燃える新人賞
田村サブロウ
掌編小説
「ほあっちゃっちゃっちゃ!! 助けてくれ、クラ~!」
事務所の中から聞こえるネンの悲鳴。
その事情を知るクラは、コップ1杯の水を持って室内に入り、ネンにかけ寄る。
「はい、ネンさん。これで消火してください」
ばしゃっと、クラはネンの頭から燃え上がる火に水をぶっかけた。
「ふぅ。ありがとうクラ、助かった。あやうく焼死するところだった」
「嘘ですよね? ワタシはネンさんが殺しても死なないようなギャグ漫画補正の効いたタフガイ野郎だと記憶してますよ」
「おいおい。さすがに心外だぞクラ! そんな人間いるわけないだろ!」
「じゃあ聞きますが、どうしてネンさんはさっき頭が発火してたんですか?」
「この新人賞候補の小説の熱い展開に燃えたからだ!」
「だからって物理的に燃えないでください。やっぱりギャグ漫画補正かかってるじゃないですか」
クラとネンが職をおく出版社のライトノベル新人賞。ネンはその評価者の一人として新人の原稿を読んでいた。
ネンがこのような騒ぎを起こす時は決まってヒット作が出るときだ。なのでネンは評価者として能力は頼りになるのだが……こういうボヤ騒ぎを起こすのが玉にキズだ。
ネンと長い付き合いである後輩のクラは慣れたものだが。
「それで? やっぱり面白いんですか? その新人の小説」
「ああ、間違いない! 熱いバトルの効いた王道の異世界ファンタジーだ。ストーリーを思い出すと、またなんだか燃えてきそうで」
「精神的に燃えてくださいね? 物理的に燃えるのはダメです」
またボヤ騒ぎを再発させそうなネンをなだめながら、クラは思った。
今年の最優秀新人賞はこれで決まりかな、と。
およそ半年後。
くだんの最優秀新人賞に選ばれた小説がライトノベルとして書籍化した。
そこまではいいのだが、その数日後に奇妙なことが起きる。
なぜか政府がそのライトノベルを発売禁止にしたのだ。
「ネンさん、どういうことですか!? あのラノベの出来はネンさんも絶賛してたじゃないですか!?」
編集者として担当になったクラは怒りに燃えていた。当然だ、納得できない。
「あの小説に、政治的に都合の悪いことでも書かれていたとでも言うんですか?」
「いや、あの最優秀新人賞の売りは熱いバトルの効いた王道ストーリー。話そのものには特に政治に触れるようなことは無い」
「だったらなんで」
言葉を続けている最中、ふとクラはネンのボヤ騒ぎを思い出した。
「ま、まさか! ネンさんみたいに、熱いストーリー展開のあまり読者が燃えて、火事がたくさん起きたとか」
「いや、なに言ってるんだクラ。あれは俺が特殊なだけで、そんなこと現実に起こるわけないだろ」
「で、ですよねぇ。というかネンさん、自分が特殊だって自覚あったんですね」
あり得ないことはやはりあり得ないのだと、クラはホッとした。
そうだ。あんなギャグ漫画じみた展開、ネンのような特殊な例をのぞけばそうそう――
「ちなみに政府は、あの小説を読む読者が熱気につつまれたことで地球温暖化が加速したって言ってたぞ」
「あれっ!?」
燃える新人賞 田村サブロウ @Shuchan_KKYM
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