんだからな。


 ……まあ、もとより誰にも譲るつもりは無かったけどな。


 これは、俺のエゴだ。


 この件は、この魔王は、俺とアミエイラで決着をつけなくちゃいけない。そうじゃなきゃ、俺は気が済まなくて、アミエイラはきっと救われない。


 だからこそ、俺たちの手で決着をつけるのだ。このクソッたれな魔王と、クソッたれな『大罪の刻印』に!


 後少し。俺はラストスパートをかける。


「アミエイラァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアッ!!」


 そして、俺は目的の範囲内に入る。そうして、アミエイラに全てを託して叫ぶ。


「撃てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええッ!!」


「――――ッ!! アブソリュート・ゼロ!!」


 アミエイラが右腕に左腕を添えて叫ぶ。


 瞬間、白銀の光が一直線にこちらに向かって来る。


 流石アミエイラだ。準備って単語だけで俺の意図を汲んでくれるとは。


 『絶対零度』。これが、アミエイラの最大の切り札。


 その魔法は、触れたものを瞬時に凍てつかせ、その時を止める魔法。ぞの物体の時間も、その物体の命も停めてしまう停滞魔法。


 うまく使えば、人体を丸ごと冷凍保存できる。そして、相手を殺そうと思って使えば、相手の命の時を止めることができる。


 しかし、この魔法の効果範囲は狭く、操作が難しいため一直線にしか飛ばせない。


 けど、今はそれでいい。その効果範囲に俺はいて、直線状にも俺はいるのだから。


 白銀の燐光は、イナゴ魔王を巻き込みながら俺に向かって突き進む。


「いけぇぇぇぇぇカナトぉぉぉぉぉおおおおおお!!」


「カナカナやっちゃえぇぇぇぇええええ!!」


「終わらせなさい! カナト!」


 いつの間にか戻ってきた聴覚が、そんな声を捉える。


「やれえ、カナト!!」


「頑張って、カナト!!」


「負けんなぁ、坊主!!」


「カナトさん、お願い!!」


 色々な人の声が、聞こえてくる。


 俺が今まで触れ合って来た、この街の人達の声が、確かに聞こえてくる。


 そして――


「カナト、信じないから」


 いつも通りのあいつの声も聞こえてきた。


 だからよ、お前ら。そんなこと言われたら――――絶対に勝つしかなくなるだろうが!!


「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」


 全身全霊をかけた最後の一撃。


 俺とアミエイラのコンビネーションアタック。つっても、脳筋物理もいいところの、雑なコンビネーションだけどな。


 だけど、それでお前を倒せるなら、最高の攻撃だ。


 右腕を大きく振り、握りしめている魔王が逃げないように、強く拳を握りしめる。


 魔王も、これはまずいと思ったのか最後の抵抗とばかりに暴れだす。


 関節が悲鳴を上げる。節々から血が噴き出す。骨だって折れてる。


 放すかよ、絶対に! ここで放したら皆死んじまう。それじゃあバッドエンドだ。


 バッドエンドだろうがトゥルーエンドだろうが、皆死んでしまうのが結末ならそんなのはクソ喰らえだ!


 だから絶対放さない。そんな完結の仕方は俺が絶対に許さない! 予定調和だろうが何だろうが関係ない! 何度だって言ってやる! 胸を張って、堂々と! 俺は――


「――――バッドエンドが、大嫌いでね!!」


 直進してくるアブソリュート・ゼロ。その威力は、数多のイナゴ魔王を喰らっても衰えない。


 俺は大きく振った拳を迫りくる絶対零度の燐光に叩き付ける。


 俺の拳とアブソリュート・ゼロが衝突し、周囲に爆発的に冷気が広がる。辺り一面に白銀の燐光がまき散らされ、俺の姿は完全に白銀に飲み込まれた。

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