第4話 コスモワールド(1)

 海斗はクラスメイトの中山美咲に、片思いしていた。告白どころが、次の一歩を踏み出せないモジモジ君なのだ。この膠着状態を打破する為に、ついに彼女を遊園地に誘う事を決意したのだ。


 (翌日の教室にて)

 海斗は、中山美咲に勇気を出して声を掛けた。

「おはよう中山さん! あ、あの……」

 いつもの会話なら緊張しないのだが、どうも言葉が出ない。中山美咲は海斗の顔を見て、首を傾げた。海斗はもう一度、頑張った。

「中山さん、こ、今度! みなとみらいに有るコスモワールドに一緒に行きませんか?!」

遂に海斗は誘ったのだ! 中山美咲はデートの誘いにときめいた!


 コスモワールドとはみなとみらいに有る、お洒落な遊園地だ。横浜港や市内を一望出来る大きな観覧車が有る定番のデートスポットなのだ。


 海斗は中山美咲の返事を、息を呑んで待った。すると松本蓮が会話に加わったのだ。

「い~ね~、行こう、行こう! なあ海斗」

鎌倉美月も加わった。

「行こうよ、行こうよ、みんなで、ね!」

 この二人は海斗がデートに誘う事など考えていなく、ただ遊びに誘っていると勘違いをしているのだ。幼馴染なのに鈍感な二人である。


 この流れに黙っていられなかったのが、中山美咲の親友、林莉子だった。

「ちょっと、ちょっとー、違うでしょ! 伏見君はあなた達を誘って無いの!」

「いいじゃん、幼馴染なんだし、誘う順番なんて! 遊園地は大勢で行った方が

楽しいじゃん、ね、海斗!」

松本蓮は遊園地に行きたかったのだ。


 中山美咲は考えた、本当は二人だけで行きたいけど、幼馴染の前では強く言えないし、むしろ休日に伏見君と一緒に居られるなら、楽しいと思ったのだ。

「そうだね、皆で楽しもうね」


 さらに黙って居られなかったのが、伏見海斗の恋敵、京野颯太だった。

「美咲さんが皆でと言っておられるのなら是非、私も参加させて頂きましょう。美咲さんのエスコートは私、京野颯太しか勤まらないでしょうからね、は、は、は!」

この歳で大御所の貫禄だ。京野颯太は中山美咲の会話を聞いていたのだ。


 海斗は強く断った。

「京野は呼んで無いし、来なくていいよ!」


 京野壮太は高々と声を張った。

「美咲さんが皆で、と言っておられるではないか。ではうちのリムジンで、お迎えにあがります。美咲さんがお望みなら、二人だけで遊園地の貸し切りをしてもかまいませんが!」


 海斗は勇気を出して誘った機会だったのに、恋敵が参加するなんて想定外だった。

「おい、京野壮太! お前は便乗どころか、二人だけのデートに話をすり替えているのか!」


「京野君が行くなら、私も行く!  ねえ美咲、いいでしょ?!」

林莉子まで手を挙げ参加を表明した。またまた、話は複雑になった。


 京野颯太とは、国内でも指折りの総合商社、羽衣商事の嫡男で、未来を約束された人物なのだ。高校生にして重役ポストを与えられ、ビジネスマンの顔を持っているのだ。京野颯太の財布は打ち出の小槌の如く、好きな事をやり遂げるための資力があるのだ。実は中山美咲の会話を聞いていたのではなく、天井裏に設置された最新鋭の軍事用収音機を使い、万全な計画で中山美咲の情報を収集していたのだ。


 中山美咲は林莉子に気を遣い、苦笑して答えた。

「では、皆で行きましょう。京野君、でもリムジンは遠慮するね」


 中山美咲は、林莉子が京野颯太に片思いしている事を知っていた。親友の為に、この機会に林莉子のチャンスを作ろうと思ったのだ。

 しかし京野颯太は、狙った獲物は逃がさなかった。

「お嬢様お二人、お二人ともお送りいたしますよ。リムジンで!」


「ドッキューン」林莉子のハートは射貫かれた。


 流石、京野颯太だ。正面突破が出来ないのなら側面から崩す方法に戦略を変えたのだ。林莉子の瞳はハートの形になっていた。

 林莉子は勝手に返事をした。

「ハイ、お願いします。ね、美咲、いいよね、ダメって言わないで~」

「……ダメです。リムジンには乗りません」

中山美咲は断った。やはり友情と恋愛は、恋愛が優先するものなのか。


 中山美咲は断ると林莉子は肩を落とした。とは言えデートのチャンスを作ったのだから、欲はかかない方が良いのだ。しかし、ここにも黙っていられない人が、もう一人いた。

「海斗ひどい! ココにも幼馴染みがいるのにー、私も行きたい!」

 転校生の小野梨沙が海斗の肩を抱いた。海斗は小野梨沙の手を、優しく払った。

「もー、抱かないの!」


 小野梨紗はアメリカの習慣なのか、スキンシップが強かった。海斗は計画がグダグダになった事もあり、後先を考えずに答えた。

「あ~、そうだね~、小野さんも一緒に行こうね」


 そして小野梨沙も、遊園地に行く事になった。京野颯太は中山美咲と遊園地に行く事が楽しみで、感情を抑えきれなかった。

「ヤッホー! 美咲さんと遊園地、ダー!」

彼は叫びながら廊下へ飛び出した。


 中山美咲は林莉子に耳打ちをした。

「京野君と遊園地に行けてよかったね。応援するからね」

「うん、美咲。チャンスを作くってくれて有り難う、私、頑張るよ」


 海斗は膠着状態を打破するために、中山美咲に勇気をだして遊園地に誘ったにも関わらず、大勢で遊ぶイベントに変わってしまい肩を落とした。海斗はデートの誘いを教室でした事に後悔したのであった。


