3章 ローゼリアという人間

 彼女ははっきり言って、優秀とは言いがたかった。

 座学ではそこそこの成績。見た目はともかく礼儀も作法も完璧とは言い難い。しかし妙に達観しているようなふしがあった。天真爛漫に振る舞おうとしているのか、それとも鋭いのか、どちらかが本当の彼女なのか。それは後に判明することだが、このときは妙に思えた。


 ただ、ある種「作られた」天真爛漫さは、女性陣の神経を逆なでした。なにしろそれは異性と話をしている時に顕著だったからだ。対外的には、彼女が男に、それも階級をわきまえず媚びを売っているように見えた。


「なんなのでしょう、あの女!」


 女性陣の中ではそう思っている者も少なくなかった。男達だって本気かどうかわからないのだから、放っておけば良いものを。面倒なことに、私に逐一それを報告してくる者もいた。


「あのローゼリアとかいう成金娘。あのように殿方達に気安く声をかけるなど、不躾にもほどがありますわ」

「そうね」

「あのような下賤の者とどうして一緒にいないといけないのでしょう」

「そうね」


 私は適当に答えておいた。

 私の言葉を同意として受け取ったのか、ローゼリアへのあたりが強くなった。

 不思議なことに、彼女はその非難も当然のように受け止めていた。


 私にとって不思議だったのは、彼女のソレは異性に対してのみ発揮されたわけではない。ときおり、私や他の同性に対しても似たように接した。男に媚びを売りたかったのなら、女に対してまで媚びを売る必要は無い。

 冷静な彼女と話をしてみたくて、つい吹っ掛けてみたことがある。結果は惨敗だった。

 彼女には私が話しかけることさえわかっているような気がした。すべて見透かすような目だった。その目のほうが私を苛つかせた。あんたはいったい何者なの。

 結局、背後からヴァージル様がやってきたことで、私は退散した。彼女にとって、私は嫌な女に見えたことだろう。構うものか。

 彼女はヴァージル様が来るのも知っているようだった。それも私の気のせいなのだろうか?


 転機が訪れたのは、ダンジョン探査の課題が始まってからだった。

 まずは学院が保有しているダンジョンの探査から。これは実習のようなものだ。魔法の実習だけではない。持ち物どころか、アイテムの使い方からパーティ内での連携、そして探索でのやりとりなどありとあらゆる事が求められる。

 放たれている魔物は、やり過ごしたり、アイテムなどで追い払ったり、それこそ魔法で倒したりと、そこも考慮しないといけない。


 基本は三人パーティ。

 最初は学院側が選んだ三人組で、実習用のダンジョンに入ることになる。

 これは一応属性の相性なども考慮された上での三人だ。実習用ダンジョンは基本的にこの三人で回ることになる。もちろん、他のパーティと協力したり、何らかの取引をすることも可能だ。


 風属性の彼女は、男爵家次男の「暴走児」火属性のルークと、伯爵家の長男で「根暗」水属性のディランと組まされていた。

 なんとまあ面倒な二人と組まされたものだ。

 誤解を恐れずにいうなら、ルークはうるさい。何をやるにも派手で、すぐに魔法を暴走させる。本人も暴走している。そしてディランは長い前髪で顔を隠し、いつもおどおどとしている。属性としては相性がいいかもしれないが、人格的にはどうだろう。両極端な意味で問題児である二人が一緒になっているとは、レストール教授も何を考えていたのだろう。

 女子生徒もあの二人とあってはクスクスと裏で笑う者もいた。

 男子生徒ですら、渋い顔をしたくらいだ。


「ダンジョンが破壊されたら困るな」

「俺たちが攻略できないほど破壊されたら試験はどうなるんだ?」


 そんなことまで言い始める始末。

 それほどまでにルークはメチャクチャだったし、ディランはルークと組まされた事に絶望していた。三人が無事に戻ってくる保証はなかった。


 大方の予想と裏腹に、三人が無事に戻って来れたのはひとえに彼女のおかげだろう。

 ダンジョン探査において、彼女は重宝される存在には違いないのだ。


 一番の理由が、彼女の回復魔法だ。

 彼女の魔法は風属性ということになっていたが、その中でも回復魔法と相性が良かった。それこそ傷の回復から、解毒、麻痺の解除と幅広い。ポーションの代わりにマナポーションを持っていく、などというやり方もできるだろう。


 しかしもっと重要なのが二番目。彼女の勘の良さだ。

 彼女は初めて向かうダンジョンにも関わらず、まるで何処になにがあるかわかっているようだった。

 さっきの話でもそうだ。

 彼女は私が突っかかったとき、困ったようにしながらも、この後知っているようだった。その瞳の奥には計算し尽くされた冷静さがあった。

 戦闘において、敵の攻撃がどこから来るか――といったものはわからなかったようだが、敵の苦手な攻撃を瞬時に見破ったり、ダンジョンのどこにどんな罠が仕掛けてあるかを的確に言い当てたり――そんなことがあったらしい。


 同時に、ダンジョンでは奇妙なことが起き始めていた。

 学院が管理するダンジョン内に、本来存在するはずではない魔物が現れたのだ。

 最初にその現象にぶち当たったのは、ローゼリアだった。


 正確には悲鳴が聞こえてローゼリアのパーティが急ぐと、本来そこにいるはずないレベルの魔物が現れたのだ。

 だいたい、学院管理のダンジョンなのだから、突然わけのわからない魔物が出てくるはずがない。ひとまずは迷い込んだということで決着はついたが、この異変は学院管理のダンジョンだけに留まらなかった。


 狂化する魔物たちの脅威は、これを皮切りに激化していく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る