萌える女王と僕のキズナ ~変態という名の紳士~

ユウ

第1話

零時二十四分 AM

フランケンシュタイン家 屋上にて――


「どうだい、星たちが、君のために輝いているよ?」

「……なめてんの?」

「ほ、ほしゅ……ほしゅたひ……」

(これが、肘鉄ってやつかぃ)

場の雰囲気にのまれて、肩に腕を回そうとしたらこのありさまさ!

僕たちは今、我が家の屋上にいた。

展望スペースがあり、夜空を眺めるには最適の場所だった。

寒空の下で、ロッキングチェアに座って、温かいミルクを飲む――最高だぜ?

まぁ、実際は、地面にブルーシートを敷いて毛布にくるまって座ってんだけどね。

ヴィクトリア――僕の妹の髪からほのかにただよう、お風呂上がりのシャンプーの香りが、鼻腔をくすぐる。

隣に座っているもんでさ、お兄さん興奮しっぱなしよ!

「……殺す気の肘鉄、今度は脳天から食らってみる?」

「それだけは勘弁してください!」

(しもたー、また心の声が出てしまった)

殺す気の肘鉄を食らったわき腹を押さえながら、とりあえず全身全霊の土下座をする。

わき腹を押さえながらの土下座は確かに難しい。

だけど、僕くらいのレベルに達すると、朝飯前になってくるのだよ。

なんかもう、ある種の快感すら覚えるからね。

このまま踏んでくれたら、なおよ……

「背骨が折れるまで踏んであげようか?」

「そ、それだけは、勘弁してもらえませんかねぇ?」

「あんたの望みを、このあたしが叶えてやったっていうのに」

「僕の望みは、背骨を踏むのではなく、顔を……ぐえっ」

「これがお望み?」

「かかとで踏まんといてお願い!」

(目にも映らねぇ速さで飛び起きちゃったよ)

ていうか、寒空の下で、僕たちはなにをやっているんだろう?

まぁ、なんていうか、顔を踏まれて非常に興奮はしましたけどね。

ヴィクトリアは毛布にもう一度くるまって、ブルーシートに座り直した。

僕の欲ぼ……おっと失礼、望みを叶えるために、わざわざ立ち上がり踏んでくれたのだろうか?

もしくは、本気でほほを粉さ……

「へえ、よく分かってんじゃない」

「当たっちゃったよ、チクショー!」

「そんなのどうでもいいけど、まだなの?」

「どうでもいいって、歩く紳士の鑑と言われて……」

「あんたは歩く変態の鑑よ」

「いる僕に向かっ……まてやコラ」

「眠いし、クソ寒いし、付き合ってやってんだからありがたく思いなさいよね」」

「嫁入り前の女の子が、そういうお汚い言葉を使うんじゃありません!」

「あんたの胸を流星群が貫くショーを拝めるっていうから、楽しみにしてたのに」

「そっちの流星群じゃないから!」

(どこの暗殺一家の爺さんだよ)

だけど、流星群というのは事実でありんす。

今夜はスイスでも珍しい、流星群が拝める月だったりするのだ。

季節は八月、朝晩は冷えこむため、防寒は万全にしないといけない。

モコモコの毛布を僕が一人で、部屋からひーこらひーこら言いながら運んだ。

もちろん、当然、当たり前、うちの子は手伝いませんわよ?

むしろ、『五分以内に運ばないと、あんたをあの世に運ぶ』と脅されたからね。

そら、死にもの狂いで運びますわな!

残り二秒でしたよ、ハハ……。

「そっちじゃないの?」

「どうしてピンポイントに、うちに落ちてくるのさ⁉」

「うちじゃなくて、あんたによ」

「もはや大宇宙に狙われているから!」

「よかったじゃない、大宇宙の意思にモテて」

「ぜんぜん嬉しくねぇ……」

「なに贅沢言ってんのよ」

「そういう問題なんですか?」

「この先、あんたがモテるとしたら、ティッシュ配りだけよ」

「それ、ただ単に声をかけているだけじゃないか!」

(ていうか、モテるのそれだけかよ)

もうね、自分で言うのもなんなんだけど、本当に屋上でなにやってんだろう?

ご近所さん宅との間には、それなりに距離が開いているけど、それでもよく苦情がこないもんだ。

やっぱりあれか?

