第51話 エレンおばさんと夕食
十九時頃、エレンおばさんは梨紗に声をかけた。
エレンは沢山の料理を並べ、皆はダイニングテーブルに着いた。
「ママ、凄い! 沢山作ったね」
「そうよ、海斗君と葵ちゃんが来たから、張りきったのよ。口に合うと良いのだけれど」
エレンも席に着いた。海斗と葵は両手を合わせた
「頂きます」
するとエレンと梨紗は下を向いて、小さな声でつぶやいていた。海斗と葵は顔を見合せた。つぶやきが終わるとエレンおばさんは声をかけた。
「はい、どうぞ召し上がれ」
梨紗は海斗と葵がキョトンとしていたのを見て気が付いた。
「海斗、今のは食事前のお祈りなのよ。初めて見た?」
「映画やドラマで見た事があるよ、でも目の前で見たのは初めてかも」
エレンはお祈りについて説明をした。
「日本の頂きますは、生産者や調理した人に感謝をするでしょ。お祈りは、イエス・キリストに感謝の祈りを捧げているのよ。タイミングは同じだけど、意味合いは違うのよ」
海斗と葵は感心をした。
「うん、言われてみると主語が違うんだね、勉強になります。ねえ、おじさんはどっちを使うの」
「私もそうだけど、どっちもよ。日本人の集まりなら頂きます。外国人の集まりならお祈りなの。片方を否定しなくて済むから自然でしょ」
「うん、お互いの文化を尊重しているんだね」
海斗と葵は、エレンおばさんに感謝をして食べ始めた。
「エレンおばさん、とっても美味しいよ!」
「私もとても美味しいです。ねえ、お兄ちゃん、普通にナイフとフォークが有るなんて凄いね」
「そうだね、これも文化を感じられて良いね」
「ウチは普段、箸は使わないの。あっ、海斗、北海道で買った箸は渡したの?」
「ああ、夫婦箸ね、渡したよ。特にお母さんが使いやすいって、喜んでいたよ」
海斗は思い出した。
「ねえ、エレンおばさん、北海道って言えば、梨紗は修学旅行で泣いたんだよ!」
「えっ! 梨紗、そんな事があったのかい?」
「もー、海斗、内緒にしていたのに!」
海斗は笑いを堪えて思い出を語った。
「一日目に泊まったホテルはね、男女別にフロワーを分けて泊まったの。梨紗と一緒に泊まった友達は夕食の時に、俺達と同じテーブルに置いた鍵を食後に間違えて持って行ったんだ。部屋に入れなかった梨紗達は、遅く来た俺たちの部屋の前で鍵を持って待っていたの。
そうしたら、見回りの先生が来たんだ。女子はそのフロアに居ると怒られるから、やむを得ず俺たちの部屋に隠れ込たんだの。すると先生が女子の声を聞かなかったか? って言って部屋に入って来たんだ。見つかったら大変な事になるからね。もしかして処分も有ったかも知れないんだ。梨紗は入口のクローゼットに必死で隠れたの。先生が帰ったらクローゼットから出て来て言ったんだ。オーマイガー、あー怖かった! そうしたら泣いたんだよ」
梨紗は思い返した。
「オーマイガー! あの時は必死だったんだよ! とっても怖かったんだからね! 今は楽しい思い出だけどね」
「へー、そんな事が有ったのね。梨紗の顔を見ていると良い思い出になったのね」
「えー、お兄ちゃん始めて聞いたよ。小野さんは怖い思いをしたのね」
「あっ、梨紗、オルゴールはどうしたの?」
「あらあら、二人で選んでくれたのかい? とっても気に入っているよ」
エレンは引き出しからオルゴールを出し、鳴らしてみせた。
「とっても素敵な音色だね。たまに聞くんだよ、心が休まるのよね」
梨紗は照れた。
「梨紗、良かったね、やっぱり喜んで貰えると、お土産を買った甲斐があるよね」
「そうそう、葵ちゃんは猫の置物を貰ったのかな?」
「そう貰ったよ、猫のお土産、大事に机の上に飾ってあるの、ね、お兄ちゃん」
「うん、有難う」
まだまだ、修学旅行の話は尽きなかった。食事の後は皆でトランプを使いババ抜きをした。エレンも楽しく過ごした。最後にババを抜くのは決まって海斗だった。鈍感な海斗は女性の表情を見抜けず、ババを引いた。
エレンは腰を上げた。
「さあ、お風呂を沸かさないとね、皆、順番に入って来てね。私はその間に食事の片付けをするからね」
「エレンおばさん、悪いから私も手伝います」
「有難う葵さん、じゃあ、どっちから先に入る? まさか二人で入るなんて、言わないわよね、ハ、ハ、ハ、ハ」
「ママ、もう、恥ずかしい事は言わないでよ! じゃあ、私から入るよ。イイかな? 海斗」
「いいよ、先に入って来てね。ごゆっくりどうぞ」
海斗も葵も、エレンおばさんのユーモアに着いて行けなかった。
梨紗はお風呂に入り湯船に浸かった。
「もー、ママったら、今日はテンジョン高いわね。海斗が居るから特別なのね」
葵は食器を洗っていた。
「葵さんは手際が良いのね、これなら明子さんも安心ね。ウチの梨紗は料理が苦手でね。でも今日はクッキー作りを自分から覚えるなんて、やる気になったのかしら」
「エレンおばさん、もし冷蔵庫の物を使って良ければ、朝食に私が味噌汁を作ってもいいですか」
「有難う葵さん、嬉しいわ。私は日本料理が得意じゃ無いの。私に作り方を見せてくれるかしら」
「はい喜んで。でも私の作り方は母から教わったものなので、家庭料理ですけど宜しいのですか」
「はい、お願いします。明日の朝食は楽しみだわ」
エレンと葵は話が弾んだ。
梨紗が、お風呂から出てきた。
「海斗、お次にどうぞ」
「り、り、梨紗! いつも、その格好で寝ているの?」
「そうよ、いつもこんな感じ」
小野梨紗は、ひらひらの付いたネグリジェに着替えていた。
「小野さん可愛い! お人形さんみたい」
「え、いつものワンピース型のパジャマだよ。葵ちゃんにも用意してあるからね」
あ、海斗、コスプレ好きなんだよね、こう言うのも、萌、萌、しちゃうのかな?
「もー、その話題はやめてよ!」
葵と梨紗は笑った。エレンは手を止めて、海斗のパジャマを用意した。
「海斗君、お風呂どうぞ」
「はい、お先に失礼します」
海斗は脱衣室のドアを開けると、梨紗のシャンプーの香りがした。ムム! これはクレーマー事件当日の、葵の下着に着眼した時と同じシチュエーションだな! えーもしかして梨紗のが有るのかな~? まてまて、俺は変態か! されど、海斗は脱衣かごを覗いた。
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