何の変哲もない女子高生の私が勇者として異世界に召喚されたら28年前に召喚されたのにまだ魔王を倒せていない7代前の勇者がまだいて何の話題を出してもジェネレーションギャップがすごい
やまなしレイ
彼はYouTuberになっていた
2020年の年末、学校から帰ってきたところだった。
突然やさしい光に包まれて、私は見たことのない空間に立っていた。目の前には、角度によって緑にも青にも見える髪の毛をした女の人―――女神と名乗った彼女によると、私は「勇者」としてスカウトされたようだ。
彼女の暮らす世界は、魔王が率いる魔族の国によって人間の国が滅ぼされかけていた。そこで女神さまである彼女が、「異世界」である私達の世界から強い魔力を持つ人間をスカウトして召喚して「勇者」になって魔族と戦ってもらっているという。
この召喚魔法は魔力を貯めないと使えない大魔法なため、数年に1度しか使えないそうだ。もし私が気乗りしなければここで召喚をキャンセルして、元の世界に返し、また別の人を探すと言われた。一度そちらの世界に召喚されてしまえば、魔王を倒すまでは元の世界には戻れないとも言われた。
「やります! 私の力が役に立つのなら、そこが異世界だって行きます!」
私は迷わずに言い切った。
元の世界に未練がないワケじゃない。でも、困っている人がいるなら助けたい―――ここで見知らぬ世界の人達を見捨てたことを、気にせずに明日から暮らせるワケがないもの。
そうして、私はまた光に包まれて新しい世界へと召喚されていった。
光が弱まって、目が慣れて周りが見えるようになってくると……自分が森の中にいることが分かってきた。ここは女神さまが暮らす森なのだろうか。女神さまもそこに立っているが、その周りをところどころに光る何かが舞っている。アレは妖精かな。
「黒髪……東洋人……? まさか、日本人か!?」
「はい?」
女神さまとは反対側から人の声が聞こえて、振り向く。
土と埃で汚れた顔には無精ひげが目立ち、オールバックにしている髪は黒に白が混じっていて、背はあまり私と変わらないくらいだけど横幅は私の倍くらいあるだろうか。茶色いジャケットに黒いマント、その下には銀色の胸当てのようなものを着こんでいる。
薄汚れたオジサン……という印象だった。
「
「えぇっ!? 勇者って私一人じゃないんですか!?」
女神さまの説明にビックリしたけど、そう言われれば「人間をスカウトして召喚して「勇者」になって魔族と戦ってもらっている」「召喚魔法は数年に1度しか使えない」みたいな話があったっけ。
「日本人なのか!? 日本語……通じるのか??」
「あー……はい。」
つまり、このオジサンは私よりも前にこの世界に召喚された「勇者の先輩」ってことか。その人が、私が召喚されるのを待ち伏せていたということは……「仲間」なのか、それとも「敵」なのか、どちらであっても対処ができるように私は身構えた。
オジサンが脇のポシェットから何かを出す。
武器か……? と思ったけど、ただの紙のようだった。描かれているのは、地図……じゃないな。丸が5つ。すべて色違いの丸だった。
「今まで召喚されたヤツはみんな言葉が通じなかったから絵を描いてきたが、日本人なら話が早い。」
「はい?」
気になるワードがいくつも出てきたけど、とりあえずそれが「絵」なのかってことが気になった。色違いの丸が5つ……5つの丸……5つの輪……!!?
「俺が聞きたいのはただ一つ! 2020年のオリンピックはどうだったのかってことだ!」
「は……?」
「こっちの世界に召喚されて28年、元の世界のことが知りたくても4年に1度にやってくる「次の勇者」は毎回違う国のヤツで。言葉も分からないし。でも、どこの国のヤツもオリンピックの話だけはできるんだよ!」
「そりゃ……そうでしょうね……」
「4年前の勇者には俺は会えなかったけど、8年前の勇者はメキシコ人でロンドンオリンピックでフットボールで優勝したって話を熱く語ってくれたな。12年前の勇者はアメリカ人だったけど、日本のキタジマって水泳選手がすごかったって教えてくれたな。16年前はアテネオリンピックで、NBA選手が出たアメリカが金メダルを獲ったし。20年前のシドニーオリンピックは……」
ちょっと待って、ちょっと待って。
この流れはマズくない?
