第31話 フワフワも美味しい
それからアキヒサもレイの隣に座って昼食を用意してもらう。
もちろん、レイのパン以外のメニューも来た。
昼食を美味しく頂いていると、旦那さんがカウンター越しに話しかけた。
「それにしても兄ちゃん、料理スキルなんて持ってたなんて物好きだな。
スキルなんて金持ちくらいしか買えないモンだっていうのに、高かっただろう?
けど、ちょいと料理の手際が良くなる程度のスキルに、あんな使い道があったなんざ驚きだ」
旦那さんのこの言葉に、アキヒサは目を瞬かせる。
――なんだって?
「料理の手際が良くなる程度のスキル」とはどういうことだ?
それにスキルを高い金で買う?
「……そうですかね?」
アキヒサはおかしな言い方に驚きつつも、とりあえず相槌を打つと、旦那さんが話を続ける。
「そうさ、都会に行って教会で金を払ってスキルを貰うこと自体は簡単だが、でもその金ってのがバカ高くていけねぇ。
ま、でもスキルなんざなくても、たいていは同じことがちゃあんとできるから困らないがな」
この旦那さんの愚痴めいた話に、アキヒサは「おやおや?」と首を傾げる。
――あれ? あのコンピューターの話だと、料理スキルは元々僕が持っていたスキルって話じゃなかったか?
それがお金を出して買わないと、スキルは手に入らないとは、ずいぶんとパネルで読んだ説明と違う。
謎な話に一人首を捻るアキヒサの隣では、レイが無言無表情だが着実にフレンチトーストを攻略していた。
フレンチトーストを作って見せた、その翌日。
「アタシ、この柔らかくて甘いパン、好き!」
朝食の席でベルちゃんがご機嫌で報告してくれた。
昨日、ベルちゃんは甘くて柔らかくなった黒パンにとても喜んだ。
大はしゃぎで食べるベルちゃんの皿にある変わった料理に、興味を惹かれた客たちが同じものを食べたがったので、旦那さんは別料金を払えば作ることにしたようだ。
まあ、特別な材料を使っていないから、作りやすいだろう。
そしてこれを教えたのがアキヒサだと、ベルちゃんは旦那さんに聞いたらしくて、今に至るのだ。
「そりゃよかった。
甘くしない味付けで食べても美味しいから、お父さんに色々試してもらうといいよ」
「へぇ、例えば?」
アキヒサがそう助言すると、すかさず尋ねるベルちゃん。
――おぉ、ちゃんとレシピを聞いてくるのはさすが宿屋兼食堂の娘だな。
そしてカウンターの奥で、旦那さんがしっかりメモの準備をしているのが見える。
この親子の連携プレーに苦笑しつつ、アキヒサは日本で食べたものを思い出す。
「黒パンを付ける卵液に、ハチミツの代わりにチーズや塩気のあるもので味付けしたりかな。
ハーブ――食べられる薬草なんかもいいね。
焼いてからハムを挟んでも美味しいし、パンに切り込みを入れて具を詰めてから卵液に漬けてもいいよ」
フレンチトーストは古くなってパサついたパンを子どもに嫌がらせずに食べる料理法として、施設では頻繁に出てきた料理だ。
そして年長だったアキヒサは、大量のフレンチトースト作りをよく手伝わされたものだ。
その経験からすると、要するに卵焼きやオムレツに合う食材だったらなんでも合うのである。
「チーズ! 私チーズも好きよ!」
ベルちゃんが歓声を上げる。
「そうか、チーズ味も美味しいから、作ってもらいな」
「うん!」
ベルちゃんがそう元気に頷いて、旦那さんの方へ駆けていく。
この調子だと、これからこの食堂でフレンチトーストの種類が増えることだろう。
けれども、フレンチトーストが万人受けしたかと言えば、そうでもなく。
フレンチトーストを真っ先に気に入ったのは、やはり噛む力が弱い高齢者や子どもだった。
一方で「硬くないとパンを食べた気がしない」という人が一定数いて、これが恐らく、この土地でフレンチトーストが生まれなかった要因だろうと、アキヒサは思う。
小麦粉が手に入りにくいこのあたりではライ麦が主で、よって柔らかいパンという概念が無い。
故にパンと言えば硬いものという考え方が固定化し、工夫の余地が生まれなかったのではなかろうか?
――スープやミルクに浸して食べるんだから、それを焼けばいいだけなのに。
でも今は拒絶感が強い人達も、時間と共に案外好きになっていくのかもしれない。
何故ならフワフワの食感とは、誰しも幸せを感じるものなのだから。
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