5章 失われる力
モルグは倒され、レストール先生もまた倒れた。
この国に生まれ落ちた闇が祓われたのだ。
ローゼリアはヴァージル様と結ばれていた。
この時の私の行動を面白おかしく好き勝手に言う輩がいるが、ヴァージル様に発破をかけたのは、無礼でもなんでもないと思っている。あの方が選ぶのが「白薔薇の聖女」であるなら、もはや誰も何も文句は言わないだろうから。
ヴァージル様と婚約した彼女は、前国王の引退とともに国母となった。
まだ現役だったが、若き聖女と王子に譲ることを選んだのだ。
新たな王と王妃。
闇を祓った王子と聖女。
その事実に国民は湧いた。
前国王が最後の仕事として、新たな王の誕生を祝った。諸外国から大勢の招待客がやってきて、国の入り口どころか関所までもが渋滞するほどだった。
ヴァージル王、ばんざい。
ローゼリア王妃、ばんざい。
盛大なパーティは一週間にわたって催され、終わったあとには道に酔っ払いたちが転がるほどだった。彼らは闇の皇帝よりも”おっかない”女房たちに追い立てられ、仕事に戻っていったと噂される。それは平民だけでなく貴族もそうだったと、ついでに記しておこう。
あのときの仲間の何人かは、王宮での職務についた。
エドワードは妻の実家と仲をとりもち、ローゼリアは母方の祖父母とはじめて対面した。
エドワード氏に至っては爵位を賜ってはどうかという話もあったが、エドワード氏はあくまで商人であることにこだわった。そのため、代わりに王家公認の許可証と印章を貰い受けた。
なにもかもがうまくいっていた。
これで世の中は平和になると誰もが思っていた。
この頃から、彼女から次第に聖女としての力が失われていった。
そもそも彼女が「聖女」と呼ばれていたのは、その魔力の属性だけによるものではない。多くの人々は、彼女の魔力が「聖属性」と呼ばれる力からだと勘違いをしているが、少し違う。魔力の属性と色だけで見るなら、彼女は「白薔薇」だ。
ではなぜ、聖女なのか。
彼女が本当に持っていたのは、先を見通す目だ。心眼とでも呼べばいいのか。特に一部の人間に対して、どんな人物かを見通す目があった。そしてなにより、今後起こることを完全に予見していた。それこそ予言のように。
それが聖女としての真の力だ。
誰とどこで出会い、どんな話をするか。人によってはそれが男を手玉にとっているように思えた。だから彼女は、周囲の女性陣からの嫉妬と羨望を一気に纏った。
しかし、私を含めて「そうではない」と勘付きはじめたのは、何人かいたのだ。
その中の一人にレストール先生もいた。
彼はいまや誰もが知る通り、「闇の皇帝モルグ」を呼び出した張本人である。彼がなにゆえ闇の皇帝を呼び出したのかは、いまここで詳しく語るのは差し控える。それだけでまた一本書けてしまいそうだからだ。レストール先生もまた、闇の魔力に惹かれて堕ちたのだとだけ言っておこう。
レストール先生も、彼女が本当は何を持っているのか、気付いていたのだ。そうでなければ危険視しない。
彼女は確かに、どんな行動をとり、どんな感情を向ければ相手から好意を向けられるのか理解していた。けれども、それは対人だけの問題ではない。彼女はいつ、何が起きるのかをすべて把握していた。どのタイミングで、どんな話を切り出されるのかまで完璧に予期していた。
未来が視えている。
その結果を自分で納得するまで、かなりの時間を要した。
理由は、彼女にはすべてが見通せているわけではないからだ。特にダンジョン内での行動は顕著だった。魔物の攻撃がどちらから来るかなどはわからないようだった。しかし、初めて行くはずのダンジョンの、どこに何があるのかは完璧に理解していた。彼女の案内に従えば、壊れていない魔力ポータルの場所はすぐにわかった。魔力ポータルは魔力だけでなく怪我の回復も出来る優れもので、ダンジョン内にいくつか存在している。あるいは、罠のかかったトラップ。魔物の潜む袋小路。まるでダンジョンの隅々まで頭に入っているようだった。
本当に知っていたのかもしれない。
さて、年齢による力の減少は、誰にでも起こりえることだ。
当の私も、全盛期を過ぎれば威力が落ちたと思う事も増えた。それでもまだ素晴らしいと評する者はいる。ありがたいが、自分のことは自分が一番理解している。
しかし彼女の場合。
聖女の力は、あの闇を祓うまでのあいだ与えられた贈り物のようなものだったのだろう。
闇の皇帝モルグを倒し、レストール先生を倒すまでの間。
彼女の言葉を借りるのならば――そう、「シナリオが終わるまで」だろうか。
彼女はその頃から目に見えて焦るようになってきた。
闇は祓われたが、それですべてが終わったわけではない。各地での戦争や、自然災害。飢饉。それらへの対処。やることは山積みだ。けれどもどこで何が起きるのかわからない。
闇の皇帝が絡んでいるわけではないのだから、別に気にする事は無いと思う。けれども彼女にとって、わからないということが不安らしかった。
ヴァージル様がそれをうまくカバーした。それに、当時の仲間達のなかで詳しい者たちもついていた。
力の減退は自分ではどうしようもないし、そもそも彼女の聖女としての力はモルグを倒せば失われるものだったに違いない。
それでも彼女は応えようとしてしまっていた。
なにしろ、彼女の力を頼ろうとする人々は絶えなかった。
かつてのように、何もかも見通した力を振るってくれると思っていたのだから。
そんな願いに満足に応えられないこと。
腕が落ちたと言われること。
落ち込むだけならばまだしも、悪態をつかれること。
それは彼女に焦りを生んだ。
そんななかで、彼女の狂気を加速させる出来事があった。
後継者問題だ。
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