 (遊園地当日)

 天気予報はハズレ、昨夜のうちに雨雲が去り、今朝は気持ちの良い快晴になった。待ち合わせ場所はJR桜木町駅を出た駅前広場だ。皆の集合時間は十時三十分。海斗は中山美咲に一時間前に来るように伝えてあった。二人だけの時間が欲しかったのだ。

 海斗は気合を入れて、九時に集合場所に到着した。昨夜は全然眠むれなかった。服を選ぶのも時間がかかり、何より寝付けなかった。今も服が似合っているのか、髪型は崩れてないか、中山美咲と会ったら何を話そうか、……最初の一言が大事だって喫茶「純」のマスターが言っていたしなあ、海斗は不安だった。


 到着してから三十分がたち、待ち合わせ時刻の九時三十分になった。

「未だかな~」

 海斗は改札の方向を眺めた。十分位前に来てもいいのになあ、俺なんて三十分も前に来ているのに。俺が早すぎか! もしかして来たく無くなったのかな。雰囲気に流されて、皆と同じ十時三十分に来るのかな。もしかして交通事故? 海斗は益々不安になった。そして、十五分遅れで中山美咲は現れた。

 海斗は眼を奪われた。中山美咲は、花柄に刺繍された白いブラウスに淡い黄色のカーデガン、そして白のフレアミニスカート。春の妖精の様に可愛く輝いて見えたのだ。


「ごめん遅れちゃって! 予定の電車に乗れなくて、一本乗り遅れちゃったの。伏見くん待った?」

 海斗は首を横に振った。

「ううん、待って無いよ。今、来たところ」


 既に四十五分もいる事は、秘密なのである。

「中山さん、とっても可愛いね。制服の中山さんしか知らないから、とっても新鮮だよ」

「伏見君の私服も似合っていて、格好いいよ」

中山美咲は照れながら、海斗を見つめた。海斗も見つめ返し二人とも赤くなった。

 中山美咲は誘ってくれた、教室での事を思い出した。

「伏見君、ごめんね、折角、誘ってくれたのに。……皆で、なんて言っちゃって」

「ううん、俺も教室で誘ったのが悪かったんだ。中山さんと、こうして話せて嬉しいよ」

二人は、短い時間ではあったが、家族の事や趣味の事を話した。

「中山さんは、妹がいるんだ~」

「そう、今日も妹の陽菜は質問攻めよ。どこの遊園地に行くの? 誰と行くの? 何時に帰ってくるの? まるでうるさい親みたい」

「すごい妹さんだね。お姉さんの事が、好きなんだね。お姉さん思いなのかな」

 中山美咲は困った顔で答えた。

「え、まあ、そうだと良いのだけれど、その後は私も行く! お姉ちゃんと一緒に行くーって、うるさいの。この間は私が入っているお風呂にまで入って来るのよ!」

「そ、そうなんだ~、中三だよね。そろそろ一人で入りたくなるものでしょ。きっとお姉さんの事が、大好きなんだね」


 海斗は中山美咲と楽しく話していると、駅の方から海斗を呼ぶ声が聞こえた。楽しい時間は経つのが早いものだ。ずっと二人なら良かったのにと思った。


 見えて来たのは、松本蓮と鎌倉美月だった。松本蓮が声を掛けた。

「なあ海斗! 早いね。中山さんも、おはよう!」

「俺も中山さんも、今来たところだよ。蓮も美月も仲がいいねー」

 鎌倉美月は恥ずかしそうに答えた

「海斗が一人で行くって、言ったからじゃん!」

「あ、そうだったね、ハハ」

 中山美咲は三人を見て微笑んだ。

「三人とも、ホントに仲が良いのね」


 次に到着したのは林莉子だった。彼女は走って現れた。

「間に合って良かった。皆もういるのね。京野君から電話が有ってね。車の都合で、遊園地の入口で待っているから、だって」


 海斗は思った。金持ちは違うね、話題のリムジンで来るのだろうね。林莉子も何で、京野に電話番号を教えるんだよ。


 そして最後に小野梨沙が十五分遅れて現れた。小野梨沙はまるでファッション雑誌から、飛び出した外人モデルの様に可憐に輝き、周囲は彼女に目を奪われた。

「おはよう、もうみんな揃っているのね。やっぱり日本人は時間に正確よね」


 海斗は思った。小野さんも半分日本人だろ。遅れるのも、遅れて謝らないのもアメリカ式なのか? 厳しい事を思いつつも小野梨沙の可愛さに驚いていた。皆も、あまりの可愛さに遅刻の事など忘れ、先に来ていた友達も絶賛したのだ。


