R-2 目指せ真エンド!

 次に目覚めたのは三日後だった。

 そう聞かされたのでたぶんそうだ。


 あのあと三日三晩高熱を出して寝込んでいたらしい。

 目覚めた私を呼ぶ声は、知らない人たちばかりだった。

 ローズ様。ローゼリア様。お嬢様。

 イラストの中でしか見ないような、メイド服を着た人たちだった。こんな人たち本当にいるんだ、と思ったくらいだった。


「ローゼリア!」


 心配そうな顔で飛び込んできた男の人も、見たことの無い人だった。


「私のことがわかるか、父様だよ、ローゼリア」


 見知らぬ人だった。

 でもどこかで見覚えがある気がする。

 困惑した私を見て、自称・父様はため息をついた。


「大丈夫。大丈夫だ、ローズ。少しずつ取り戻していこう」


 そのとき、ふと視線が自分の手元へ向いた。

 自分の手は肌に張りを取り戻していて、皺や小さなシミの類いがたちまちに消えていた。爪は綺麗に手入れされていた。まるで子供みたいだ。

 視界に入った鏡を見て、もう少しで驚きの声を出すところだった。


 本物のローゼリアだ!


 それから嵐のような時間が過ぎ去って、私は部屋に一人になった。

 そろそろとベッドから降りる。ずいぶんとちっちゃくなってしまった。

 鏡台を見るにも、椅子にのぼらなければいけなかった。


「す、すごい。本物のローズだ」


 声まで本物だ!

 ゲームの「ヴァイセローゼ」だと、他のキャラと違って主人公はフルボイスじゃない。戦闘中の「えいっ」とか「やあっ」とか、笑い声とか、必要最低限に抑えられている。でもこの声は、確かにローゼリアの声を担当した声優さんそのものだ。

 自分の頬を引っ張ってみる。

 鏡の中のローゼリアも、同じように頬を引っ張った。

 どうやら私は本当にローゼリアとして転生してしまったらしい。

 本当に?

 こんなことある?


 ちょっと状況を整理してみると、こうだ。


 私は日本生まれ日本育ちの、中島翔子。

 死んでたら享年38歳。

 たぶん、死んでいる。


 たぶんっていうのは、死因が飛び降りだったから。


 自分の顔は……正直思い出したくない。

 少なくともローゼリアみたいに美少女じゃなかった。

 子供の頃から美人じゃない顔と、太った体型にコンプレックスがあった。浪人しながら大学を出たあと、勤めたところが何の因果かブラック企業。泣きながらの新人研修ですっかりスイッチが入ってしまって、辞めるまで給料も返上しながら働いた。

 あっ駄目だなんか泣きそう。

 これ以上はやめよう。

 結局、鬱になって辞職して、気力が無くなって、無職を2年続けてる間に更にお金が無くなって……。


 とにかくマンションの屋上に行って夜景を見ていたら、あ、もういいや、って思っちゃったんだった。

 でも、あの時死なないとこの世界に転生できなかったんだから。神様っているんだなあ。女神様なのかな。知らないけど。


「というか……。ここってほんとに『ヴァイセローゼ』の世界なのかな」


 「ヴァイセローゼ ~白薔薇の君に捧ぐ~」は、私が死ぬほどやりこんだ乙女ゲームだ。実際死んでるから本当に死ぬ直前までやりこんだ。


 ヴァルハサール魔法学院を舞台にした物語。ダンジョン探索のRPGパートと、六人の攻略キャラとの交流を深めるアドベンチャーパートに分かれている。「白薔薇の君」っていうのは、ストーリーが進むにつれて、ローゼリアが「白薔薇」と呼ばれるようになるからだ。

 攻略キャラの個別エンドを別にすると、バッドエンドが二つと、ノーマルエンドが一つ。それからストーリー上でいくつかの条件を満たすことで見られるエンドが四つ。更に真の黒幕を倒すことで見られる真エンドが一つ。しっかりとやりこめるゲームだからか、発売直後には男性実況者もプレイしてたっけ。

 私も要所でどういう選択をすればどのエンディングに行くのかは、みんな頭に入ってる。

 伊達にやりこんでるわけじゃないからね。


 ローゼリアは10歳の時、馬車の事故がきっかけで魔法の才能に目覚めて、5年後にヴァルハサール魔法学院に入学することになった。

 そこで6人の攻略キャラと出会うことになるんだけど……。


「ってことは、もしかして……この世界に、ヴァージル様がいる!?」


 ローゼリアとして転生したなら、ヴァージル様も確実にこの世界に、いる!!

 エルサンドラ王太子ヴァージル・D・エルサンドラ!


 他のキャラを攻略しようとするたびに、イベントをこなしたい欲を押し殺していた、あのヴァージル様が!

 他のプレイヤーには「悪くないけど、王子とか正統派すぎてな~」とか言われてたヴァージル様が!


「……いや正統派の何が悪い!!!」


 大体、パッケージにもひときわでかでかと描かれてるキャラなんだから、公式だって推してるだろうが!


 とにかく、この世界にヴァージル様が確実にいる……。


「ど、どうしよう?」


 どうすればいいんんだっけ?

 とにかく私はいま、魔法が使えるようになってるはず!

 一応、魔法の勉強は学院に入ってからだけど、ここで誰かに「見いだされ」ないと、ヴァージル様に会うことすら叶わないぞ。

 

 あああ、なんだか急に緊張してきた。

 学院入学までは5年もあるから、とにかくやれることはやっておかないと。

 それに、この世界にはラスボスの脅威が迫ってるから、黒幕も倒しておかないとね。


 よし、方針は決まった。


「ヴァージル様との運命の個別エンドを迎えて、真エンドにたどりつく!!!」


 拳を振り上げ、高らかに宣言した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る