僕の日頃の行いがいいからか?

この間だってさ、買い物帰りに僕の前を歩いていたお嬢さんが、花柄模様のハンカチーフを落としたのよ。

僕はほら、世界中の女子【おなご】がときめいてやまない紳士だもんで、すくに身体が動いたよ。

すかさずハンカチーフを拾って、『落としましたよ、僕との出会いの思い出が詰まったハンカチーフを……』と紳士的に手渡した。

そうしたらそのお嬢さんが、『あっ、それ、もう結構ですので……』と言い残して足早に去っていった。

きっと、僕との出会いの思い出を忘れないでほしいという願いを込めて、悲しみを押し殺して譲ってくれたのだろうね。

「まさか、あんたがここまで救いようのないバカだったとはね」

「いやー、いいことをしたな……まてやコラ」

「あなたに贈る言葉が、ほかに思いつかなかったの」

「その言葉を、もっと別のシチュエーションで言ってもらえませんか?」

「ドブネズミを食べるより、イヤ」

「どういう意味だよ⁉」

(なんて……なんて恐ろしい子なの!)

ドブネズミを食べたほうがマシ、という前代未聞の拒否反応を味わい、僕は毛布をかぶってしくしく泣いた。

そのあとすぐに、腹に衝撃と激痛が走り、僕は世界新記録を樹立する速さで飛び起きた。

よく見てみると、ヴィクトリアが右足を引っ込めている途中だった。

こ、この子、まさか!

「たまにはさ、足も伸ばしたいじゃない」

「お、お母さん怒らないから、正直に言いなさい。 なにをしたの?」

「かかと落とし」

「あなたって本当に正直な子ね!」

「この程度のこと、わざわざ隠す必要ないし」

「こ、この程度って……」

「あたしにとっては、ハエを潰すのと大して変わんないわ」

「もうイヤ……この子……」

(どことなく薄ら笑みを浮かべているし!)

お腹をこれでもかというぐらいさすって、かかと落としのダメージを緩和させてみる。

なんとなく余計にダメージを与えているような気もするけど、仕方あるまい。

本音を言うとね、ヴィクトリアにさすってもらいたいわけで。

まぁ…かかと落としをしたご本人なんですけども。

それでもさ、やっぱり、そういうシチュエーションに憧れるんだよねぇ……。

『もうっ、お兄ちゃんは甘えん坊さんなんだからぁ……よちよち』とかなんとか言っちゃったりなんかしちゃったりして?

堪んねぇな、おい!

実際は、一番荒いヤスリで火が点く勢いでさする……こするんだろうと予想。

「さっすがお兄ちゃん、よく分かってるぅ」

「もっとだ、もっとそのセリフを僕にキャモーン!」

「あんたはあたしに、大量殺人を起こせと言うわけ?」

「どんだけ言いたくないの⁉」

「あたしが、もし仮に言うとしたら……」

「し、したら?」

「地球滅亡、五秒前よ」

「双方ともに生きていないから!」

(まさか、実生活で双方ともにという言葉を使うとは思わなかったよ)

片やお腹をさすりながら、片や星を眺めながら、一方的な攻防が繰り広げられた。

『したら……』の部分で、僕のほうにゆっくり顔を向けた時、お兄さんちょっぴりドキッとしちゃったゾ?

