第9話『寝取られ男はやらかす』

「あー、筋肉痛と頭痛がやべぇな」  

 次の日。

俺は一人、家にある藁のベッドの上で寝転がっていた。  


 絹は論外としてそれよりも安くて寝心地のいい木綿のベッドなんかもあるらしいんだが、こんなど田舎じゃ中綿が劣化したら変えるのも馬鹿にならないので藁を敷いてその上に木綿のシーツなりを敷くのが一般的だ。


 まぁ藁の匂いが安眠効果を誘うので俺は嫌いじゃないんだが、それでも一般には好まれてない。頻繁に交換しないと汗で藁が腐るし、なによりシーツから突き出した藁が肌をつんつん突いたりするし。


「あー、やる気が出ない。でもやる気出さないとなぁ」

 そう、俺には四年後が待っている。

努力を続けないと文字通り最悪なルートに行ってしまうのだ。なので前進し続けないといけないのだが……いかんせん基礎練はまだしも勉強という慣れないことをすると非常に体に悪い。


「とりあえず散歩でもするか」

 本当ならベッドの上で寝たいところだが、このままだらけていても何も進行しない。散歩でもして気分転換するのが一番だろう。今日は休日だし。









「お、ニセタンポポキノコじゃないか。珍しい」

 近くの林道でも歩くかと思って散歩していると、道端に黄色く花開いた一見タンポポのように見えるキノコを見つける。


 毒キノコと間違われがちだが、解毒剤の原料なのでギルドや薬屋では割といい値段で買い取ってもらえる。でも特定の薬草と一定の量で調合しなければただの不味いだけのキノコなので、自分で調合するのはおすすめしない。普通にまずい。吐きたくなるくらいクソまずい。


 そうして野原にぼんやりと続いている土道を歩いていると、どこか喧騒のようなものが耳に聞こえる。なんだ?


「シャムロック家の面汚しが!ふざけやがって!」

「兄さんやめて!もうなにもしないから!」

「ふざけるな、そうやって貴様は何度も!」

 シャムロック?

ここら一帯を支配している貴族だよな。爵位は伯爵……いや、辺境伯だっけ?どっちにしろ割と偉い貴族だった記憶がある。


 まぁクソビッチと関わるのと同じように、下手に貴族と関わるとろくな事にならないのは万国共通だ。ここはスルーさせてもらうとしよう。


「父上の妾の……あの女の娘であるお前がうちにいられるのがおかしいんだよ!」

「兄さん、ごめんなさい……もう顔も見せないから……」

「うるさい!俺に口答えするな!」

 そう言って、俺より少し上のように見える金髪の男の子が青あざだらけで顔を覆う金髪の女の子へと馬乗りになり、殴りかかろうとする。

あー、こりゃ……。


「この面汚し!死んでしまえ!」

「ひっ」

 







「いかんでしょ、お兄さん。妹の顔殴っちゃ」

「!?、誰だお前!」

「ただの平民」

 振り上げられた腕を掴む。

いい生地の服着ちゃってまぁ……羨ましいな。


「平民が僕に指図するな!」

「お貴族様のプライドは結構だけどさ、貴族っていうのは祖先が偉業を成し遂げて王様から爵位貰ってんだよな?」

 強く握る。

金髪兄が口端からくぐもった悲鳴を上げる。たぶんもう少し力を入れて捻れば骨は折ることができる。まぁさすがにしたら絞首刑かもしれないからしないけど……。


「そ、それがなんだ!」

「なら、あんたはそれを継承しなきゃなんねぇんだろ。あんたのご先祖様ってのは自分の妹殴るくらいしょうもない人間だったのかよ」

「な、何も知らないお前が何をわかったような口を!この女はな、父上の妾の子……つまり本当はいてはいけないやつなんだよ!だからさっさとその手を離せ!」

 まぁ、庶子ってやつか。

人の……それも貴族のお家事情に口突っ込むべきかどうか。――でも今更だよな。今こそ勉強の成果を見せるときだ。


「ブロッサミア王国じゃ、庶子差別は禁じられてるんだったよな。第七代国王エミール・ブロッサミア2世が決めた貴族諸法度だかで」

「うっ」

「まぁ今、貴族の息子の腕を握ってる俺が不敬罪になるかはともかく。庶子だからって差別して妹ぶん殴ってることを通報してもいいんだぞ。殆どは貴族の私兵だが、王都からの官吏(かんり)もいるんだろ?」


 まぁたぶん通報したところで次からやめてくださいねってなるのがオチだと思う。それよりいま頭が追いついてきたんだが、これ貴族の子供の腕掴んでる俺のほうがやばくないか?俺だけならまだしも家族に処罰が行くんじゃないのか。


 やばい。

なんてことしでかしてしまったんだ……やっぱり絞首刑か?絞首刑になるのか?


 ど、どうすればいい?

謝罪すればいいのか?やっぱり出過ぎた真似してすみませんお貴族様勘弁してくださいって言うべきなのか?土下座か?頭を土に擦り付けたら許してくれるのか?


「うっ……平民め。くそっ、父上に言いつけてやる!」

 は?

ちょ、ちょっと!謝罪する前にどっか行かないでくれ!


「あ……」

 緩んだ手を振りほどかれ、金髪兄がどこかへと去っていく。

気づけば今ここには、俺とただひっくひっく泣いている金髪妹だけしかいなくなっていた。


「えーと」

 平民が貴族の腕を掴んで説教してしまう。普通何様だってなるよな。貴族からしたら平民ごときが生意気な、死ね!ってなるよな?

えっと……俺、もしかしてやっちゃった?

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