「俺は4年に1度のオリンピックの話題だけを楽しみに、魔王軍と戦ってきたんだ。」
「あー………」
「頼む! 2020年のオリンピックがどうだったのか教えてくれ!」
………
…………
………………
「えっと……あの、その……」
「どうだった? どうだった?」
私のお父さんと同じくらいか、ひょっとしたら上かも知れないオジサンが、目をキラキラさせながら聞いてくる。すっごい……言いづらい。でも、ここで上手にウソをつくことなんて出来ない。
「やりませんでした。」
「……はい?」
何を言われているか分からない、といったカンジに笑顔のまま凍り付くオジサン。
「世界中にウィルスが蔓延して、感染させないように人が集まれなくなって、東京オリンピックは来年に延期になりました………」
「東京!? ウィルス……? 延期!!?」
一度にたくさんの情報が入って混乱するオジサン。
「だから……今年はオリンピックやりませんでした、来年だったら……開かれたかも知れないんだけど。」
………
…………
………………
またしても沈黙。
ようやく言われたことが解釈できたようで、ようやくオジサンは口を開く。
「んなワケあるかあああああああああ! 女神! コイツ、にせものだ! きっと魔王軍が送り込んできた刺客にちがいない!」
「えっ、ちょっと待って!」
オジサンは剣を抜こうとしている。
「そんな陳腐なSFみたいなこと起こるワケねえだろうが! 現実にはWHOって立派な機関があって、疫病の問題とか解決してくれんだよ!」
「私だってそう思ってたよ!」
魔王を倒す勇者になるために異世界に来たはずなのに。
私は、オジサンにウソつき呼ばわりされて、この1年間の世界の情勢を説明しなきゃいけなくなった。
◇
「納得いかねー。俺はまだコイツが偽者だって線を消してねーからな。」
「…………」
「せめてオリンピックが終わった来年に召喚されてくれればよかったのによ。」
「アンタの都合で勇者の召喚タイミング遅らせてイイの?」
チラッと女神さまの方を見る。
女神さまもせっかく召喚した「次の勇者」がここで殺されたら溜まらないのだろう、間を取り持ってくれた。
「
「ハイ、それで私の疑いが晴れるなら……」
私だって死にたくないし、魔王軍の姿も見る前に28年前の勇者に殺されるだなんて哀れすぎる。というか、この人って28年間も魔王を倒せなかったんだよね。実はそんな強くないのかな。
「確かに、オリンピック以外にも聞きたいことたくさんあるもんな。だが、ウソをついていると分かったらすぐに斬るからな。」
「ウソなんかつかないよ……」
まぁ、2020年の日本のことだったら大体のことは答えられると思う。
「よし! 聞きたいことは決まった。ずっとこれ、気になっていたんだよ。」
「うん。」
言われてみれば28年間も国から離れて何の情報もないんだ。自分の故郷がどうなっているのか、家族がどうなっているのか、心配しないワケがない。私がピンポイントにこの人の家族を知っている偶然はないだろうけど、オジサンの地元がどんなかくらいは分かったらイイな。
「俺が聞きたいのは、2020年の……」
「うん。」
「西武ライオンズの監督は誰かってことだ!」
「…………」
………………………………
………………………………………………………………
「えっ!!?」
「え?」
「何!!?」
「どうした?」
「28年ぶりに聞きたいことがそれなのっ!!!!?」
「そりゃそうだろ、西武ライオンズ以上に重要なことなんてないだろ。」
「あるでしょ! 家族とか、友達とか、そういう人達のことは気にならないの?」
「俺の家族や友達のことをオマエが知っているのおかしくないか?」
それもそうだけど……
それもそうだけど!
私がもし28年後からやってきた未来人に「2048年の日本について何でも教えてあげるよー」と言われても、それは聞かないよ!