いや、冗談抜きで、ちょっとドキッとしたかも……。

おっしゃっている内容は非常に物騒極まりないものでございますけれども。はい。

「……あんたさぁ」

「は、はいっ、なんでございましょう?」

「どうしてそこまでして、あたしに流星を見せようとするわけ?」

「それはもう、世紀の天体ショーを……」

「流星なんて今日だけじゃないんだから」

「そうかもしんないけど、美しいものは何度でも見たいじゃん?」

「この世にあたしより美しいものなんて存在しない」

「そ、それは重々承知しておりますが、ロマンチックな天体ショーも……」

胸が痛い。

パジャマを右手で強く握る。

「そんなもの、あたしは望んでいない」

「こ、この天体ショーをみ、見れば、君はぼ、僕のとり……」

息ができない。

呼吸が荒い。

「あんたが考えていることなんて、単なる夢物語にすぎない」

「そ、そうだ、として、も僕は……」

視界が揺れる。

「流星に願ったって、パパとママは戻ってこないのよ!」

「……」

ヴィクトリアの叫びを最後まで聞くことなく、僕は意識を失い、その場に倒れた。

意識を失う直前、おぼろげな意識の中で僕は見た。

大粒の涙を零す【こぼす】、ヴィクトリアの姿を。

僕はまだ、本当の意味で、過去を乗り越えていなかったのだろうか。

家族が、大切な妹が、涙を零しているのに僕は――



十一時十二分 AM

フランケンシュタイン家 ヴィクトリアの自室にて――


「……」

ゆっくりと目を開ける。

そよ風が部屋の窓から入ってきているのか、レースのカーテンが静かに揺れていた。

陽の光だけで、部屋の照明は点いていない。

このふかふかのベッドと、無駄に豪華かつ可愛らしさも忘れない部屋は――ヴィクトリアの部屋。

普段ならドアノブに指先が触れるだけで半殺しにされるのに、今日はあろうことかベッドに寝ている。

ま、まさか、僕はついに過ちを犯してしまったのか⁉

そっとふかふかの毛布をめくって、確かめてみる。

大丈夫だ、パジャマは乱れていないし、ボタンのかけ間違いもない。

となると、説明がつかなくなる。

僕は上体を起こし、腕を組んで、考える。

ダメだ、いくら考えても明確な答えがでてこない。

やはり僕は、ついに、ついに過ちを……

「ついに、ついに、うっさいのよ!」

「ヴ、ヴィクトリア、どうしてここに⁉」

「あんた、気づいてたでしょう」

「な、なんことでござる?」

「あたしに気持ち悪い笑みを、たまに向けてたじゃない」

「き、気持ち悪いって、あれは誰もがズキューンとなる禁断のスマイルで……」

「誰もが通報する変態のスマイルの間違いじゃないの?」

「なんやて⁉」

(目覚めたばかりなのに、相変わらず容赦ないお人だこと!)

だけど、なんだか懐かしさを感じる。

言うなれば、いつもの光景だ。

僕はベッドから起き上がり、端に軽く座った。

そしてヴィクトリアは、一人用の豪華なソファーに、足を組んで優雅に座っていた。

い、いつの間に、こんな豪華なソファーを買ったんだ?

お母さん、こんな高そうなもの買った覚えはないわよ!

