白薔薇の君に捧ぐ

冬野ゆな

真エンディング「白薔薇の聖女」

個別エンド・ヴァージル

 闇が、晴れていく。

 世界を覆っていた闇が。


 ――


 私はこの光景を、見たことだろう。

 だがそれはいつも、文字と一枚絵のスチルばかりだった。ライターとイラストレーターによって描かれた、ゲームの世界のエンディングでしかなかった。何度も周回し、シナリオも選択肢も覚えるほどにやりこんだ。このイラストだって何度も見た。

 だがこの景色は一度として、ゲームの中では出会えなかったものだ。それがいま、私のものになっている。思った以上に雄大で、激しく、私の心を強く揺さぶりながら、本来あった夜へと還っていく。どんな言葉だって敵わない。

 万感の思いとともに、闇は晴れていった。


 世界から闇が取り払われ、朝日が昇ってくる。

 光が満ちあふれ、世界に朝が訪れる。


 仲間たちが朝日に照らされた。その目には希望が宿っている。きらきらとその目に朝日を宿して、言葉も無くたたずんでいる。


 そうだ、この先の展開も私は

 エンディングを迎えたあとは、攻略キャラたちの個別のエンディングに入る。

 ヴァージル様とのエンディング。わずかばかりの不安もある。本当に、うまくいっただろうか。シナリオのように、彼の心をつかめただろうか。どうして好感度も見えるようにしてくれなかったんだろう。神様は時に意地悪だ。せめてステータスだけでも確認したかった。

 ああ、神様仏様。あるいは女神様。

 とにかく、様。


「……ローズ」


 聞き慣れた声。

 振り向いた先にいたのはヴァージル様だった。


「ありがとう。君がいなかったら僕は……!」


 ヴァージル様は、そこではじめて周囲の人間に気がついたようにハッとした。


「ごほん。ええと、その、なんだ。僕は……」

「な、なんでしょう?」

「……んんっ。ローゼリア・フォン・フェルディ。貴殿のおかげで世界は救われた。再び朝は訪れ、我々はまた今日を生き、過去を紡ぎながら未来を視ることができる」


 ああ、真面目くさった台詞。

 何度も聞いたその声。


「だから……ええと……その」


 ヴァージル様はその綺麗な顔の眉間に皺を寄せて、困ったように言いよどんだ。

 その後ろから、そっと近寄る影がある。ヴァージル様付きの、ミハエルだ。


「おっほん。少々よろしいでしょうか、我が君」

「うわっ、ミハエルっ。急に出てくるな!」

「急ではございません。恐れながら申し上げますが、我が君。こんな時ぐらい、もう少々自分の言葉を飾らずにお伝えなさいませ。ほらご覧なさい。ローズ様もぽかんとした顔をなさっている」

「な、何を言っているんだ。私は王家の血を継ぐ者として、彼女に……」

「ミハエル。この方は一度はっきり言わないとわかりませんわ」


 横で見ていたミザリィが、ぱちんと扇子を畳んで音を立てた。

 その衣服はゲームで見ていた時と違って、泥と煤にまみれている。高そうなドレスが破れて、足も出ている。その姿が、やっぱり現実だと思わせてくれる。

 すうっと息を吸い、かっと目を見開いた。


「未来の国王が情けない顔をしないっ。しゃきっとせんか、しゃきっと!」

「み、ミザリィ!?」


 普段の口調とはほど遠いミザリィに、ヴァージルが目を丸くする。


「言いたいことは、はっきり言うっ」


 ぱちんっ、と扇子がヴァージル様に向けられる。

 しどろもどろなヴァージル様に、ミザリィは更に続けた。


「返事はっ」

「はっ、はいっ!」


 ミザリィは再び扇子で口元を隠すと、ふうっと息を吐いた。


「失礼。少々、取り乱したようですわ。ミハエル、わたくしたちお邪魔虫は早々に退場すると致しましょう」

「わかりました」


 ミザリィはミハエルを伴い、さっさと行ってしまった。去り際も素早い。

 私とヴァージル様は改めて向かい合った。


「ローズ。その……僕は……」

「私はちゃんと待ちますよ、ヴァージル様」


 私があくまでシナリオ通りの言葉を言うと、ヴァージル様はなにか決心したように続けた。


「その、さっき言ったことは、とりあえず王子としての発言としておいて。個人的にも、僕は君に感謝しているんだ。それは今回の事だけじゃない。この学院に入って、君と出会ってからのすべて、僕にとっては新鮮で、輝くような日々だった。君のような女性に巡り会ったことを、僕は幸福に思う。そして、これからもだ。だからその、僕と……。僕と……」


 ヴァージル様の顔が赤くなっていく。


「ああっ。もうっ。僕は君が好きだっ」


 それは幸せなハッピーエンドだった。


 私は幸せだった。

 私は幸せだった。

 私は幸せだった。


 前世で手に入れられなかったものが、いますべてここにあった。胸の奥底から熱いものがのぼってくる。ゲームのシナリオは真なるエンディングを迎える。流れるはずのスタッフロールなんか無い。これは現実なんだから。だから今こそ、私自身の言葉で応えよう。


「はい。私も……好きですっ」


 私はようやく、シナリオになかった言葉を吐いた。乙女ゲームに転生して、真のエンディングを目指した私に贈られた最高のプレゼントだった。

 ヴァージルはそんな私に微笑みを返した。感極まって涙を流す私を抱きしめ、髪を撫でてくれる手が、ひどく愛おしかった。

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