第24話 夏祭り

 松本蓮と鎌倉美月は、海斗を誘い横浜港シンボルタワーにやって来た。ここは横浜港の入り口、本牧埠頭側にある公園を兼ねた船の信号施設である。

 三人は円周状の展望デッキに上がった。連日続く猛暑ではあったが、ココに吹く海風に当たり心地良く海を眺めていた。

 海斗は話しかけた。

「なあ蓮、今日は潮の臭いが強いな」

「なんで臭いが強い時と、弱い時があるんだろうね」

 鎌倉美月は恥ずかしそうに答えた。

「そうね~、毎日臭いが変わるのは、きっと海も生きているからだよ。人と同じなんだよ、なんちゃって!」

 気取った事を言って、鎌倉美月は照れた。海斗は続けた。

「本当に、そうかもね、海って人に例えられる事が多いもんね」


 松本蓮は遠くの貨物船を撮っていた。しばらく三人は手摺に寄りかかり海を眺めていた。

「天気の良い日に、海の写真を撮るのは気持ち良いよね、……なあ海斗、海斗の体の事で気になるから、まじめに聞くぞ」

松本蓮はカメラをしまった。


「何だよ、改まって」

「どこか体に悪い所、有るか?」

「いや無いよ、至って健康だよ」

「睡眠は、良く取れているか?」

「うん、ぐっすりだよ。ちょっと睡眠時間が少なくなったけどね」

「中山さんとは、上手くいっているか?」

「この間、映画も行ったよ。それで蓮が心配してくれたように、葵の事も打ち明けたよ」


「……そうか。海斗さあ、最近、痩せただろ?」

「えっ、何で分かるの? アルバイトもしたし、いろいろ出かけているからね。でも二、三キロだよ」

「箱根でプールに入った時、俺も美月も気付いたんだ。だから心配しているんだよ」

「蓮も美月も大げさだよ、最近は楽しい事ばかりで何にも心配なんて要らないよ!」


 鎌倉美月は海斗の腕を引っぱり、手相を見た。

「ほらー、未だ有るじゃん! これだよ、この線だって、前にも言ったじゃん!

ねえ海斗、女難の相、消えてないよ!」


 三人はベンチに移動した。

「あのね、女の私だから言うけど、五月に手相を見てからたった四ヶ月よ。この四ヶ月で海斗の周りには、あなたを好きな女の子は何人いるの?」

「えー、俺を好きな女の子なんているの?!」

「ホント鈍感ね! 本当に気付いてないの?」

「うん」

「バカじゃないの! もー、バカ、バカ、バカ バカイトね!」


 鎌倉美月は海斗の前に立ち、指を折って説明をした。

「今から言うから、ちゃんと聞いてね。

 一人目、誰がみても小野さんは海斗が好きよ。転校初日から会いたかったって、自分から宣言したしね。観覧車でキスもしたし、態度を見ていても良く分かるしね。

 二人目、中山さんも海斗の事が好きよ。いつでも焼き餅を焼いているわ。好きでも無い男に焼き餅は焼かないし、ましてや自分の部屋に二人きりで勉強会なんてあり得ないわ。

 三人目、森さんも海斗の事が好きよ。クレーマー事件のお陰だけで写真部には入らないし、二人だけで港の見える丘公園にも行かないわ。

 四人目、葵ちゃんも海斗が好よ。毎日寝不足なのは葵ちゃんとテレビゲームでもしているんでしょ。睡眠の時間を奪い、胃袋まで掴むなんて、なかなかな女子よ。同じ家に居るから一番対応が難しいの。未だ中学生だから良いけど、来年は高校生でしょ。心だって体だって、益々女らしくなるんだから。もっとも別れた事を考えたら、同じ家に住めなくなるから止めた方が良いと思うけどね。折角出来た家族が崩壊しちゃうもんね。ねえ海斗、分かってくれた?」


 鎌倉美月はベンチに座わると、松本蓮は続いた。

「なあ海斗、俺達は心配しているんだよ。言われてみればそう思うだろ? 今まで浮いた話が無かった海斗に、たった四ヶ月でお前の事を好きな可愛い女の子が四人も現れたんだよ」

