第26話 史上最高気温(2) 終

 昼を過ぎると、小野梨紗が見舞いに来た。

「海斗大丈夫? 心配したよ」

「梨紗ゴメンね、約束していたのに」

「ううん、気にしないで。それで熱は下がったの?」

「うん、だいぶ下がったよ。薬が効いたみたい」

体の節々が痛い海斗は目を閉じた。


 小野梨紗は海斗のおでこに、自分のおでこを付けた。

「そうね、でも未だ熱があるわ。早く良くなってね」

小野梨紗は姿勢を戻すと海斗は呟いた。

「おでこで熱を測ってくれるなんて、お母さん以来だ。懐かしいな~」

閉じた目から涙がこぼれ落ちた。小野梨紗は海斗の手の上に右手を重ねた。


 海斗は微熱が続き、記憶が交錯していた。小さな声で話し始めた。

「ねえ僕ね、やさしいお母さんが大好きだよ。こんな熱、すぐ治るよ」

 海斗は自分の熱を心配する、母親の夢を見ていた。小野梨紗はこんなに時間が経っているのに、未だ心の整理が付いていない事に気付かされた。

「海斗、こんな時に思い出させちゃって、ごめんね」

 小野梨紗は目を閉じ、涙をこぼした。しばらくすると海斗は深い眠りについた。

「海斗、私は帰るね。ゆっくりしてね」

小野梨紗は海斗の部屋を後にした。小野梨紗はSNSのグループに海斗の症状を書き込んだ。


 続いて中山美咲と林莉子が見舞いに来て海斗の部屋に通された。

中山美咲は声を掛けた。

「伏見君、心配したんだからね」

「そうよ、美咲はさっきまで泣いていたんだから」

「わざわざ、悪いね」

 海斗は体を起こしたが、体勢を維持できず再び横になった。

「ごめんね、折角来てくれたのに体も起こせなくて」中山美咲は答えた

「いいのよ、伏見君。今年の夏はとっても暑いから、体に負担がかかったのよ。ゆっくり休んでね」

中山美咲と林莉子も海斗の部屋を後にした。


 夕方になり松本蓮と鎌倉美月が見舞いに来た。

「海斗ゴメン、昨日のプールが悪かったのかな、俺、反省しているよ」

「海斗、気にしていたのに、気づけなくてゴメンね」

「ああ、いいんだ。俺、楽しかったよ。森さんの言葉じゃないけど、青春している感じがとっても楽しかったし、皆で秘密を共有するのも嬉しかったんだ」


 鎌倉美月は悲しい顔をして、鼻をすすり始めた。鎌倉美月は海斗にちゃんと話を聞き入れて貰う為に、子供をなだめるように話した。

「あのね、お祭りの日に言ったけど、女難の相は注意しなくちゃ行けないんだよ」

 鎌倉美月は声を出して泣き出した。

「わー、わー、……体調の変化は他人じゃ分からないの! だから自分が気付かなきゃダメなの。体重が減って倒れて高熱が出ていると言うのに、未だ楽しいだなんて言っているんだよ。もう重症だよ! お祓いをして貰うレベルだよ!」


 松本蓮は肩を揺らして泣き出した。

「なあ、海斗、俺はもっと、お前の事を注意して見るよ。だから海斗も自分の事をしっかり見ないとダメだよ」

「蓮、美月、いつも有り難う。忠告までして貰ったのに、心配掛けてゴメンね」


 二人は見舞いを済ませると海斗の部屋を出た。前の二組と同じように、明子と葵は玄関まで見送った。

 鎌倉美月は明子に話しかけた。

「海斗ね、引っ越しがあった五月から、それまでとはまったく違う生活で、がんばっているの! だから家に居る時は海斗の為に、一人の時間を作ってあげて下さい。お願いします」

 松本蓮は葵を見た。

「海斗はね、学校でも頑張っちゃうから、家では休ませてあげてね。お願いだよ」

二人は挨拶をして帰った。しかし葵は二人の言葉をよく理解出来なかった。


 夕食時になり、葵はおかゆを作って海斗の部屋に運んだ。

「お兄ちゃん、元気になって良かったね」

「ああ、葵のお陰だよ。今朝、葵が気付いてくれたから良かったんだ」

海斗は体を起こした。すると葵はおかゆをレンゲに取り、海斗に食べさせた。

「葵、一人で出来るよ」

「ダメ、あ~んして、フー、フー」


 葵は海斗の世話を焼きたかったのだ。結局、海斗は葵に食べさせて貰った。続けて葵は海斗の体を拭いた。

「葵、有り難う。でも恥ずかしいよ」

「今度は、下も脱いで」

 葵は強引に脱がそうとした。海斗は優しく言い聞かせた。

「ダメ、葵、言う事を聞いて、お願いだよ」

 海斗は葵との距離が保てなくなると思い、葵の好意を断った。新しいパジャマを着て、再び横になった。世話を終えた葵は廊下に出ると、海斗のパジャマに顔をつけ深く呼吸をした。


