第19話 意外にも
私は、エルクル様にくすぐられていた。
体を走るこの感覚は、以前とまったく変わっていない。むず痒い衝撃が、全身を駆け巡ってくるのだ。
「あはははは」
「あっ……」
私は、思わず声をあげていた。
その感覚に、耐え切れなかったのだ。
このように、笑みを口にしたのは久し振りかもしれない。ただ、問題は声ではない。その表情である。
「エ、エルクル様? どうですか? 私の表情は?」
「えっと……少しだけ変わっていますね」
「少しだけ?」
「ええ、その……僕から見れば、大きな変化ですが、他者が見ると小さな変化です。でも、確かに笑っていると判断できる顔にはなっていると思います」
エルクル様の評価は、微妙なものだった。
笑っている。ただ、小さな笑みであるようだ。
しかし、私はその微妙な変化でもとても嬉しかった。私の表情が、少しでも取り戻せたのだ。これは、とても喜ばしいことである。
「良かったですね……少しでも、変化があったなら、収穫だといえるでしょう」
「ええ、ありがとうございます。エルクル様のおかげで、私は少しだけ表情を取り戻せたようです」
「あっ……少し、鏡を見てください」
「鏡?」
そこで、私はエルクル様に言われて、鏡を見てみた。
すると、そこにはぎこちないながらも、確かに笑みを浮かべている私がいる。
エルクル様は、既にくすぐっていない。それなのに、笑みが作れている。ということは、私は今、普通に笑えているということだ。
「ど、どうして……こんなに急に?」
「もしかしたら、先程笑ったおかげで、顔の筋肉がそれに慣れたのではないでしょうか?」
「慣れた?」
「ええ、こういう風に表情は作るのだと、体が覚えた……いえ、思い出したのではないでしょうか」
エルクル様の言葉に、私はとても嬉しくなった。
私の体は、笑顔を作る方法を思い出してくれたのだ。
私はそれが、嬉しくて仕方ない。私の表情が、戻ってきたのだ。これで、私は無表情で不気味と言われなくて済むのである。
「ありがとうございます、エルクル様、あなたのおかげで、本当に助かりました」
「いえ、感謝の気持ちなどいりませんよ。これは、あなたの案による結果です。あなたの気持ちが強かったから、実現したのでしょう」
「いえ、私の気持ちが強かったなら、それはエルクル様のおかげです。隣にあなたがいてくれたから、私は強い気持ちを持てました。だから、この感謝を受け取ってください」
「そうですか……そこまで言うなら、受け取らせていただきます」
私はぎこちない笑みで、エルクル様は笑顔で、それぞれ笑い合う。
笑い合いことができる幸福を、私は噛みしめる。これから、私の表情はもっと戻って来てくれるだろう。
そうすれば、私もきっと普通の人と同じように笑えるようになるのだ。
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