「何だ? 答えられないのか、やっぱり偽者か!」
「えっと……辻さん、です。」
「辻!! あの名セカンドの! 渋いところだなー。」
良かった、オジサンは満足してくれたみたいだ。
いや、でも普通の女子高生だったら答えられないでしょ今の問題。ウチはお母さんがスポーツ好きなんで、その辺の情報が放っておいても入ってくるけどさ。
「俺としてはキャッチャーの伊東勤がやるかなーと思ってたんだけどなー。」
「あー、伊東さんはロッテの監督やった後、今は中日のコーチやってるよ。」
………
「はっ???????」
「え?」
「なんで西武の伊東がロッテの監督やるんだよ、おかしいだろ。」
「そんなこと言われても……」
2004年生まれの私には、どの監督がどのチーム出身かなんか分からないし。
「工藤公康は監督やらなかったのか?」
「工藤さんは今のソフトバンクの監督だね。」
「ソフトバンク……??」
「あ……えっと、その前は確か……ダイエーホークスだったかな。」
「秋山幸二は?」
「秋山さんは工藤さんの前のソフトバンクの監督……だったかな。」
「なんでだよ、どうして西武の選手がその、ソフトバンクとかいうワケの分からんチームの監督やるんだよ。西武の二軍なのか?」
「どうしてだろうね……」
オジサンはちょっとイライラしているようだった。
私にはよく分からないけど、ライオンズの選手?が、知らない間に他のチームに行ったり、他所のチームの監督をしたりしているのが、納得いっていないみたいだった。
そうしてしばらく腕組みをしていたけど、最終的にオジサンが聞いてきた。
「この流れだと聞くのちょっと怖いんだけどよ……でも、聞こう。」
「はい。」
「この選手が他のチームの監督やってたら俺はショックで寝込むかも知れない。だが、聞かずにはいられない。」
「………」
「でも、聞くぞ! イイか?」
「はい……」
「清原和博は、今どこのチームの監督やってるんだ?」
………
……………
「……どこのチームの監督もやってないです。」
「じゃあ、解説者にでもなったのか。」
「解説もやってないです。」
「え? じゃあ、今は何やってんの?」
「今は……YouTuberかなぁ……」
「ゆーちゅーば?」
「え? YouTube知らないんだ……インターネット上に動画をアップして―――」
「いんたーねっとって何?」
「イ ン タ ー ネ ッ ト っ て 何 ? って聞いた、今!?」
「インターネットって何?」って言われても、何だインターネットって。
インターネットを知らない人にインターネットってどう説明すればイイんだ???
「えーっと、スマホ……は分からないよね。携帯電話の画面で見られるいろんなサービスで……YouTubeってのは、誰でもテレビ局のチャンネルが持てるみたいなやつかな。」
「えっ!!!? 清原ってテレビ局になったの!!?」
あ、ちがう。
すごい勘違いをしている気がする。
でも、なんかもう何もかもが面倒くさくなっちゃったからそれでイイや。
さっきから「すげーな清原、さすがだなー」とか言っているけど、オジサンが幸せそうだからもうこれでイイでしょ。
◇
「あの……私が召喚されたのって魔王を倒すためですよね。これからどうしたらイイんですか?」
聞くと、この森から馬車で半日ほどのところにローブブリア王国の王都があるそうだ。私はしばらくそこで訓練を受けて、魔王軍との戦いに備えるらしい。
「オジサンはどうすんの?」
「俺はオマエの教育係だな。俺も同じ街にもどって、オマエを鍛えてやるよ。」
「えっ」
えーーーー。
いや、第一印象が悪いからこのオジサン、苦手ってのもあるんだけどさ。それ以前に根本的な疑問があってさ。
「いや、オジサン。アンタは魔王を倒しに行かないの?」
「ぐっ」
「28年間も何してたの?」
「おまっ、俺だって別にサボってたわけじゃ……」
「でも、アンタが魔王を倒せてないから私が召喚されたワケだよね。」
図星だったようで、オジサンは黙り込んでしまった。
「
「はい?」
何だろう、女神さまが横槍を入れる。
「意外かも知れませんが、そこの
