河童様の呪い

護武 倫太郎

河童様の呪い

 僕が通う小学校のすぐ裏には江戸時代のころから残っていると言われている池があります。この池は鬱蒼と茂る雑草に囲まれていて、お世辞にも綺麗な景観ではありません。にもかかわらず、木造の旧校舎から現在の新校舎に移り替わったときも、埋め立てられたりせずに在り続けていました。なぜなら、この池には守り神でもある妖怪、河童様が住んでおり、多くの人を見守っていると伝えられているためです。一方で、河童様には恐ろしい呪いの力があるとも伝えられていました。河童様が住む池を埋めたりした暁にはどんな呪いが待っているか分かりませんから、埋め立てられたりしなかったのでしょう。


 これは僕がお父さんから聞いた話です。

昔、僕のお父さんが小学六年生だった時のことです。クラスでいじめが起こりました。いじめられていたのは、なんと僕のお母さんだったそうです。お母さんはクラスの中心的な女の子に目を付けられ、クラス全体でいじめられていたと聞かされました。

 ですが、お父さんだけはお母さんの味方だったのです。お父さんはなんとか、お母さんへのいじめをなくしたいと考え、河童様の伝説を利用することを思いついたそうです。お父さんは、朝早くに学校に登校すると、いじめの主犯格の机に池の泥で「いじめを続けると罰がくだる」と文字を書いたそうです。

 河童様のことを知らない子なんていませんから、きっと怖くなっていじめをやめるに違いないと思ったそうです。しかし、主犯格の女の子は誰かのいたずらだと見抜いたのか一切怖がるそぶりを見せず、逆にその日はいじめをエスカレートさせてしまったそうです。

 その結果にお父さんは愕然としてしまいました。こうなったら、河童様にいじめを止めてくれるようお願いするしかない。そう思い、池に向かうと、池のほとりにはお母さんもいたそうです。

「あれ、健太君も河童様に会いに来たの?」

「うん。……ごめんね、美奈ちゃん。僕、意気地なしだから、直接止められなくて」

「いいのよ。健太君の優しさは伝わっているもの。今朝の泥文字も健太君なんでしょ?」

「なんだ。やっぱりわかっちゃうんだね。ごめんね、僕が余計なことをしたばかりに……」

「気にしないで。その気持ちだけでもうれしいから」

 二人が池の前で話をしていると、突然魚が腐ったような臭気が漂ってきたそうです。池に視線を向けると、頭に大きな皿をのせた緑色の生物が池から顔をのぞかせていました。

 本物の河童様がお父さんたちの前に姿を現したのです。お父さんたちは驚きながらも話しかけました。

「ほ、本物の河童様ですか?お願いです。美奈ちゃんを助けてください。美奈ちゃんをいじめている子をこらしめてください」

 河童様はしばらく考えるようなそぶりを見せた後に言ったそうです。

「よかろう。ならば礼としてきゅうりを用意しろ。一年分でよいぞ」

「あ、ありがとうございます」

 短いやり取りの後、河童様は池に帰っていったそうです。二人は河童様の伝説が本当だったと知り、興奮が治まらなかったそうです。 

しかし、その翌朝キュウリを手にして学校へ登校すると、想像を超える事態に二人は震え上がってしまいました。

 なんと、主犯格の子が河童様の池で溺死していたのです。池の上にぷかりと浮かぶ女の子の遺体を、朝の見回り中に用務員さんが見つけたと、緊急で開かれた全校集会の場で聞かされたそうです。

 その話を聞いた誰しもが、河童様の呪いなのだと疑いませんでした。

 後から聞いた話によると、溺死したその子は、夜遅くに怯えた様子で池に向かう姿を目撃されていましたが、他殺の証拠はなく、結局自殺として処理されたそうです。


 僕はお父さんからこの話を聞いたとき、あまりに怖くて震えが止まりませんでした。人の死を本当にもたらしてしまうような強い呪いの力を、河童様は持っているのですから。

 でも今の僕は、呪いの力に頼りたくて仕方がありません。僕も、学校でいじめられているからです。

 いじめの原因はよくわかりません。いつからか突然LINEで無視されるようになり、学校では先生の目が無いところで、跡が目立たないところを殴られるようになりました。いじめられていると親にはばれたくないので、学校には無理やり行っています。だから、学校に行かなくてはならない朝が、嫌いになりました。

 あいつらがいなくなってしまえば。毎日毎日そんなことばかりを考えてしまいます。

 だから、僕も河童様に呪いをかけてもらおうと意を決して、池に向かいました。もちろんキュウリは忘れません。うっそうと草が生え茂る中にぽっかりと浮かんだ池は、陰鬱としながらもどこか神聖な気配がしました。

「河童様お願いです。僕のお母さんの時のように、僕をいじめる人に罰を与えてください」

 しばらく待ってみても、何も起こりませんでした。そろそろ家に帰らないと叱られちゃうかもしれない。それになんだか少し怖くなってきた僕は、念のためきゅうりを池のほとりに置いて、その場を離れようとしました。

 そのときです、鼻の奥が捻じ曲がるような悪臭が周囲に立ち込めました。はっとして振り返ると、お父さんから聞いていた姿そのままの河童様が、池のほとりに立っていました。

「か、河童様ですか?本物の?お願いです。僕のお母さんがいじめられていた時と同じように、いじめっ子に罰を与えてください」

「よかろう。では、あのときと同様に、存分に怖がらせてやろう。怖い思いをすれば、人は改心するだろうからな」

「えっ、怖がらせただけですか?ではお母さんをいじめていた子が亡くなったのは……」

「私は何もしておらん。私がしたのはその者の部屋で、怖がらせただけじゃ。そういえば、その日の夜に三人の人間が池に来ておったの。眠かったので、誰かまでは確認せんかったが」

 お母さんをいじめていた子が亡くなったのは、河童様の呪いではなかったのでしょうか。では一体何故亡くなってしまったのでしょうか。

 彼女が亡くなった夜に、池を訪れていた三人とはいったい誰だったのでしょうか。

 僕は知るべきではなかった真実の一端に触れてしまったのではないだろうか。彼女を殺すに至る動悸があったのは……。

絶対にしてはいけない想像をすると、背筋がぞわっとしました。もしかしたら、本当に怖いのは妖怪の存在でも呪いの力そのものでもなく……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

河童様の呪い 護武 倫太郎 @hirogobrin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