第21話 彼の前では

 私は、今日も王城を訪れていた。

 前の訪問から、私は結局、一回も笑顔を形作れなかった。一人では、まだ笑顔を作ることができないようである。


「お待たせしました……おや、今日も笑顔が見えていますね」

「え?」


 そんな私に対して、久し振りに会ったエルクル様はそのようなことを言ってきた。

 笑顔が見える。その言葉の意味が、私にはまったくわからない。


「私、笑っていますか?」

「ええ、笑顔だと思います。最も、小さな笑みですが。でも、確かな笑みですよ。やはり、ご自宅でも練習されたのですか?」

「あ、いえ……」


 私は、エルクル様の言葉に驚いていた。

 とりあえず、私はこういう時のために持って来ていた手鏡を取り出す。今の自分を、とにかく確かめたいのだ。


「えっ……」


 鏡に映った私は、その表情を驚きのものに変えた。

 それに変わったことも驚きだが、そもそも笑顔ができていたのに驚いて、私はこの表情になったのである。

 何故かわからないが、私は笑顔以外の表情まで戻って来ていた。私の顔に、急に色々と変化が起こっているのだ。


「おや、そういう表情もできるようになったのですね? 訓練の成果ですか?」

「えっと……」


 そんな私に対して、エルクル様は特に驚いていない。

 彼の中では、私は先日の訓練である程度表情を作るコツを掴み、家に帰ってからも特訓して、こうなっているとなっているのだろう。

 その考えは、至極全うなものだ。普通に考えたら、そう思うのが自然だろう。


「その……実は、私、家ではまったく表情が変わっていなかったのです」

「え? でも、今は変わっていますよ?」

「その……ここに来てから、変わったというか。自分でも驚いているのですが、私はこの瞬間に表情を取り戻しているのです」

「そうなのですか……?」


 私の言葉に、エルクル様は驚いていた。

 私自身も、この現象に驚いている。私は、どうして、急に表情を取り戻すことができたのだろうか。


「それは……不思議なことですね。もしかして、成功体験がある王城では、表情が作りやすくなっているということでしょうか?」

「成功体験……あ、いえ、少し違うかもしれません」


 私は、だんだんと自分の中で整理ができてきていた。

 この王城で、私が表情を作れるようになった理由。それは、この地にあるという訳ではないはずである。


「多分、私が表情を作れるようになったのは、エルクル様のおかげなのだと思います」

「え? 僕のおかげ?」


 私の言葉に、エルクル様は目を丸くした。

 恐らく、この理由に間違いはないだろう。私が表情を作れるようになったのは、エルクル様と会ったから。彼がいるから、私は表情を作れるのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る