初めての贈り物
ゆーり。
初めての贈り物①
杏(アン)は看護師に支えられながら、よろよろと病院の階段を下りていた。 まだ体調は良好とは言えないが、やるべきことがありのんびりはしていられない。 そのため足がもつれよろめいてしまう。
「わッ!?」
「大丈夫ですか!?」
一人なら転げ落ちていただろうが、流石は手慣れたものですぐさま看護師がフォローしてくれた。
「ありがとうございます・・・」
「本当に今日、退院でいいんですか?」
「はい。 どうしてもやらなければならないことがあるので」
完治するまで入院しなければならないということはない。 ある程度治れば退院を選択する人は多いだろう。
―――にしても、体力衰えたなぁ・・・。
―――分かっていたことだけど、ここまでとは・・・。
ロビーへ着くと退院の手続きをした。 その間に担当だった先生が来る。
「本当に大丈夫ですか? 何かあったらまたいらしてください」
「はい。 またすぐに来ます」
そう言うと先生は優しく頷いた。 自分の身体のことは自分が一番よく分かっている。 退院後、初めて外に出るとまるで今まで住んでいた世界とは別物のように感じた。
―――今までずっと室内にいたから、空気が美味しいなぁ。
―――・・・さてと!
―――司に会う前に着替えないと。
今着ている服は動きやすさ重視の簡素なもの。 杏が病院へ運ばれる前に着ていたものだ。 もちろん他の服で退院することもできたが杏にとって代わりとなる服が手元にはなかった。
自分の家へ向かい、着くと鍵を使って開ける。
「ただいまー・・・」
シンと静まり返っていて何の返事もない。 それを寂しくも思うが、分かっていたことのため覚悟はできていた。 早速私服に着替えようとクローゼットを開ける。
中は色とりどりの派手な服ばかりで退院直後の杏は目が眩んだ。 室内灯を反射する煌びやかさに、思わず溜め息をついてしまう。
―――この中に着れそうなものはない。
―――確かおばあちゃんにもらった服があったはず・・・。
そうして薄い黄色のトップスにデニムのロングスカートを履いて鏡の前に立った。
「うわ、ダサッ」
思わず本音が出てしまう。
―――あ、しまった・・・。
―――これからはこういう服に慣れていかないといけないんだから、文句は言わない!
自嘲気味に笑うと家を出て元カレである司(ツカサ)の家へと向かった。 大きなマンションの一室、チャイムを鳴らすと中から司が出てきた。
「よかった、司が出てきてくれて」
元カレである司は杏の全身をくまなく見て顔を歪めた。
「・・・何だよ、そのダサい恰好」
「普通の恰好だけど?」
「どこがだよ、そんなに大人しくなっちまって。 つまんねぇ女だな」
冷静にいようと思っていたが、元カレの口から出た悪態についカッとなってしまう。
「これが普通なの! 貴方がおかしいのよ!?」
「はいはい。 で、何しに来たんだよ。 わざわざ文句だけを言いに来たのか?」
「もう貴方には一切関わらないと決めた。 その覚悟を告げに来たの」
「ふーん」
司は興味なさそうにそっぽを向く。
「反論はない?」
「別にない。 清々するわ」
「ならもう会うことはないわね」
「あぁ、俺たちはもう終わりだ」
司はポケットから煙草を取り出した。
「まだそんなものを吸ってたの?」
杏の目の前でライターで火を点けると、一吸いし杏に向かって差し出す。
「あぁ。 一本いるか?」
「いらないわよ! 煙草ももう卒業したの。 煙草の匂いを嗅ぐだけで貴方のことを思い出すんだから! 本当に最悪!」
「本当につまんねぇ女。 別れてよかったわ」
司はそう言うと部屋の中へと戻っていった。 苛立ちをぶつけたい衝動に襲われたが、まだ本調子ではない身体で無理をするわけにはいかない。
―――一体何なのよ、最後の最後まで!
―――私のことを労わりもしないで!
―――あぁ、もう・・・!
ムシャクシャしてもいいことはない。 深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
―――楓(カエデ)のところにでも行こう。
そうして司の家を後にすると、親友である楓の家へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます