第2話

これは難題でした。


マスターの私が言うのも何ですが、はっきり言ってシロップの菓子作りの腕は素人以下です。

この一年間で色々教えてはいるのですが、生来のセンスの無さに驚くほどの不器用さが合わさって、いまだにマスターしたレシピはありません。

もう少し時間があれば簡単なレシピを叩き込むところなのですが、明日ではとても間に合いません。

何か手を考えなくては……


「シロップ、お父さんの好物は何だい?」


調理室で顔を突き合わせながら質問しました。


「甘いものなら何でも好きです」


不安そうな表情でシロップが答えます。


「甘いものか……スイーツで比較的簡単なのはクリームかな。ケーキやクッキーは材料の練り加減や焼き加減が難しいから」

「クリーム……アイスクリームですか?」

「そ。アイスクリームの基本レシピは牛乳・砂糖・卵黄・生クリームを混ぜ合わせ冷やせばできる。配分さえ間違えなければいたって簡単だ。これなら君でもいけるんじゃないかな。シンプル・イズ・ベストだ」

「シングル……ベッド?私はマスターとならどんなベッドでもウェルカムです」

「いや、今はツッコむ時間も惜しいから」 


うるんだ目で見つめるシロップを受け流して、私は調理器具に手を伸ばしました。


「時間がない。さあ、特訓を始めるぞ!」



それから何時間か費やして作り方を教えたのですが、これが全く上手くいきません。

各材料の配分を何度やっても間違えてしまい、あげくには砂糖と塩まで間違う始末。

記憶力の優秀な多肢族ですので頭には入っているのですが、いざ本番となると焦ってごちゃ混ぜになってしまうのです。

彼女にとってはこのレシピでもまだ複雑なのでしょうか。


「マスター、すみません……」


精力を使い果たし床に倒れている私にシロップが謝ります。

目にいっぱい涙が溜まってました。


「やっぱり、お父様の言った通り私には無理だったようです……」

「え!?」


いつもと違う口調に私は飛び起きました。


「私、決めました……素直に国に戻ります」

「ダメだよっ、そんなの!」


気付くと私は叫びながら彼女の手を掴んでいました。


「……マスター!?」


シロップの驚いた顔を見て私は慌てて手を離しました。


「いや、その……なんだ……まだあきらめるのは早いんじゃないかな。その……国に戻っても君の好きな相手と結婚できるとは限らないし……とんでもないブサイクかもしれないし……そうなるとできた子どもが不憫ふびんだし……あれ、何言ってんだ僕は??」


あたふたしながら言い訳する私を見て、シロップがぷっと吹き出しました。


「ありがとう。マスター……」


その笑顔に私の口元も自然と緩みます。

それから二人でひとしきり笑いました。


「でも、一体どうすればいいのでしょう……」


心配顔に戻ったシロップの前で、私は懐から小さな手帳を取り出しました。


「とにかく何かヒントがないか、こいつとにらめっこしてみるよ」


これこそ我が祖父・千夜狐民斗チヨコ ミントが生前世界をまわり、ありとあらゆる食べ物の作り方を記した究極のレシピノート、『ミンくんのグルメガイド』でした。

困った時に何度も助けられた私の大切な宝物です。


「今夜は徹夜だぞ!シロップ」


私が声をかけると、シロップの目が嬉しそうに輝きました。


「そんな……今夜は寝かせないぜ、なんて……うふ♪」

「いや、なんか違うし!?うふはやめて、うふは……」

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