 寝る支度の出来た海斗は、ゆっくり眠れるはずだった。しかし微熱が続く海斗は悪い夢にうなされた。

 夢の中で、小野梨紗は海斗に言った。

「パパの転勤が決まったの。残る方法は有るけど、お別れね。好きだったけど、海斗が悪いのよ! いつになってもハッキリした態度をとってくれないから。海斗は優しいけど、それだけじゃ足りないのよ! なんで分かってくれないのよ。海斗のそばに居たかったけど。じゃあね海斗」

「まってよ、梨紗、リサー!」

 

 夢の中で、中山美咲は海斗に言った。

「なんで、いつも他の女の子と話をするの! 鈍感な人ね。私をきちんと見てくれないなら、京野君のプロポーズを受けるわ。伏見君が悪いのよ、どの女の子でも選べばいいのよ。あなたのそばに居たかったのに、お別れね」

「待って待ってよ中山さん、謝るよ。だから行かないで、行かないでよ!」


 夢の中で、森幸乃は海斗に言った。

「海斗君、とても楽しかったわ。でも、あなたがいけないのよ。代わる代わるお店に女の子を連れて来て、私が何も思わないとでも思っているの! まだまだ子供なのね。海斗君、あなたのそばにいたかったのにお別れね」

「待ってよ、そんな、写真部の活動は楽しいって、言ってくれたじゃん、お店に友達を連れて来たってマスターは喜んでいたのに、ねえ行かないでよー!」


 夢の中で、葵は海斗に言った。

「私はお兄ちゃんの見方だよ。でも、お兄ちゃんの周りには、綺麗な人が多すぎるの。私はお兄ちゃんの彼女になりたいの。いつまでも妹扱いをするお兄ちゃんが嫌になったのよ。お兄ちゃんがいけないの。お兄ちゃんのそばに居たかったのに、お別れだね」

「お兄ちゃん寂しいよ、おいていかないで、葵、あおいー!」


 夢の中で代わるがわる、海斗に好意を寄せる女の子が一方的に去っていった。


「俺はさ、皆で遊んで皆で勉強をして、皆と過ごす時間が楽しかったんだ。なんで分かってくれないんだよ。みんな居なくならないでよ! あっ、蓮、美月、出て来てよ。寂しくなんか、なりたく無いよー! 一人にしないでよー!」


 明け方になり、明子は海斗の部屋に様子を見に来た。海斗はうなされていた。

「まあ大変、海斗さん起きて、起きて海斗さん!」

 明子は海斗の肩を揺らしたが目を覚さなかった。うなされる海斗の頬を両手ではさみ軽く叩いた。数回叩くと海斗は目を覚ました。


「大丈夫、海斗さん?! 大分うなされていたわよ」

 海斗はやつれた顔をして、小さな声で答えた。

「うん、とっても嫌な夢を見ていたんだ。起こしてくれて有難う」

「きっと、疲れが貯まっていたのね。いつも私達に気を使かって無理がたたったのね。こんなになるまで、気が付かなくてご免なさい」

明子の瞳から涙が落ちた。

「そんな事ないよ、お母さん」

明子はお母さんと呼ばれた事に感情がこみ上げた。

「まあ、こんな時まで、お母さんって言ってくれるのね。海斗さんは優しい子ね」

「当たり前だよ、いつまでも一緒にいてね」

「有り難う海斗さん。葵には海斗さんと距離を取るように言ってあるから、体を休めてね」

 海斗は明子と話す事で、気分が癒やされ再び眠りについた。


 翌日の十時ごろ、遠藤駿は海斗の見舞いに上うな重を持って来た。

「中山さん家に出前に行ったら海斗の事を聞いてさ、オヤジに言ったら持って行けってうるさいんだよ! ウチのうなぎを食べて精を付けろってさ、早く元気になれよ」

「有り難う遠藤、元気になったら、お礼に行くよ。オヤジさんに宜しく伝えて」

「海斗! 精が付きすぎて、パンツにテント張るなよ!」

海斗は微笑んだ。遠藤駿は憎めないやつだ、照れ隠しに冗談を言って帰って行った。


 さすがに三日目となると、皆は心配をした。遠藤駿は今朝の様子をSNSで仲間に情報を流した。

「さっき、海斗の見舞いに行って来たよ。未だ元気が無かったみたい。整体師のお客さんから良い事を聞いたよ。元気のツボ「関元」を押すと元気になるらしい。元気の玄関なんだそうだ。へそから指三本下に有るツボです。見舞いに行ったら、押してあげると良くなると思うよ」

