7章 ローゼリアの秘密(2)
ローゼリアは自室に引きこもっているということだった。
あれからずっとかはわからないが、療養という形になっている。私は秘密裏に訪ねることになった。本来、王や王妃は個人的な面会はあまりしない。どんな者でも一度は謁見してから、その後許された者だけと話すことはある。
しかし今回は違った。私は謁見の間ではなく、直接、王妃の部屋へと通された。
通されたというより、部屋の前まで連れてこられたのだが。
私はかしこまって中に入ってもいいか尋ねた。ところが返事はまったく皆無で、なしのつぶてなのである。私は仕方なく、うつむきがちに下がるメイドたちを一度見やってから咳払いをした。
「ローズ。ローゼリア・フォン・フェルディ! わたくしの誘いを断るなど、庶民にしてはいい度胸ではありませんか!」
当時のようにズバッと言ってやると、中から弱々しい声で「ミザリィ?」と聞こえた。
返事を待たずに中へと入る。王妃に対してやるような態度ではないが、メイドも誰も止めなかった。
ローゼリアはベッドの上で縮こまっていた。髪を結うこともなく、寝間着のままで膝を抱えていた。
「どうしてここに居るの……」
「あなたがここに引きこもっているからでしょう」
私は置いてあった椅子を勝手に手に取ると、そこにふんぞり返った。
沈黙。
私は圧をかけてみたが、彼女は目をうつろに動かすだけだった。
私は彼女が聞いていなくても構わなかった。だが言わねばならないことは口にした。
一国の主でもある王妃がこんな風では国民に示しがつかないことを責め立てて叱りつけたあとは、ヴァージル様が酷く心配していることや、もしかして古い考えに支配されているのではないかと諭した。そもそもこうなったのは、お二人に子供ができないことに起因している。「女は子供を産んで一人前」などというのは、それは子供を守る強き母になるための精神性の問題であって、言葉通りにとらえてはいけないのだ。
そこまで言うと、彼女はぽつぽつと何か呟き始めた。
「こんなの違う……」
「なにが違うというのです」
「シナリオ通りにやったはずなのに」
「……なんですって?」
「シナリオ通りにして、ヴァージル様とも結ばれたのに!」
突然そんな言葉が出てくれば、私だって戸惑いもする。
子供ができないことについて話しに来たのに、シナリオとはどういうことだ。
彼女の話はところどころ――本当の意味でぶっ飛んでいて、要領を得なかった。
少しずつでも聞き出すと、彼女は驚くべき話をしはじめた。
いまでもこの話は、私の中でもかみ砕けていないところがある。
ただひとつ言えることは、彼女には本当に未来がわかっていたのだ。
それを彼女はシナリオと呼んでいた。
自分がどんな行動をすれば、どんな未来にたどり着くかがわかっていたのだ。
北の国の舞台演芸のひとつに、ラストの展開が分かれているものがある。
基本的には主人公がどちらの選択をするかで展開が変わるもので、公演日やその日の都合などによってラストがどちらなのか変わる。よく知られた物語については、今日はどちらのラストになるのか賭けを行う者もいるという。
つまり、彼女はその主人公のようなもので、どんな言葉をかければどんな展開が待っていたのかがわかったのだという。
それは十歳の時に起きた事故が原因になっていた。
あるいは彼女の言うとおり、前世――「前の世界」で一度経験していたのかもしれない。
彼女には、モルグとレストールを倒すために、誰が必要で、何が必要になり、どのような道筋をたどればいいのかを授けられたのだ。それは人に関しても同じだった。どんな言葉をかければいいのか、そしてその選択肢を選ばなかった場合に何が起こるのかも、すべてその頭の中に入っていたというのだ。
彼女は未来を知っていたのかも、ではない。
明確に知っていたのだ。
それは彼女にとっての栄光の道だったのだ。
だから彼女は、どんな心ない言葉をかけられようと、この先がわかっていたからこそさらりと流していられたのだ。
しかしそれはあくまで、モルグとレストールを倒すまでの間のこと。
齢十歳にして未来の出来事を、選択肢も含めてすべてシナリオとして授けられた彼女にとっては、自分の前に敷かれた道筋を急に失ったようなものなのだ。
幸せな結婚をして終わりになるのは物語の中だけだ。
子供ができないというただひとつの現実に直面して、いままで順風満帆だったシナリオからはじき出されたと感じたのだろう。
……少なからず、私はショックを受けていた。
彼女の選択によっては、私は彼女をいじめ抜いて、学院を退去させられることもあったのだという。そんなことを言われて信じられないはずがない。
では、私と彼女の関係は、あくまで彼女が最善を選んだ結果なのか。ヴァージル様やネイトの心を、彼女は元から知っていて……、「正しい」選択肢を選んでいただけだというのか。それなら、私と彼女の間にあったものはいったいなんだったというのか。
けれどもショックを受けている場合ではなかった。
シナリオから脱却した後のこの世界は、ちゃんと互いの自由になっているはずだ。実際、彼女は自分に子供ができないことなど予期していなかった。ということは、そこまでは知らなかったのだろう。
私は彼女を寝かしつけてから部屋から出ると、ヴァージル様になんと言ったものかを考えた。
この話を言葉通りに受け止めるには時間がかかる。
「どうだった」
ヴァージル様とミハエルを前に、私は少し考えてから応えた。
「陛下。これから、ローズ様に耳よりの商品や情報を持ってくるような輩には気をつけなさい、と進言させていただきますわ」
「……どういう意味だ?」
私は改めて目を閉じてから、開いた。
「彼女は――聖女の力が強かったとき、と表現しますが、誰が信用できて、誰が信用ならないかが自然と理解できていたのだと思います」
「どういうことだ?」
「当時のローズ様は、聖女の力の一環として、闇の皇帝を倒すのに必要不可欠な人材や、自身を強めるのに必要なダンジョンの構造などを本能で理解していたと思われます。その指標に従い、誰を信じて、誰を疑えばいいかをよく識っていたのでしょう。
ですが現在、その指標は失われています。それも不安定の要因でしょう。
聖女の未来視とは、あくまで闇の皇帝を倒すまでに与えられた力。ローズ様には……これから、子宝に恵まれるという怪しげな商品や情報を売りつける輩が絶えないことでしょう。それらの不確かな情報からは耳を塞いでください。どうか、妙なものに心動かされ、ローズ様のお体に障るような真似はせぬようにお願いします」
ヴァージル様は何も答えなかった。
ミハエルが釘を刺すようにちらりと自分の主を見たが、生返事しか返ってこなかった。
私とミハエルは少しだけ目を合わせてから、小さく息を吐いた。
この忠告は、ヴァージル様の心には響かなかった。それを知ったのは、手遅れになった後だった。
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