「そうよ、可愛い女の子達は、海斗のそばを求めているのよ!」


 海斗は衝撃を受けた。手のひらを見ながら二人の話を聞いてしばらくの考えた。

「言われてみれば、確かにそうだよな。親し友達が増えただけじゃ無いのかもね。いろいろ気を遣ってくれて有り難う。……でも今、楽しいんだよ。決断したら、みんな居なくなっちゃうよ! 蓮だって美月だって、この四ヶ月楽しかったよね? 箱根だって、とっても充実していたじゃん! 決断すれば、この関係は終わっちゃうんだよ。……俺そんな事出来ないよ」

 二人は言葉に詰まった。

「海斗、俺がお前の立場だったら同じ様に悩むよ。とっても迷うよな」

「私も同じよ、とっても迷うと思うわ。でもね体重が減ってきている事と、心配している親友がいる事も理解をして欲しいの」

三人はしばらく無口で海を眺めた。


 松本蓮は海斗の前に立った。

「海斗、気分上げて行こうぜ! 今晩の稲荷神社のお祭りだけど、神社の入り口に六時でよかったよな! 今晩は楽しく行こうぜ!」

「ああ、有り難う。……今の話、一人になったら良く考えてみるよ」

三人は横浜シンボルタワーを後にした。


 (稲荷神社の入り口にて)