 仲間は、SNSを「既読」した。


 午後になり、小野梨紗がお見舞いに来た。

「ねえ、未だ良くならないの、海斗の事が心配だよ。良い事してあげるね」

「う、うん?」

小野梨紗は、いきなり肌掛けをめくった。海斗は身の危険を感じて肌掛けを戻した。

「海斗、何で肌掛けを戻すの!」

「梨紗が良い事してあげるって言って、肌掛けめくったら恥ずかしいだろ!」

「もう、違うよ! 元気のツボを押さないとダメなの!」


 しかし海斗は肌掛けをめくらせなかった。小野梨紗はやむを得ず、肌掛けの上から両手でへその下を押した。海斗は大事な所を襲われると思い抵抗した。

「梨紗、そこは、ダメだよ。どうしたんだよ、梨紗!」


 梨紗は一生懸命ツボを押した。もがく海斗を抑えるために馬乗りになった。

「梨紗、恥ずかしいよ、止めてよ、梨紗」


「大丈夫だよ、もうちょっとやったら元気になるから。ほら、おとなしくしてよ!」

 海斗は梨紗を見た。

純白の下着を着けた、桃のようなお尻が顔にぶつかってきたのだ。

「え~! これってシックスなんちゃら、みたいじゃん?!」


ムクムク! 


 海斗の息子が反応を始めた。そう、遠藤駿のうな重が効き始めたのだ! このままでは小野梨紗に醜態を見せる事になる。海斗は必死にもがいた。

「ダメだよ梨紗、それ以上、刺激しないで、元気になっちゃうよ!」

「なに言っているの! 早く元気になってよ!」

「恥ずかしいよ! ……もう元気になっちゃった!!」


 小野梨紗は、堅いモノに気が付いた。

「キャー! 海斗、何考えているのよ!」

小野梨紗は振り返えると、スカートがめくれ下着が丸見えだった。

 海斗は抵抗を止めた。

「それはこっちの台詞だよ。そのポーズで、そんな所を刺激するなんて!」


 小野梨紗は一瞬で我に帰った。ベッドから下り、服を整え席に着いた。

「ねえ! 関元のツボ効いたね! フフフ」

 小野梨紗は達成感を感じ、笑みを浮かべた。

「元気になったから、私、帰るね」

 小野梨紗は海斗の部屋を後にした。嵐が去った後のように静かになり、再び海斗は眠りについた。


 続いて中山美咲と林莉子が見舞いに来た。部屋に入ると、中山美咲はいきなり海斗の肌掛けをめくった。林莉子は海斗の両肩をマットに押し付けた。すばらしい、息の合ったチームワークである。

