第13話『寝取られ男は勧誘される』
「君がジョン・ステイメンくんか」
「は、はい」
「クローバー村の自警団団長のエイベル・ステイメン氏の一人息子……そうだね?」
「そうです。間違い、ないです」
見事なまでの棘棘とした尖塔がいくつも連なる巨城。
岩の切り立った丘の上に作られたその城の応接間に俺はいた。
なんで今俺はこんなところにいるのか。
それは数時間ばかり遡る必要がある。
朝、いつものように身支度して飯でも食ってさぁ今日は畑の手伝いでもするかとしていた俺。あくびをしながらとぼとぼと畑まで向かっているとやけに立派な馬車が村道を走っているのが見えた。
税収かなんかを村長に取り立てにでも来たのかと思ってそこまで気にも留めてなかったんだが、なんとその馬車が唐突に停車したと思えば、その馬車からこれまた立派な生地を使った略装を纏った中年の凄くいかつい顔をしたおっさんが出てきた上に俺に近づいてくるじゃないか。
えっ?俺なんかしたっけ?
と考えたら、コンマ数秒もかからずに思考に至った。
あ、そういや昨日たしか貴族の子供の腕掴んだわ……と。
そして人相バレてるのであっさりとおっさんに本人認定され流されるがままに馬車に連れ込まれ、今ここにいるってわけだ。
緑と白の装飾を基調とした高そうな絨毯。
緻密なガラス細工のシャンデリア、大理石のテーブル、凄く柔らかいソファー、なんかよくわからん胸像、明らかに高いやつってわかる見た目してる風景画。
あー、すごく貴族だなぁ。
頭を抱えたくなるのを我慢して、自身の目の前に座っている老年の男性。現シャムロック辺境伯であるウィリアムさんを見据える。
礼儀作法って大丈夫だよな?
くそっ、こんな焦るくらいなら練習しときゃよかった!
「ジョン・ステイメンくん」
あー、だいぶ覚悟決めてるような顔だ。
まず謝罪したほうがいいよな。多分悪いのは俺だし……せめて家族に迷惑かけるのだけは避けたい。まぁ連帯責任ってことで罰せられることもあり得るから……そうなったら両親になんて言えばいいんだ。
「辺境伯閣下、今回は誠に申し訳ありま」
「うちのバカ息子が迷惑をかけたようで、本当に申し訳ない!」
ゴンッ!と殴打音のようなものが鳴る。
みれば、辺境伯が大理石のテーブルに頭を打ち付けて……例えるならばソファーに座ったまま上半身だけ土下座みたいな状態になっていた。
え、え?
お、俺罰せられるんじゃないの?
「あ、あの。頭を上げていただいて……そんな、申し訳ないです」
「本当ならば貴紳諸法度(きしんしょはっと)に則ってシャムロック家が罰せられるような事態なのだ。更にそのようなことがあったにもかかわらず地方派遣官に報告しないで頂いたこと、まことに厚情痛み入る」
あ、貴紳諸法度っていうのか。貴族諸法度じゃなかった……。
いや、そんなことよりも!なんで辺境伯が俺に頭下げてるんだ?平民だぞ俺。だいたい地方派遣官とかに通報してもせいぜい注意くらいで済むと思ってたんだけどそんなに恐れることなの?
「地方派遣官に我が家の汚点が報告されては辺境伯の品位、ひいては権威に関わるんだ。改めて此度はうちのバカ息子が本当にご迷惑を……なんとお礼したらいいか」
「あいや、そんな、閣下、大丈夫です。えっと、僭越ながらお聞きしたいのですが、ヴィクトリアお嬢様の怪我の具合は大丈夫ですか?」
「ヴィクトリアは今メイドに看病をさせていてね。君が処置をしていてくれたおかげか、怪我が残りそうにもなく容態は安定しているよ」
あ、それはよかった。
まぁ心配事も確かにあったけど、怪我が心配で助けたのは本当だし助けた相手が無事に治りそうなら万々歳だ。ちょっと頭の中をいまいち整理しきれてはないけど、罰せられるというようなことはなさそうだから一安心だ。
「しかし、ヘンリーには困ったものだ。兄妹仲良くするように言っているのに、影であのようにしていたとは。昨日、ヴィクトリアが打ち明けてくれてよかった。庶子というだけで下に見るなど、時代錯誤も甚だしい……誰に影響されたのか」
そういってウィリアムさんは頭を上げてつぶやく。額が真っ赤になってて、本当に痛そうだ。
あとそれは親の教育が行き届いてないせいじゃないのか?と一瞬思ったが、親がちゃんとしてても外面だけ良くて中身や裏は歪むようなやつもいるし仕方ないことなのかもしれない。
例えば今まで聖女みたいに思ってた女が他の男に股開いてた挙げ句にそのこと追求したら逆上して人のことを蹴飛ばしてきたってこともあるしな。お前のことだぞクソビッチ。
とりあえず時間帯を把握するために壁掛け時計を見る。
もう昼時か。とりあえず母さんと父さんにどう説明したらいいんだろう。それに勉強と鍛錬もしないと。うーん……辺境伯相手に気は引けるけど、そろそろ帰らせてもらうか。
「あ、あの。辺境伯閣下」
「しかし、このまま放っておいたらまた同じことをしでかしかねない……仮にも息子だし召使いや護衛も物怖じしてしまうか……うーむ。そうだ!」
「あっ、えっと、閣下?」
すると、今まで考え込んでた体勢をしていたウイリアムさんが、まるで名案でも思いついたかのように手をポンッと叩いた。なにか嫌な予感がするぞ。
「ジョン・ステイメンくん。よければうちのヴィクトリアの家庭教師にならないか?」
「は?」
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