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貴音真
「3」
「さん…」
すれ違い様に声がした。
その声は聴こえたのではなく、頭の中に直接響いた。
慌てて振り向いたが、それが誰の者かわかる筈がなかった。
大都会を行き交う人々は水の流れの如く立ち止まることもなく歩き続け、頭の中に響いたその声の主が誰なのか、その言葉がどういう意味なのかわかる筈がなかった。
「おいおっさん!邪魔だ!突っ立ってんじゃねえよ!」
不意に声がした。
その声が聴こえたほうへ向くと女を連れた二人の若い男が俺の前に立っていた。
二人共に女を連れているから正確には若い男と若い女が二人ずつ、四人の男女が俺の前に立っていた。
『すみません、ご迷惑をお掛けしました』
そう言ったつもりだった。
しかし、俺の口はそうは動かなかった。
「うるせえな、殺されてえのかクソガキ」
思いもよらなかった。
まさか、俺がこんなことを言うなんて思わなかった。
この言葉は二人の男達を怒らせるには十分だったらしい。
「あ?んだテメ?」
「おっさん、ちょっとこいや!」
俺は男二人に肩の辺りを掴まれて近くのビルの地下駐車場へ連れていかれた。
男達が連れていた女達は男達を止めようとはしなかった。
「おいおっさん、テメさっきなんつった?」
地下駐車場の奥の人目につかない場所に来ると男が睨みながらそう言った。
正直、目の前の男が何を言っているのかわからなかった。
なんつった?
それは何語だろうか?
なに釣ったということだろうか?
何れにしてもここは大都会だ。
川も海も釣り堀もない。
「ぷはは、おっさん声も出せないんじゃん?マジビビり?ちょーウケんだけど」
この女は何を言っている?
声は出せないわけではない。出していないだけだ。
ちょーウケんだけど?
けどなんだ?
けど、なんだ?
言いたいことがあるなら最後まで言えばいい。
「キャハハ、ねえおじさん?謝んなら今のうちだよ?財布渡せば許したげるからさ?」
こっちの女も何を言っている?
財布渡せば許したげるからさ?
なぜ俺の財布を渡せば許す?
そもそも何を許す?
「おっさん!黙ってんじゃね…え?…いぎいいいいいい!!」
「ひいいいっ!!」
「いやあああっ!!」
俺に何かを言った男が突然悲鳴を上げながら左目を押さえて踞り、その様子を見た女達が悲鳴を上げた。
「なっ!?テメなに…がっ!?ごげえええええええ!!」
もう一人の男が何かを言ったが、その直後にその男は喉を押さえて辺りを転げ回った。
「ひいいいっ!…うげうっ!?…えぐ…が…ぐあ……げががが……っ……!!」
「たすけてぇ!…あがぎっ!?……があ……ふぐう……う……かはっ……が……!!」
二人の女は再び悲鳴を上げたが、次の瞬間には二人の女は揃って首に糸の様なものを巻き付けて空中に浮かんでいた。
「テメえ!…がげっ!ぐっ!ごがっ…!!」
左目を押さえていた俺に何かを言おうとしたが、その男は直ぐに静かになって地面に転がった。
気がつくと地面に転がるその男の頭は潰れたトマトの様になっていた。
『あんたら大丈夫か?』
そう言ったつもりだった。
しかし、俺の口はそうは動かなかった。
「お前ら自業自得だ」
俺の口はまだ勝手に喋り続けた。
「おっさんをバカにするから痛い目に遭うんだよ。…って、聞こえてねえか。脳ミソぶちまけたお前はもう無理だとして、そっちのクソメスブタ共は頑張って糸切れば助かるぞ。意味もなく足ばたつかせてねえで、肛門から腸が飛び出る前にせいぜい頑張って切れよ。それはナイロン製の100号だから170キロくらいの負荷かけりゃ簡単に切れるぞ。んで、そっちの奴は喉に針外しをぶっ指しただけだから余裕だな。じゃあ、頑張れよ。運が良ければ誰かが見つけてくれるかもな。誰も見つけてくれなかったらこんな場所に連れてきたお前ら自身を恨めよ」
俺の口はそう言っていた。
よくよく考えてみると俺の手には妙な感触が残っていた。
人間の目を棒状のもので突いた感覚。人間の喉を棒状のもので突いた感覚。人間の首に糸を巻き付けて天井の梁に吊るした感覚が二回。人間の頭にハンマーを繰り返し叩きつけた感覚。
俺の手には鞄が握られていた。釣りに使用するハンマー、釣りに使用する針外し、釣り糸と釣り針が入った鞄が握られていた。その鞄の中は真っ赤に染まっていた。
「そうだ、釣り行こうと思ってたんだ」
思わず呟いていた。
その直後、俺は重大なことに気がついた。
(やっちまった……)
俺は全てを理解した。
肝心の竿がない。
そして、俺は地下駐車場から出て自宅へ釣り竿を取りに戻り、それから改めて釣りへ出掛けた。
その夜、釣りを終えた俺が自宅へ戻るとテレビでニュースがやっていた。
『真っ昼間の凶行!!三人が死亡、一人が重傷!!大都会の地下駐車場で何が!?』
トップニュースはいつも通り、殺人事件のニュースだった。
どうやらニュースは殺人が大好きらしい。
三人が死亡と言われて俺は思い当たる節があった。
「さん…」
俺の頭の中には再びあの時の声がしていた。
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