 小野梨沙は海斗の左脇に立った。

「ねえ海斗、私、可愛い? ドキドキした? 私ね、海斗の為にお洒落していて、遅くなっちゃったの。ごめんねー」

海斗の顔が緩んだ。


 小野梨沙は見惚れている海斗と腕を組むだ。周りの友達は驚き、海斗本人も驚いた。

 組まれた肘に柔らかい胸が当たっていたのだ。な、なんだ? こんな可愛い女の子の胸が……いかん、いかん! 海斗は中山美咲の顔を見た。スッゲー怒っている! ホッペなんか、ふぐみたいに、パンパンになっていた。


「待って、待って違うの! 小野さんが勝手に組んで来たの」

 林莉子は、強い口調で言った。

「言い訳をする前に、伏見君、早く離れなさいよ!」


 海斗はスッと、小野梨沙から腕を抜いた。松本蓮は皆を見た。

「じゃあ、揃ったから、そろそろ行こうか。きっと京野も首を長くして待っているよ」

松本蓮は皆を待ち合わせ場所に引き連れた。


 先に訪れていた京野颯太は、十名のスタッフを園内に配置していた。作戦は密かに始まっていたのだ。京野颯太の楽しい一日の始まりだった。

 京野颯太は大きく手を振った

「お~い、美咲さ~ん、待っていたよー」林莉子が応えた。

「京野く~ん、お待たせー」


 林莉子は京野颯太の横に座り、「キャー怖い」とか言いながら京野颯太に抱き付き、目と目が合い恋に落ちる乙女ストーリーを夢に描いていたのだ。


 待ち合わせ場所は、ブラーノストリート・ゾーンの西側。回転する乗り物がまとまっているエリアだ。最初に選んだ乗り物は「ギャラクシー」円形の軌道を回転し、上昇と下降を繰り返す二人乗りのアトラクションだ。


 海斗は中山美咲の隣の席を狙うが搭乗間際のスタッフ誘導され、中山美咲は京野颯太と乗車した。さらに海斗も係員の誘導で小野梨沙が隣に座った。

「やっぱり海斗は、私と乗りたかったのね。私も嬉しいよ。怖わい時は、私の手をぎゅーと握ってもいいよ。特別だよ!」

海斗はサラリと聞き流した。


 小野梨紗はアトラクションが動き出すと、海斗に抱き付いた。歓声を上げて楽しむ姿は、海斗に幼い頃の彼女の記憶を想い出させた。海斗は無邪気な彼女を見て微笑んだ。懐かしい思いが心をくすぐったのだ。


 アトラクションから降りると、林莉子が近づき海斗に耳打ちをした。

「どうして、中山さんと乗らなかったの?」

「俺だって、乗るギリギリまで中山さんの横にいたんだよ。乗車間際でスタッフから誘導されてさ……。林さんだって、京野のそばにいて京野と乗ればいいのに」

「そうなの、私も乗車間際でスタッフから誘導されたのよ。それで京野くんは美咲と座り、私は一人。このグループ7人だから恐れていたのよね。それがいきなりよ、いきなり私一人なんだもん……」

 林莉子は悲しい顔をした。海斗は勇気づけた。

「小野さん頑張ろうね。今度は上手くいくよ、リベンジ、リベンジ!」


 次に彼らが向かったのが、「ディスク・オー」円盤の外周に二十名程が外向きに座り、回転しながら振り子運動を繰り返すアトラクションだ。


 海斗達は乗車の列に並んだ。今度は誘導されないように注意して並んだが、またも乗車間際にスタッフに誘導され、中山美咲と離れた場所に座った。京野颯太は中山美咲、林莉子と並び、海斗は小野梨紗と並び動き出した。


 小野梨紗は喜んだ。

「海斗、また一緒だね。わたし嬉しい!」

彼女は偶然が続き、上天気だった。海斗は中山美咲と乗れない事が不満だった。しかし、海斗は中山美咲の背後でもあり、小野梨紗とアトラクションを楽しんだ。

 乗り物から降りると、林莉子は興奮していた。

「美咲、嬉しかったよー、京野君と乗り物に乗れたよ!」

中山美咲も親友が喜んでいて嬉しかった。


 ここで京野颯太に、想定外の出来事が襲った。所有するパシフィックゼネラル社の株がTOBを発表されたのだ。彼の会社関係者から緊急連絡が入った。前々から噂が有った会社だが、こんなに早いタイミングで発表されるとは思ってもいなかったのだ。そこで京野颯太は急遽会議を行なう為、遊園地を離れる事となった。京野颯太は中山美咲に頭を下げた。


「済みません美咲さん、急用が出来てしまいエスコートが出来なくなってしまいました」

「いいえ、お構いなく、お仕事を優先して下さい」


 京野颯太は思った。こんなに順調に作戦が進み天国だったのに、次は地獄だよ。彼はリムジンに乗り、関内に有る本社ビルに向かった。

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