「魔王を倒せなかった人から、魔王の倒し方を教えてもらえるんですか?」
「ぐっ」
別に今まで倒せていないことを責めたいワケじゃない。
倒せていないなら倒せていないで、魔王を倒しに行くという気持ちを見せてほしい。何ノンキに王都で後輩の指導とかしてるのよ。
「いやいや、俺ってもう44歳なんだよ!」
「だから何?」
「こないだだって、魔王軍に占拠された塔を攻略したんだけどよ……その塔、60階もあったんだぜ? もちろんエレベーターとかないから全部徒歩。もう、階段を登るのに膝が痛ぇんだよ!」
勇者がそんな愚痴こぼしちゃダメだろ。
「この世界にはルーラみたいな移動魔法も、飛行機みたいな科学技術もないんだよ。陸路は馬車、海路は帆船、これで世界のすみずみにいる魔王軍の幹部と戦うために走り回らなくちゃならないから……移動だけでものすげえ時間がかかんだよ!」
「……」
「魔王も俺と戦いたくないから、世界のそこら中を逃げ回っているし……俺の体が動く間に追いつける気がしねえんだよ……」
魔族の寿命は人間のそれより遥かに長いらしく、魔王は勇者が老衰するまで逃げ回る作戦を取り始めたしい。勇者も勇者だが、この世界の魔王も大概だな!
「あと……俺も結婚したいんだよ!」
「は?」
「魔王を倒したらお姫様と結婚とかできんのかなと思ったら、全然魔王を倒せないし、お姫様はどんどん嫁に出るし、いつの間にか国王は年下だし。アイツ、俺が最前線で魔王軍と戦っているのに、その間に16人もこども作ってやんの。許せなくないか?」
「そりゃ、王様だからね……」
跡取りの問題とかもあるだろうし。
「だから、俺も勇者を引退して、結婚して、幸せな家庭を築いて、こどもを作って育てたいんだ!」
「アイドルを引退するみたいなノリで勇者を引退しないでよ。」
まぁ……でも、確かにスポーツ選手の全盛期ってことを考えると、44歳なんてもうみんな引退している年だもんなぁ。体にガタが来るのも仕方ないのかな。
「イチローだって引退したもんね。」
「いちろー……って誰?」
「えっ??? オジサンなのに、イチロー知らないの?」
スポーツ大好きなウチのお母さんはもちろん、大してスポーツ好きでもなさそうな学校の先生とかだって大人はみんなショックを受けてたのに……西武ファンって言ってたから、西武以外のチームには興味ないの?
「ひょっとしてアレか? Jリーグの選手か?」
「イチローがJリーグの選手……??」
「俺が日本にいたころ、“これからはサッカーだ”って盛り上がってたんだよ。そうだ! 日本のサッカーはワールドカップに行けたのか?」
「行けたもなにも、ほぼ毎回出てるね……」
「すげーな、流石オフトだな。」
「その人の名前は知らない。」
「今の日本代表の監督は誰なんだ? やっぱ外国人?」
「ううん、今は日本人の森保さんって人だよ。」
「おぉ!ボランチの! でも、意外だな。ラモスとか、井原とか、柱谷じゃないのか。」
井原さんは、確かアビスパの監督をやってたっけ……
あとの人は、名前を聞いたことがあるようなないような……
「カズは? 三浦知良は、今何してるんだ? どこかの監督か? それともカッコよかったから、タレントとか俳優とかになったりしてんのか?」
「まだサッカー選手だよ。」
「は?」
「まだ現役のプロサッカー選手だよ。」
「いやいや、あの人。俺よりずいぶん上だったぞ。」
「うん、確か今53歳だったかな……」
「53歳で? プロサッカー選手?」
「うん。」
………
………………
「んなワケあるかあああああああああ! 女神! コイツ、にせものだ! きっと魔王軍が送り込んできた刺客にちがいない!」
「またこのパターン!!?」
「ゴルフじゃねえんだぞ! サッカー選手だぞ!? 53歳でやっていけるワケねえだろうがっ!!」
44歳で引退しようとしている勇者が何か言ってる。
カズがまだ頑張っているんだからオジサンも頑張れ―――というのは酷だろうか。
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