第三十三話

サザークの船着場からテムズ川の舟に乗り、ようやくジャンの屋敷があるグリニッジへ辿り着いた3人は陸に降りたつ。そこには、美しく見晴らしのいい田園風景が広がっていた。


「ったく、なんでおまえまで来るんだよ」

「ジッと待ってるのは趣味じゃねえんだよ!それに、御前公演できなくなったらジャンの屋敷に行く機会なんてないだろうし、行ける時に行っといた方がいいからな」

「縁起の悪いこと言うなよ!」

「見えてきました!あそこです」


 トーマスとオリヴァーがくだらない言い争いをしながら歩いていると、ロイが、なだらかな丘の先にある宮殿のような屋敷を指さし、早く行きましょうと促してくる。


「スゲー!あいつって本当に大貴族様だったんだ!」

「お前達!」


 だが、三人が走り出すやいなや、周囲を巡廻していた2人の衛兵に呼び止められる。トーマスは、厳しい警備を抜けるためにも丁寧に説明しなくてはと、腰を低くして事情を語った。


「我々は決して怪しいものではありません。ジャン様の劇団の者です。今日はジャン様にどうしても伝えなくてはいけないことがありまして…」

「そんな話しは聞いてない!とっとと帰れ!」

「はあ?ふざけんな!明後日ジャンの劇団が御前公演する話し聞いてないのかよ!」

「我々は今日来るとは聞いていないし、おまえ達がジャン様の劇団の人間だという証拠もない」

「だったらジャンをここへ呼んで来い!」

「オリヴァーちょっと落ちつけ!申し訳ありません、ただ私達は本当…」


 衛兵に突っかかるオリヴァーをトーマスが止め、押し問答していると、突然、その隙をつくように、ロイが屋敷に向かって全力で駆け出す。


「おいこら!待て!」

「え?ちょっとロイ」


 ロイの突発的とも思える大胆行動に、トーマスもオリヴァーも驚いたが、ロイが走って行ったのは、ヘッドヴァン家本邸ではなく、少し離れた厩舎近くのコテージだった。

 誰も追いつけない風のような速さで走り抜けたロイは、コテージのドア前に到着するや強くノックし大声で叫ぶ。


「ポールさん!開けてください!お願いします!」


 すると、騒ぎに気付いたポールと初老の男が中からでてきた。


「どうしたんだよロイ、御前公演は明後日だろ?」

「ポールさん、彼らに俺達がオーク座の人間である事を説明してください!」


 ロイの言葉を聞き、後から追いついた衛兵達は疑わしげにポールに確認する。


「こいつらは本当にジャン様の知り合いなのか?」

「はい、私はジャン様に彼らへの手紙の受け渡しを頼まれているので、間違いありません」

「ほら!だから言っただろ!」


 年長の衛兵は、オリヴァーを忌々しげに睨みながらも、若い衛兵に、ジャン様に知らせてこいと命令する。若い衛兵が本邸に向かう後ろ姿を見送り待っている間、トーマスはロイに小声で囁いた。


「まったく、お前が駆け出した時は強行突破でもするつもりかと思ってビックリしたよ」

「すいません。前に来た時、ここに庭師のポールさん達親子が住んでるの教えてもらっていたので、俺達が怪しい者じゃない事を証明するのが先だと思ったんです」

「なるほどね」


 トーマスが感心していると、若い衛兵が戻ってくる。


「中へ案内するようジャン様に言われました。どうぞこちらへ」


 3人は衛兵達の後に続き、荘厳な屋敷の玄関へと向かった。



(ここが、ジャンの属する本来の世界なんだな)


 今まで、当たり前のようにジャンと親しくしてきたが、実際にジャンが暮らしてきた豪邸を間近に見たトーマスは、突然、ジャンと自分の身分の違いに、埋めようもない落差を感じる。


「やっべえ俺、こんな大豪邸に入るの初めて!なあトーマス!」


 だが、大興奮するオリヴァーに肩を叩かれ、トーマスは、頭に浮かんだ劣等感をすぐさま追い払う。そうだ、どんなに身分が違っていても、自分とジャンは同じ夢を持つ同士なのだ、引目を感じて卑屈になることはない。


「ついて来い」


 傲慢な衛兵達に促され、トーマスは、今まで直視したことのなかった、ジャンの住むもう一つの世界へと初めて足を踏み入れる。

 張り詰めた緊張感を湛えつつ、強い意志を感じさせる瞳で前を見つめるロイと、やたらテンション高くはしゃいでいるオリヴァーが側にいてくれる事に、心強さを覚えながら。

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