第6章 ダークエクス

 スズラカミは次の休日にダークエクスが販売されているであろう場所まで行くことにした。そして当日の午後、第8地区に向かった。


 繁華街の裏通り、レオール商店街の裏側、9985ビルの一階。そこにある壁の右から3番目、下から12段目のレンガの模様。全てマイクロチップ内に記録として残している。


 第8地区自体は治安が悪いエリアとして有名だった。特に商店街の裏道には黒いパーカーを被った男や妙にガタイの良いスキンヘッドの男、奇抜なファッションをした女が良く歩いている。スズラカミはその人達と比べると普通の人間だった。普通の人間が今から違法なものに手を出す。これが今の世の中を象徴しているとスズラカミは考えていた。


 その中で9985はこの地区で一番大きいパーラー(パチンコ)の横にある外観は壁以外何もないビルだった。そこがガン✖︎ナイトの仲間、ジャガーから教えて貰ったダークエクスを売っている場所だった。


 そこの壁はレンガでできており、マイクロチップの記録通り右から3番、下から12段目のレンガを手で押した。初めは押してもびくとも動かなかった。スズラカミが違ったか…、と思いかけた時そのレンガは凹んだ。


 突然電波がマイクロチップ内に飛んできた。

『レンガから手を離してください。そうでなければこの交渉は無効となります』


「…分かったよ」


 スズラカミは言われた通りに手を離した。するとレンガはそのまま奥に消えていき、代わりに監視カメラが出てきた。


『監視カメラを除いてIDとパスワードを入れて下さい』


ID 10564

パスワード ¥45〆々*7€


 脳内に表示された欄にそれぞれ入力した。その後欄は消えていき電波だけが残った。


『承認中…。認められました。ドアが開きます』


 何もないはずのレンガがミシミシと音を立てながら奥に消えていった。壁が開いた。スズラカミが中に入るとすぐに扉は閉まった。

 

 中は薄暗かった。電球は古くて今にも枯れそうだった。長机がひとつだけあり、その中には1人の男がいた。密売人だった。歳は50ぐらいだろうか。髭が生えており、髪は白髪と黒髪が混じっていた。こちらを睨むように見ていた。


「ダークエクスを売っているのはあんたか?」

「だとしたらなんだ」

「分かっているだろう? 俺はここに遊びに来たわけじゃない。ダークエクスを買いにきたんだよ。金はある」

「ならば少し質問に答えてもらおう」

「密売人が警察の真似事か、まぁいい。付き合ってやろう」

「貴様はどこでこの場所を見つけ、IDとパスワードを手に入れた」

「ネット友達からさ。まぁそいつがかなり裏の事情に詳しくてな。俺は最初、好奇心で聞いただけだった。でも丁寧に教えてくれてな。信憑性があったから試しに来てみたってところだ」

「ネットか。よく顔もわからないやつの情報なんか信じたな」

「俺はマイクロチップメンテナンスの仕事をやっている。その時の客の中にダークエクス利用者がいてな。そいつの言っていたことと同じことをネット友達も言ってたのさ。情報を開示していないのに同じ日に同じ場所で違う2人から出るのはおかしい。偶然ではないと判断したのさ」

「ならばダークエクスを利用する理由を話せ」

「これは企業の面接か?」

「テストだ。お前が信頼できる人間であるかのな。このところ警察の取り調べも強くなっているからな」

「分かった。簡単にいうと社会の真実が知りたくてな。俺は今の政府は情報を隠していると考えてる。ダークエクスを使えばそれが見れる」

「…言い掛かりではなさそうだな」

密売人はそういうとスズラカミを信用したのか立ち上がった。

「いいだろう。俺の名はオレンだ。この奥でダークエクス設定ができる。俺について来い」

 そういうとオレンが座っている背後のドアが空いた。スズラカミとオレンはその中に入る。そこは一つのコンピュータ室の様な場所だった。自然にマイクロチップがオレンのコンピュータに繋がる。

「スズラカミといったな。あんたのマイクロチップに少し細工を加える。政府の監視をくぐる様にプログラムを書き換えるのさ。後、金は前払いな」

「分かったよ」

 スズラカミはオレンに脳内で電子マネーを払った後は身を委ねた。


 オレンはマイクロチップの中に入った。スズラカミのマイクロチップのルートを見つけると幾つかの線の繋ぎをいじった。非合法なやり方である。

「これでよし。あんたのマイクロチップ内にダークエクスをインストールしておいた。これで使えるぞ。後は好きにしな」

 オレンは自分の仕事は終わったとばかりにそっぽ向いた。

「ありがとうオレン。早速使わせてもらうぞ」


 スズラカミは目の前が白い空間に包まれた。黒い文字で書かれた「ID」、「パスワード」を打ち込む。色とりどりの四角いアイコンが浮かび上がった。


 その中の一つ、黒色のアイコンを見た。ダークエクスのアイコンだった。手の形をしたアイコンが浮かび上がり、黒いアイコンを掴んだ。そのまま右斜め下に移動すると扉のように開き、スズラカミはダークエクスの中に入った。


 頭の中に大量の擬似体験のデータが脳内に流れ込んでくる。一つ一つが今まで人々が目を逸らして来た人間の負の部分。犯罪やいじめの擬似体験プログラムが次々にスズラカミの目や前に現れる。それは政府によって情報を制限されていたものだった。スズラカミにとっては慣れないもので、同時に精神的に耐えられなくなって来た。


 だがそれでも構わなかった。スズラカミはその大量の映像の中に反逆思想の擬似体験ものが混じっている事に気づいた。


 その擬似体験を見てみようと思った。画面を手の形のアイコンでクリックする。スズラカミはその中に入った。この世界の仕組みについてストーリー形式で描かれていた。だがそれは一つではなかった。世の中は複雑な事情によって成り立っている。大量のデータをマイクロチップ内に保存した。


 その後、スズラカミは右下にあった手の形をしたものをもう一度掴んだ。そして、掴んだまま左上に斜めに移動させる。すると空間そのものが収束し、まるでページをめくるかのように、ダークエクスの空間は消え、カラフルなアイコンの空間に変わった。


 スズラカミはマイクロチップの接続を停止した。視界が現実に戻る。

「どうだ、楽しかったか?」オレンはそう言ってニヤッと笑った。

「ああ、最高の気分だよ」

 スズラカミは部屋から出て行った。

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