僕が死んでしまったら
ためひまし
第1話 僕が死んでしまったら
僕が死んでしまったら、そうだ本を読もう。図書館にある本を読みつくすのだ。大きくなくていい僕のそばのその図書館に行こう。そうして読み終わったあかつきには僕自身が主役の物語を綴るのだ。それはすばらしい僕の物語。いいや僕が主人公だなんて高望みをし過ぎたよ。別に登場なんかしなくていい、ただ書いてみたいのだ。僕がペンを持てれば風の通る窓辺で揺られながら本を書こう。最初はきっとつたない文章に身を焦がすだろう。けれどいつしかその努力は報われるはずだろう。そうだろう。それすらも終わってしまって時を持て余したときは
雲になびかれるのも飽きてきたら旅をしよう。どこにでもいい、それは美しい絶景を。この世のものとは思えない景色を探すのだ。この際だ、都会なんて捨て去って緑に揺れる地に縛られてみようか。自由気ままなその生活を謳歌するのだ。鼻歌でもうたってさ。
『はぁ』
さすがにすることもなくなったか、だったら外国語を学んでみよう。生きている間にできなかった事を全部してみようか。学生に紛れてテストでも解いてやろう。自己採点に自己満足にすこし孤独を感じざる場面が増えてきた。そうなれば人の関しないことでも探してみよう。
そうだ良い筋肉でも手に入れてみよう。誰もが振り向く様なそんな身体に仕舞ってみよう。
人から見られない、それなら歌ってしまおう。たくさん歌おう。別に歌うだけじゃなくてもいいんだ。そうだ曲を作ってみよう。誰に聞かれるわけでもない、君だけの僕だけの歌だ。演奏はやめておこうか、彼らの七不思議にでもなってしまったら申し訳ない。できるだけ彼らとは関わりたくない。見ている分には生き物なのに、触れあってしまえばそれも変わってくる。
僕のことを見られる友達はいるのかな。見つけに行ってみようか。そうして他愛のない話で一日をまた終わらせるのだ。でも、いなくなったら悲しくなるからやめておこう。
それじゃあやっぱり最後は君のところへ行く番だね。どうしても行きたくなかったんだ。君が悲しんでいて嘆いているところなんて見たくなかった。ただあの笑顔に包まれている君を見ていたい、なんていうのも嘘だ。いや嘘じゃない。ただどちらにしてもいやだ。僕を忘れて楽しい人生を歩んでいるのも僕のせいで悲しんでいるのもどっちも嫌なだけだ、そうただ僕のわがままだ。だから僕は君の下には行かないよ。
そうだ海外にでも行ってみようか。でも、海の上で落ちたりはしないだろうか。それならそれで深い眠りにつくとしよう。起きたころには君は僕の傍で一緒にいてくれるのだろう。そうだろう。なら、僕は恐れることなんて何もない。そうだ僕のしたかったことをするまでだ。
何をしても時代に取り残されてしまうのが僕のようだ。僕が何度この世界から身を離そうとしてみてもこの世界から僕のもとに帰ってきてしまうのだ。もしかしたら真逆なのかもしれない。
そうだ時間に置いて行かれるのなら僕が歴史になろう。僕が目で見た真理をどうにかこうにか伝えるのだ。そうしてみんなを守ってやろう。見返りなんてものは求めない。ただ僕の暇つぶしだから。
雲の上から人を見て、見かけた不幸は取り払ってやる。一日三善。僕がする唯一のお仕事だ。
僕の善行もとうとう七万だとか八万だとかそんなにも数をこなしていた。何人もの命を救って何人もの修羅場をくぐらせて、なかなかに楽しかった。僕のもとに来る仲間も何人かいた。
一時助けるためにその人の子の前に姿を現したことがあった。人の子はたいそう喜んで涙を流していた。この世もまだまだ捨てたものではないなと思ったのもいつだったか。もう死んでしまったのか。なんと儚い命なのだ。僕もそうであったように人の世は短い。その短命に人生を詰め込むのだ。どれだけのも捨て、どれだけのものを得られるのだろうか。はてその神髄は、『私』にとてわからぬ。
いつだったか、そうとう最近な気もする。日課をこなしているとどこかからか声が聞こえてきた。影などはなかったし、不思議なこともあるものだと首をかしげて街を見渡していた。
たしかに聞こえた気がしたのだ。どこか懐かしいあの声が。霞んでいてうまく聞き取れなかったのも事実だ。気のせいかもしれない。
『もう……ばら……ちらへ……ますよ』
年老いた家から光がまた一つ消えた。助けてやれない命だった。悔やみきれない。
青空が眩しい空に昇って行った光は踵を変えて私のもとへとやってきた。
「おひさしぶりです。ずっと会いたかったんですよ」
私がいつしか見た君の姿だった。言葉も出せずに見つめていた。
『ありがとう。本当に……』
「ふふふ、どこか遠いところへ旅に出ませんか」
私は荷を下ろした。後継者、そんな人に僕の善行を託すのだ。この人はこの前出会ったんだ。何の縁でも大切にしといて正解だったかもしれないな。
もちろん僕の返答は決まっていた。
こうして僕と彼女とで旅に出た。この街もこうして神に変わった歴史が街を見下ろし、負荷のない後世を過ごすのだ。想っても報われないその気持ちをささげて人を『あの人』を見守るのだ。彼らが神だとそう比喩する歴史は人が人を守る摂理なのかもしれない。
僕が死んでしまったら ためひまし @sevemnu-jr
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