 海斗と葵は浴衣姿で、稲荷神社の入り口で待っていた。小野梨紗が片手を振ってやって来た。

「海斗、葵ちゃん、早いね!」

「小野さん、浴衣がとっても似合っているよ」

「海斗、有り難う。海斗の浴衣も素敵だよ。葵ちゃんも似合っているね」

松本蓮と鎌倉美月がやって来た。

「おーい海斗!」

中山美咲と林莉子、そして妹の中山春菜がやって来た。

「伏見くーん」

中山美咲はもう一人、女の子を連れて来た。

「みんなー、妹の陽菜です。ダメって言ったのに聞かなくてね。それで慌てて着替えさせて連れて来たの。宜しくね」

 海斗は陽菜に話しかけた

「陽菜ちゃん、久しぶり! 覚えているかな?」


 中山春菜は腕を組み海斗をにらみつけた

「私の邪眼が覚えている。今宵は伏見が来るから、暗黒界へ降臨したのだ」

 松本蓮が笑った。

「海斗、田中の言った通りだな。面白い女の子だな」

 中山美咲は首を傾げた。

「えっ、なんで松本君が知っているの?」

「中山さん家に、うな重の出前で田中が行っただろ。それで聞いたの」

「あ~、あの時ね……」

 中山美咲は知らない所で、妹が話題になっていて事に驚いた。

「あっ、そうだ! 陽菜、ちょっと来て」

中山美咲は、葵を紹介した。

「葵ちゃんは、お姉ちゃんと同じ学校に通っている中学三年生。陽菜と同じ学年だよ。葵ちゃん、仲良くしてね」

 葵は陽菜にほほえみかけた。

「初めまして陽菜さん、宜しくね」

 葵は同学年と聞き、中山春菜に親近感が湧いた。人見知りの陽菜であったが、年上の中にいるので同級生の存在は有り難かったのだ。

「あ、あ、葵さん宜しくね」


 林莉子は皆の顔を見合わせて声を掛けた。

「さあ揃ったから、お参りをして屋台に行こうか!」

 小野梨紗は海斗に訪ねた。

「ねえ海斗、この神社はどんな御利益が有るの?」

「そうだね~、町中にある神社は、一般的に氏神様って言って、広くお願いを聞いてくれるよ。五穀豊穣、商売繁盛、家内安全、交通安全、合格祈願に、それに恋愛成就もね」

 小野梨紗は微笑んだ。

「便利な神様なんだね」

 林莉子は言った。

「もー! 便利とは言わないわよ」

皆は笑った。参拝の列に並びお参りを済ませ、屋台に向かった。


「ねえ美咲、修学旅行のトウモロコシを思いださない?」

「そうだね莉子、大通り公園で食べたトウモロコシは美味しかったね」

 小野梨紗は食べたくなった。

「私、食べたくなっちゃった! でも一本か〜」

 小野梨紗はひらめいた

「海斗! 一緒に食べる?」

海斗は驚いた。中山美咲の前でも有るし、フル回転で考えた。

「小野さん、折角の浴衣に醤油を垂らしたら台無しになるよ」

「チェー! じゃあ、や~めた。海斗は気が回るのね」

中山美咲はホッとした。海斗は上手くかわした。


 皆は仲良く、たこ焼きと焼きそばをシェアして食べあった。

松本蓮は出来たてのたこ焼きを持っていた。

「美月ちゃん、あ~ん」

 鎌倉美月は祭りの気分に流された。

「あ~ん」

 松本蓮はたこ焼きを一つ、串にさし鎌倉美月の口にほうり入れた。すると鎌倉美月は真っ赤になった。

「あっちー! ハフ、ハフ!」

 必死にハフハフするが、出来たてのたこ焼きは容赦無く熱いのだ。ようやく飲み込むと、松本蓮に怒った。

「バカ、バカ蓮! 火傷しただろ! 熱いモノはフーフーしてからでしょ!」

 林莉子は大笑いをした

「まったく、面白いわ、慣れない事やるんだから、ねえ美咲」

 中山美咲も、笑いのツボに入ったらしく大笑いした。

「ハハハ、いくら何でも出来たてを入れたら火傷するわよ」

 林莉子は仲の良い二人を見て寂しくなった。

「あ~あ、京野君が居たら、私もあ~んして上げるのになあ……、あー居たー!」


 京野颯太は、いつものメンバーを引き連れて歩いて来た。

「やあ美咲さん、偶然ですね~。とっても素敵な浴衣ですよ、お似合いですね。一緒に廻りませんか?」

 林莉子は小さな声で伝えた。

「ねえ美咲、浴衣姿の京野君、格好いいね! ねえ、一緒に廻ろうよ」

 中山美咲は苦笑した。林莉子の為に断れなかった。

「ではしばらく、皆で廻りましょう」

 海斗は呟いた。

「おい京野、お前はいつでも湧いて出てくるな! 何なんだ?!」

「失礼だな、伏見君、偶然だよ!」


 一方で、田中拓海が中山春菜を見付けた。

田中拓海は右手でVサインを作り、手の甲を右手に押し当てポーズを取った。

「やあ陽菜ちゃん、我が存在を覚えているかい?」

陽菜は思い出せなかった。

「ほら、白い割烹着で、うな重を出前した」

「知らない!」

あっさりと陽菜は否定した。葵は眉間にシワを寄せ間に入った。

「陽菜さん、お母さんが知らない人と、話しちゃダメって言っていたよ」

田中拓海は、気の毒に変態と勘違いされたのだ。葵は陽菜の手を取り離れた。


 続いて巨乳の浴衣美人が現れた、橋本七海だ。

「あら伏見君、こうして外で会うのは箱根以来ね。あなた達も来ていたのね」

橋本七海はアップにした髪型を下から抑えた。

「やあ橋本さん、素敵な浴衣ですね。髪型もとても似合っているよ」

「あら伏見君、上手になったのね。伏見君も素敵よ、ウフ」

佐藤美優は口元を緩め、浴衣男子を撮影していた。


 皆は射的の屋台に向かった。京野颯太と海斗は良い勝負だった。女子は腕が短い分、景品を落とす事が出来なかった。ところが本質的に上手だったのが小野梨紗だ。彼女はアメリカで本物の銃を扱うトレーニングを受けていたのだ。

