きゃどぽんぽんじぃ

こうえつ

第1話 流れ落ちる砂に埋もれたもの

「最近、きゃどぽんぽんじぃね。やっぱり春っていいよ!」

「きゃどぽんぽんじぃって……、なんだっけ?」


 電話を通して懐かしく甘酸っぱい感覚を僕に与える長内千鶴とは家が近く、小学校から同じクラスということもあって、昔から仲が良かったと記憶している。中学までは千鶴が「タカ君」と、僕を呼ぶ声に振り返ることも多かったが、徐々に会話は少なくなり、高校を卒業する頃には二人の間に距離ができ始めていた。


 地方の小さな町では年頃になった二人が、並んで歩くだけで噂が立つ。そんな男女の気まずさもあった。何となく話題を選びぎくしゃくとする関係になった二人は、その後大きな進展も無いままに高校を卒業した。


 僕にとって千鶴は友達以上で恋人未満のままだった。僕は東京の大学に入学、卒業後はそのまま東京の会社に就職し、千鶴は地元の短大を出て実家近くの会社に勤めた。


 社会人になった僕には、学生時代とは違う速度で流れる時間が待っていた。子供の頃は永遠に感じられた時間の川は、大人になると砂時計をひっくり返したように滑り落ちる砂となり、同じように繰り返される日々の生活が昔の鮮明な記憶を隠していく。


 滑り落ちる砂は幼い頃のカラー写真を被い白黒にすると、やがては経験さえ忘れさせてしまう。


「田舎の清冽な川で心地良い風を浴び、美味しいご飯を食べて過ごした」


 大人の僕は多くの言葉を知り、上手に文章にすることができるようになったけれども、自分自身が五感を通して得た感触は忘れてしまう。そんなもどかしさを感じながら歳をとり、気が付けば故郷を出てから十年が経っていた。そんな春先の出来事だった。


「ねえ、同窓会の連絡来た? わたしには幹事から直接電話が来たけど」

 十年ぶりに聞く、甘酸っぱい幼なじみの声は同窓会を知らせるものだった。

「ああ、来たよ。僕には大量に印刷されたお知らせの内の一通だけどね。千鶴の方は幹事から直接の連絡? 故郷に住む千鶴に降りかかった砂は随分と少ないようだね」

「え? 砂って何のこと?」


 どうも大人になるとひがみっぽくなるようだ。僕に対してと千鶴に対してとでは故郷の歓迎の度合が違う気がしてしまう。


「僕にも電話くらいしろと言ってよ……幹事にさ」

 千鶴越しに幹事への文句を言ってはみたが、お知らせに書かれていた幹事の名前と、僕の記憶の中にある同級生たちの顔がどうも一致しない。やはり故郷から歓迎されないのは僕に非があってのことなのだろう。


「それで砂を被ったタカ君。同窓会には出るの? 出ないの? ちなみに同窓会の会場はあの町にあるのよ」

 電車で一時間近くかけて通っていた高校。小さな盆地に囲まれた、「街」ではなく「町」と書く方がぴったりの小さな城下町。古き風情を多く残す場所。


「今回は卒業十周年だからね、頑張って格式の有る料亭を押さえたの」

 ずっと故郷にいる千鶴には積もった砂は少なく、地元の老舗料亭にも縁があるのだろう。

 その町には僕の祖父と祖母が住んでいた。幼い僕はそこでとても大事な経験をした筈だが、それが何だったか思い出せずにいた。僕にとって大切なことであるのは覚えていながら。


「タカくん、なぁ~砂をかき分けるには良い所だべ~?」


 悪戯っぽく千鶴が話す久しぶりに耳にするお国訛りが心地良い。そして僕が忘れてしまっている、とても大事な経験を思い出したいという気持ちへの呼び水となった。

 変らない小さな町へ行って昔と変わらない空気を胸一杯に吸えば、僕が被った時間の砂もさらさらと流れ出すかもしれない。忘れていた経験、画像が蘇り、もしかしたら色彩さえも取り戻せるかもしれない。


「そっか。分かったよ。出席する方向で調整する」

 僕の言葉に千鶴は嬉しそうに答えを返す。

「出席ね! 待っているからね! そうだ、駅まで迎えに行くね。なんだかタカ君と会うのはちょっと照れちゃうけど」


 机の上でゴミ箱行きを待っていた同窓会の出席確認の葉書は、甘酸っぱい幼なじみによって僕より先に懐かしい故郷へ向う。同窓会が開かれるのは九月。町では早い秋が始まっているはずだ。

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