狐少女と初めてのお稲荷さん
図書館の中にある部屋を進むとミルク色の扉が見えてくる。先生が言うにはこの際がお風呂場みたいだ
「わぁぁぁ…!」
広すぎず、すぐにお風呂場全体を見渡せる石造りのお風呂からはいい匂いがする。たぶん温泉なのかな。さっき教えて貰った髪を洗う物ーー洗髪剤って言うらしいーーも花の香りがしたし、気持ちよかった。
脱衣場には薄汚れていた私の服はなく先生の服が置いてあったから、洗ってくれているのかもしれない
「わぷっ…おっきい…」
「そりゃそうだ、服の裾曲げないと転ぶぞ?」
後ろから先生に持ち上げられてくるくると袖と裾を歩けるぐらいに曲げてもらって大きかったパーカーはワンピースみたいな形になって…鏡に映った自分は我ながら可愛く見える。
「せん、せい?」
「ん?そろそろ出るかと思ってな。髪乾かすぞ」
炎魔法で温度を調節した温風で濡れた髪を乾かしてもらいながら廊下を進むと、お風呂場と同じミルク色の扉が開く。
先生の魔力動いてなかったし、手もドアノブに触れてなかったんだけど…?
「いや、そんな不思議そうにしなくても足で開けただけな。行儀悪いから
「えっ、あっ…はーい」
「お前のそういう飲み込み早いところ好きだぞ?飯作ってくるからソファで紅茶でも飲んでてくれ」
ふわふわのソファとその前にあるテーブルの上に置かれた紅い色の紅茶…も美味しそうだけど…
少しだけ、先生の服を掴む。
「どした?」
「…………」
「………花白、言わないと分からない」
「ご飯作るの…手伝いた…い」
見開いた真っ赤な目が私を見つめてくる。
最後の方声ちっさくなっちゃったし…やっぱり、大人しくしてた方がいいのかな。
ワシャワシャ
「!?」
乱暴で、でも傷つけないように髪を長くしなやかな手でかき混ぜられる。
というか…獣耳に、当たってる!な、なんでかわかんないけど酷くくすぐったい…
「痒いところはあるか?」
「耳、くすぐったい…じゃなくて、先生??」
「ほーれ、どうだ?」
「ひぁっ!?ま、まって…!くすぐったいから…!」
絶対今の私、顔真っ赤だ…恥ずかしい…てかなんでそんな嬉しそうなの…。
やっとやめてくれたと思ったらソファから抱き上げられてキッチンに連れていってくれた。
「ふむ。花白にもできる手伝いか…お稲荷さんと軽い汁物でも作ろうと思ってたんだがそれでいいか?」
「お稲荷さん…?」
お稲荷さんってなんだろ…?食べ物なんだよね?なのにさん付け…?
「知らないのか?油揚げを醤油…東の国にある調味料と鰹って言う魚の出汁、あと砂糖で味付けしてご飯入れたのだよ、お前見てたら無性に食いたくなってな」
「私を見てたら…?」
「東の国では神の使いの狐に油揚げをあげると喜ばれるって言われててな、神様の祠にお稲荷さんを捧げたりするんだよ。もっと東に行くと鶏卵になるんだが」
「ふぇ?東の方だと狐は神の使いって言われてるの?」
「なんなら、神そのものって言うやつもいるぞ?」
「こっちとは結構違うんだね」
「そうだな。んで、どうだ?食べれそうか?」
「と、言われても…食べたことないからなぁ」
味の想像がつかないし。
でも多分美味しそうなやつなんだろうなぁって想像はつくけど…
「とりあえず作るか、ダメだったらまた違うの作ろう」
「!……うんっ!」
そこからの先生の動きはすごかった。そりゃあもう、やばかった。私まだ7歳だからなんて言えばいいのかはよく分からないけど…
油揚げ、沸騰したお湯を油揚げにかけてーー味が染み込みやすくなるらしいーー濃い茶色の汁の中に着けて、一旦放置。
ここまででものの数秒だった。絶対魔法も同時並行で使って色々時間かかるところを短縮してるのかなって思う。先生何者なの…
「?どうした驚いた顔して」
「………いや、先生の凄さにちょっと、ね」
「慣れてるだけだ、前は妹が作ってたから料理覚えたのはそこからだしな」
「それでもすごいよ…というか、することある?」
「んーー、じゃあ卵割ってくれ。器の縁で卵の殻にヒビを入れて指を入れて器の中に落とす…って、分かるか?」
「何となく分かった。間違ってたら教えて欲しい」
「おう。」
卵の殻を器に当てて…ヒビの所に指を当てて…
器の中に白身とまん丸の黄身が入った
「どう…?」
「………」
「先生?」
「上手いな。俺は最初器の中にから全部ぶちまけたぞ」
「どうしたらそうなるの!?」
「ふっ…器の中に卵投げつけたからな。」
「笑ってる状況じゃないよねそれ!」
「妹にもそれ言われたわ」
先生本当は不器用なのかな…まぁ、これから少しずつわかるよね。
「いろいろあったけど出来た…!」
ご飯をきっちり包まずに油揚げを開いた状態の俵型のキラキラ輝くお稲荷さん
開いてあるからとご飯を見せる訳ではなく私が割って大きさが不揃いになってしまった黄色い卵焼きが花咲くように飾りつけられてる。
その上に橙色の野菜ーー人参ーーが桜の型抜きされ、横に彩りで目に優しい緑色のお豆
まぁつまり…
めっっっちゃくちゃおいしそう…!
「ほら、見てないで食べてみろよ」
「う、うん…」
促されるまま、よくばって1番大きなものを口を開けてかぶりつく
いけるか?いや、ちょっとこぼれた。でも、それでもいいと思ってしまうくらい今はこれが幸せな食べ方だと思う。
最初に口に広がったのは油揚げの味。
じゅわぁ…と舌に感じる初めて食べるしょっぱく、それでいてさっぱりとした醤油ベースのたれ。鰹出汁を入れたから塩辛くなりすぎず食べやすくなると言ってた先生の言葉を思い出す。
そして油揚げに詰められた甘酸っぱく光って見える白いお米。
お米の中に砂糖とお酢と言う調味料を入れたのは見ていたし、どんな味かも教えて貰っていたけど…単体ではただ甘かった、酸っぱかっただけのものが合わさることですごく、すっごく美味しくなって……
口の中が幸せだった。一生ずっと味わってしまいたいと思ってしまうくらい。
あまじょっぱいお稲荷さんと無我夢中で食べる私を慈愛たっぷりの目で見つめながら暖かいお茶を入れてくれる先生ーー
なんて幸せな世界なんだろう。
おかしい、私はついさっきまでスラム街で孤児で、人族から嫌われる汚れた狐のはずで
(もしかして、これは夢なのかな)
「いひゃい…」
そう思って頬をつねると当たり前のように体が痛みを告げる。
「おいおい、どうした。大丈夫か?」
焦って揺れる赤い瞳を見ると、出会って数時間なのに無条件で安心しちゃう
「だい、じょーぶ」
あんまり考えたくないけど、私はこの人を信用しようとしてる。
それがいいことなのかはまだわからないけど…ただの私の妄想だけど、先生みたいな人が……世間で語られる、英雄って存在なのかもしれない。
本当かどうかは分からない。けどどちらでもいい。悪人だろうが聖人だろうが……こんな私を拾ってくれたことが、すごく嬉しかったから。
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