「海斗、わたし上手でしょ?」

「ホントに上手だね。女子の中で景品を落とす事が出来たのは、小野さんだけだよ」

 小野梨紗は得意げな顔をした。すると隣の金魚すくいが目にはいった。

「ねえ、誰か金魚、飼っていない?」

 佐藤美優は答えた。

「小野さん、私の家で飼っているよ」

「ねえ佐藤さん、金魚すくいをやって捕れたら、貰ってくれる?」

佐藤美優は自宅の庭で金魚を飼っているのだ。

「良いわよ、少々増えても手間は一緒だもの」

「じゃあ、金魚すくい、やーろーよ!」


 小野梨沙は金魚すくいをやった。彼女はアメリカの生活が長かった為、日本のお祭り文化に興味が有ったのだ。しかし三回やってはみたものの、金魚は捕る事が出来なかった。

「オーマイガー! こんな薄い紙で取れる訳ないじゃん!」


 小野梨紗の口から英語が出ているときは、感情が高ぶっている証拠だ。家の金魚はお祭りで集めたと言う佐藤美優がやって見せた。

「凄い佐藤さん、オーマイガー!」

橋本七海は実に色っぽかった。金魚すくいをする姿は男達の視線を釘付けにした。

 松本蓮は遠藤駿を見た。

「おい遠藤、橋本さん色っぽいよな。あの髪型も、うなじもいいよな」

遠藤の顔が緩んだ。

「ホント、色っぽいと言うか、艶っぽいんだよ」

二人は一緒に笑った。

「う、は、は、」

 すっかりエロおやじとなっていた。

金魚すくいが終わり、海斗達は京野颯太のグループと別れた。


 海斗達は人混みから離れた広場に移動した。松本蓮と鎌倉美月は、花火を用意していたのだ。海斗は自販機で消火用の水を買い、松本蓮はロウソクに火を付けた。

「じゃあ、始めようか!」


 皆は手持ち花火を持ち順番に火を付けた。口々に「綺麗」を連呼した。七色に変わる炎が皆の顔を七色に照らした。

 松本蓮はピンときた。手持ち花火を一本終えると、カメラに持ち替え一人一人に焦点を合わせシャッターを切ったのだ。花火の光が反映されると、生き生きとした表情に手持ち花火の雰囲気が反映された。


 次は線香花火に火を付けた。最後まで玉を落とさず、黒い玉を作れるかを競い合った。先ほどとは違い、暗闇にともる小さな明かりが幻想的だった。最後まで落とさず黒い玉を作ったのは、中山美咲と林莉子だった。


 残りの花火は小さいながらも打ち上げ花火だった。松本連は火を付けた。

「ヒュー パーン……、ヒュー パーン……!」

「あ~あ、海斗、もう花火、終わっちゃうよ」

「そうかー、花火が終わったら楽しい今日も終わりだね」

 鎌倉美月は優しい顔をしていた。

「蓮、花火を用意して良かったね」

「うん、美月が言ってくれたからだよ」

「綺麗ね、美咲」

「綺麗だね、ほんと今日も終わりだね、莉子」

 葵と中山陽菜は並んで、次々と上がる花火を見上げていた。松本蓮は声を張った。

「これで最後の花火だよ、よーく見てね!」

松本蓮は最後の花火に火を付けた。七色に光る、打ち上げ花火が上がった。

「ヒュー パーン……、ヒュー パーン……、ヒュー パーン……」


 皆は余韻に浸たると、自然に拍手が起きた。林莉子は嬉しかった。

「松本君、鎌倉さん花火有り難う」

皆もお礼を言った。花火の終わった静けさで高揚感に包まれていた。

皆は後片付けをして帰路についた。夏祭りの夜に、また楽しい思い出が出来た。


 葵は海斗と二人になると、海斗と腕を組んで歩いた。

「お兄ちゃん、今日は有り難う。とても楽しかった」

「どう致しまして、楽しかったね、葵」

 海斗は葵に親離れならぬ、兄離れを促すように言ってみた。

「来年になったら、葵は俺達のように友達同士で来たりしてね。葵に沢山友達が出来るように、お兄ちゃん応援するからね」

「えー! また、お兄ちゃんと来たいよー」

「その時になったら、変わるかもよ?!」


 海斗は歩きながら昼間の美月の言葉を思い出していた。確かに葵の対応が一番難しい。こんなに可愛い女の子が、好意を持ってくれるなんて。葵の感情がエスカレートしても良くないし、だからと言って離れて行くのも寂しいし、とっても悩ましく思う海斗で有った。

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