「……ねえ」

「ど、どうしました?」

ヴィクトリアは座り直して、僕を見据えながら続けた。

「昨日のこと、覚えてる?」

「昨日のこと?」

「……覚えていないのなら、いい」

「もしかして、はっちゃけちゃいました、わたくし⁉」

「別に」

「そ、そう? ならいいけど……」

「あたし、下にいるから」

「待って」

ソファーから立ち上がり、部屋から出ていこうとするヴィクトリアを引き留める。

「……なに?」

「ごめん」

ベッドから立ち上がり、頭を下げる。

ヴィクトリアは眉間に、小さなしわを寄せた。

だけど、僕に向き合ってくれた。

「なんで、あんたが謝んのよ」

「いや、自分が情けなくって」

「情けない?」

「科学者のくせに、非科学的なことをずっとさ」

「……」

「なにより、ヴィクトリアに僕のわがままを押し付けちゃった」

「ち、違う……」

「それに……」

「違う!」

「ヴィク、トリア?」

「ちが……うの……」

「……」

悲痛な面持ちをしながら、ヴィクトリアはゆっくりと膝から崩れ落ちた。

僕の目の前で泣きじゃくる女の子に、絶対女王の面影はなかった。

僕はなにも言わず、ヴィクトリアのもとに、静かに一歩ずつ歩み寄った。

そして、ひざを曲げて、優しく抱き寄せた。

ヴィクトリアは抵抗しなかった。

いつもなら、リン……やめておこう。

「ほ、ほんとは……あ、あたしも……パパとママに……会いたいのに……」

「うん」

「な、なのに…あ、あんな……酷いこと……」

「分かってるよ、ちゃんと」

右手でヴィクトリアの髪に触れる。

毎日の朝シャンが日課になっているから、髪はサッラサラ。

僕の趣味全開だったサイドテールも、今ではお気に入りの髪型になっている。

髪留めは、ママが好きだったヒマワリの形をしている。

「ヴ、ヴィクター……」

「毎朝、リビングに置いてある写真に向かって話しかけているよね」

「……!」

「寝る前とかも、一日の出来事を楽しそうに話しているし」

「ど、どうして、それを……」

「いつも、チラチラと確認しているでしょう?」

「えっ?」

「僕が朝ごはんを作っているか、お風呂に入っているか」

「き、気づいていたの?」

「あんまり楽しそうだもんで、お兄さん蚊帳の外ぉ」

「あっ、いや、それは、そのぉ……」

「やっぱり、娘のほうが可愛いよねぇ」

「は、恥ずかシイから、や、やめテ!」

「そ、そうだね、お兄さんつい調子に乗っちゃったよ、ハハッ」

(恥ずかしさのあまり、顔面に右ストレートって……)

相変わらず、恥ずかしいことがあると、絶対女王はデレるんですわ!

こんなもんデレのためなら、右ストレートの一つや二つ、喜んで食らっちゃうゾ?

右のほほが、めっちゃケイレンしているけど……。

言語中枢の異常であることはすでに分かっているけど、あえてなにもしない。

人格に影響を及ぼす危険性があるからだ。

それになにより、超プリチー!

「ぬぅ……」

「今日もいい天気だから、散歩にでも行く?」

「……行かない」

「そう? なにか買ってあげようと思ったのになぁ」

腕を組みながらそっぽを向いて、わざとらしく言ってみる。

我ながら白々しいこと。

チラッとヴィクトリアのほうを見てみると、ぷくーっとほほを膨らませていた。

おいおいおい、ちょっとまて、蕎麦は、それは豚そ、反則だから!

いいか、とりあえず落ち着くんだ、ラマーズ法を思いだせ。

「行く」

「えっ、あっ、行く?」

「……」

「なんか欲しいものとかある?」

「国」

「なんやて⁉」

(国って、あーた……)

真顔でそういうことを言うのは、独裁者か傭兵団の団長くらいだよ。

なんとか説得に説得を重ね、国は諦めてもらった。

いや、そもそも、諦めるとか諦めないとかの問題ではないけど。

こちらのお嬢さんは、国はその辺のスーパーで買えると思っているのだろうか?

なんとなくなくだけど、国を手に入れるとかではなく、力ずくで奪いそうだよね。

これ以上はやめておこう、心の声が次元を超えて、半殺しにされかねない。

説得を重ねた結果、アップルケーキを買うことになった。

自分でもさ、褒めてやりたいよ。

だって国からアップルケーキにしてもらうように、土下座をしながら説得したんだぜ?

「あのさ……」

「ひゃ、ひゃい⁉」

ちびってないもん、ホントだもん。

一応、確認はしたけどね。

なにを、とは言わないけど。

「今度、いつ見れるの?」

「なにがでしょうか、お嬢様」

「流星」

「流星?」

ちょっと本気で、頭上に疑問符。

首をかしげて、オウム返しをする。

「星でも構わないから」

「星なら、天気次第で見れると思うけど?」

「そっか……」

「どうして、そんなこと聞くの?」

先ほどからの疑問を織り交ぜて、聞いてみる。

ヴィクトリアはすこし考えてから、こう答えた。

「あんたと同じ」

「僕と?」

さっきから疑問符ばかりだな、僕。

「だ、だから、その……あ、あたしも、パパとママに会いたくて……」

「……」

(なるほど、そういうことか)

ようやく、合点がいった。

そして、それと同時に、自然とほほが緩む。

「……笑うな」

「笑ってないよ」

「にやけてる」

「それはいつもだって」

「そうだったわね」

「即答⁉」

(ねえ、今ってけっこうシリアスな場面だよね?)

突っ込みながら僕は見た。

本当に楽しそうに笑っているヴィクトリアを。

「今夜また、見れる?」

「今夜も見れると思うよ」

「そ、それじゃあ、アップルケーキを食べながら見ようかな」

「そんな遅くに食べちゃいけません!」

「……ダメ、なの?」

「ったく、しょうがねぇな、ハハッ」

(そこの君、妹に甘いとか言わない!)

この笑顔のためなら、僕はなんだってしよう。

ちょっぴり素直じゃない女王様、可愛い妹のためなら。

パパ、ママ、今夜もまた、ヴィクトリアのために輝いてくれる?

ついでに、僕もいいかな――



























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