第二十五話

「アランの訃報を聞いた時は、我が耳を疑い悲しみにたえなかった。まして肉親の者達にとっては尚更だったろう。アランはイングランドの良心、迷える者達を導き照らす真に優しい光のような男だった」

「有り難きお言葉。陛下のご厚意、我々は生涯忘れることはありません。アランも、陛下がヘッドヴァン家を滞在先として選んでくださったこと、きっと天国で喜び見守っていてくれていることでしょう」


 エリザベス女王は、フランシスの言葉に深く頷いた後、その横に立つジャンを不信な表情で見やり、この者はとフランシスに問いかける。


「次男のジャンです。以後お見知り置きを」


 フランシスに促され、ジャンは恭しく女王の前で跪いた。間近で見る女王は、年老いてもなお威厳と気品を失っておらず、その佇まいに圧倒される。ジャンを一瞥する女王の瞳は、鏡のようにただあるものを映し出しているだけで、なんの感情も読み取ることはできなかった。


(この行幸中に、女王との距離を何としても縮めなくては)

 


 あの晩、一睡もすることなくトーマスと話あった後、ジャンは直様ヘッドヴァン家に向かった。

 母は、突然戻ってきたジャンを喜んで迎えいれたが、父は明らかに意表を突かれた顔をしていた。恐らくフランシスは、エドワード伯爵が拘束された当日、顔面蒼白になって戻ってくるジャンの姿でも想像していたのだろう。


 ジャンが、事が起こる前にヘッドヴァン家に帰ったのは、自分が態度を軟化させれば、父もエドワード伯爵の逮捕を踏みとどまってくれるかもしれないという微かな望みを持ってのことだったが、案の定、父はそんな甘い人間ではなかった。

 エドワードが拘束された日、ジャンは一か八かだとフランシスに、自分はヘッドヴァン家に戻り、兄の代わりになれるよう精進するのでエドワードを解放して欲しいと懇願した。

 しかしフランシスは、ジャンの願いをあっさりと退けたのだ。


『まさかおまえは、私がおまえを家に呼び戻すためにエドワード伯爵を陥れたと思っているのか?そこまでする価値がお前にあるとでも?』



「あの狸親父!」


 父の言葉を思いだし、ジャンは自室の壁に拳を打ち付ける。あれから時間だけが残酷に過ぎ去っていき、焦りばかりがつのっていく。

 しかし、父の言動以上にジャンを落胆させたのは、女王が全くジャンに興味を示さないこと。

 どうやらジャンは、女王のお眼鏡にはかなわなかったらしく、女王がやってきてから毎晩のように行われる晩餐会でも、ジャンがエスコートに指名されることはない。

 それどころか、女王は故意に、ジャンの存在を無視しているようにすら思えた。


(やはりこれは、無謀な賭けだったのだろうか…)


 ヘッドヴァン家と距離を取り、兄と母の優しさに甘え自由を謳歌していた自分が、今更女王に取り入り、オーク座の窮地を救ってもらおうなんて、ムシが良すぎるのかもしれない。

 だがジャンは、怖気づきそうになる自分を叱咤し奮い立たせる


(ダメだ、諦めるな!俺はまだ、自由も演劇も手放したくないんだ)


 自分のせいで逮捕されたエドワード、全てを知った上でジャンに協力すると約束してくれたトーマスと、公演を待つオーク座の俳優達。 

 そして何より、ジャンを信じて、右も左もわからない演劇の世界へ飛び込んでくれたロイのためにも、絶対に引き下がるわけにはいかない。


 幸い、トーマスとの手紙のやり取りを請け負ってくれている庭師の息子、ポールのおかげで、今のところオーク座の俳優達が諦めていないということは伝わってきているが、このままでは埒があかないと判断したジャンは、次の一手に出る事にする


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