「何、なに、何をするの?」林莉子は言った。

「良い事をするから、抵抗しないでよねー!」中山美咲も続いた。

「痛くしないから、動かないでね。良い子にするのよ!」

中山美咲はパジャマをずらした。

「え~何をするの、ヤダヤダ乱暴はしないで! 中山さん、そんな所を見ないで!」

 中山美咲は海斗のへその位置を確認しパジャマを戻した。へそから指三本下の位置、関元のツボをパジャマの上から、強弱を付けて何度も押した。

「伏見君、早く元気になってね。ここを押すと元気になるんだって!」

「伏見君、美咲の為に元気になりなさい!」

今度はダブルで醜態を見せる事になる。海斗は必死で抵抗をした。

 中山美咲一生懸命に押した。

「ダメよ、しっかり押さないと元気にならないの! 動かないでー」


 醜態を見せられない海斗は、激しく抵抗をした。その度に中山美咲のミスタッチが多くなった。

「恥ずかしいよ、ダメ、ダメだよ、元気になっちゃうよ!」

 林莉子は怒った。

「伏見君、元気になって良いのよバカ! 早く元気になりなさいよ!」

中山美咲は頑張って押した。


「だから、ダメー! ……元気になっちゃったよ!!」


 中山美咲もツボを邪魔する堅いモノに気が付いた。

「キャー! 元気になった!」

 海斗は諦めて、抵抗を止めた。

「もー中山さん、恥ずかしいよー」

「莉子! 元気になったわ。もういいわ、フフ!」


 中山美咲は優しく肌掛けを戻した。海斗は恥ずかしくて肌掛けを顔にかぶった。

「美咲、顔が赤いわよ」

「えっ? きっと一生懸命、押したから熱くなったのかしら」

 いや違う、中山美咲は堅い海斗ものを触って赤くなったのだ。


 中山美咲は顔の肌掛けをめくり、海斗の頭ををなでた。

「二人だけの秘密だね! 元気になって良かったね、フフフ」

 海斗は赤面した。中山美咲も達成感を覚えた。

「莉子、やっぱりあのツボ効くみたいね」

「本当ね、伏見君も顔色が良いもんね」

そして二人も海斗の部屋を後にした。


 夕方になり、松本蓮と鎌倉美月がお見舞いに来た。松本蓮が話しかけた。

「なあ海斗、大分顔色が良くなったようだな」

「うん、皆のお陰だよ」鎌倉美月も続いた。

「ねえ今日、遠藤君が来たんでしょ」

 海斗は嬉しそうに答えた。

「うん、それがさあ、上うな重を持って来てくれたんだよ」

「凄いな~、遠藤のヤツやるな」

「オヤジさんからの差し入れらしい、有り難いよなー。午後からは小野さんと、その後に中山さんと林さんが一緒に見舞いに来たんだ」

「海斗は、モテモテだな」

「それがね、どうゆう訳なのか、俺のお腹を押すんだよ」

 鎌倉美月はスマホを取り出した。

「それはコレよ」

海斗にSNSの画面を見せた。

「あ~、こう言う訳だったのか、へそから指三本下。あ~なるほどねー。小野さんも中山さんも、へその下あたりを押しまわすからさあ……」

 海斗は松本蓮に耳打ちした。

「遠藤のうなぎが効いたみたいで、大きくなっちゃってさあ、恥ずかしかったよ」

松本蓮も海斗も赤面した。続けて蓮が耳打ちをした。

「そりゃあ、そうだよな。女じゃあるまいし、男は前に付いているんだからさ、そんな所を、刺激したら元気になっちゃうよな。羨ましいな! そんな事もう一生無いかもね」

二人は笑った。


「何よ、海斗も蓮もコソコソ笑って、どうせよからぬ事を考えているんでしょ。でも海斗が元気になってくれて良かったわ」

「なあ海斗、ホント良かった。これからは、自分の体と相談して行動をしてくれよ」

「心配を掛けてゴメン。うん、気を付けるよ」


 松本蓮はニコッと笑った。

「海斗、ところでさあ、森さんとのファーストキッスは、どんな味がした?」

二人は興味心身だった。


「ああ、俺のファーストキッスは、塩素の味がした」

蓮も美月も笑った。

「こんな話をするのは恥ずかしいけど、好きな女の子に自分からするものだと思っていたよ。まさか奪われるなんて、思ってもいなかったよ。他の人には絶対、黙っていてね」

 三人は久しぶりに声を揃えて笑った。海斗が元気になった事で安心をして松本蓮と鎌倉美月は帰っていった。



 夜の九時頃、葵は海斗の様子を見に来た。葵は海斗の枕元の床に座わり、顔の高さを合わせて話をした。

「お兄ちゃん、私ね。引越する前には、新しい街、新しい学校、新しい家庭で、上手くやっていけるか、不安で気持ちが張り裂けそうだったの。でもね、優しいお兄ちゃんがいてくれて、とっても安心したの。引っ越す前より、何倍も幸せになったんだよ。お兄ちゃんに負担が掛かっている事も知らずに御免なさい。お兄ちゃんが元気になってくれて良かった」

葵の瞳から涙が落ちた。


「ごめんね、心配かけたけど、もう大丈夫だよ」

海斗は、葵の頭をなでた、しばらくして葵は立ち上がった。

「お兄ちゃん、熱が下がっているか、おでこを触らせて」

海斗はうなずき、片手で前髪を上げた。葵は触れる仕草を見せて、海斗のおでこにキスをした。

「えっ!」

「お兄ちゃん、熱、下がったみたいだよ。元気になったら少しだけゲームしようね」

葵は笑って、海斗の部屋を出ていった。未だ未だ葵は反省が足りないようだ。


 海斗は回復をしたものの、新学期まで残り五日。大慌てで宿題をする事になった。こうして海斗の夏休みは終わった。

 二学期が始まると海斗と松本蓮はクレーマー事件の二件の協力をしたとして、山手警察署から感謝状を受け取る事となった。写真部は文化祭に向け準備を始めた。海斗の女難の相は、いつが消えるのか。そして、可愛い女の子達は海斗のそばを求めた。

                         (終わり) 






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