あかみみのかめさん

かめろんぱん

あかみみのかめさん

むかしむかし、あるところに一匹のかめがいました。

そのかめは目の近くに赤い筋があったので、あかみみがめと呼ばれるようになりました。目の近くに赤い筋のあるあかみみがめはたくさん居ました。あかみみがめは特別なかめではありませんでした。

あかみみがめは普通のかめでした。


でも、ひとつだけ特別なところがありました。そのあかみみがめは他のかめよりも日光浴が好きで、他のかめよりも甲羅を干す時間がほんの少し、長かったのです。

甲羅を干す時間は少しづつ長くなり、干し過ぎてしまったせいか、目の近くの赤い筋の色が薄くなっていました。そのため、そのかめは他のあかみみがめから、ただのかめさんと呼ばれるようになりました。


かめさんは日向ぼっこをするのが好きです。晴れた日は長く干します。よく晴れた日には短い時間で甲羅が干せるので、他のかめはすぐ水に入りますが、かめさんはいつまでも日に当たるです。


他のかめはなぜかめさんがそうするのか分かりません。長く日を浴びていると皮膚が乾燥してしまうし、冷たい水の中は快適です。それに、水の中には食べ物もあります。


実はかめさんにもなぜそうするのか分からないのです。かめさんは一度日に当たると、なぜだかそこから動きたくなくなるのです。ずっと日に当たって、なんだか皮膚が乾いてピリピリしても、水の中には入りたくありません。

それでも皮膚が痛み始めては仕方ありません。かめさんは水に浸かります。


かめさんはそんな日々を繰り返していくうちに、長く日に当たれる方法を見つけました。甲羅以外は影になるような姿勢を取ったり、手足を引っ込めたり、水に漬けたりしました。たまに失敗して甲羅まで濡れてしまいましたが、もう一度初めから干せばいいのです。日の出る時間が長い時にしか使えない方法でしたが、かめさんは日光浴が好きだったので、日の出る時間を覚えていました。


そうして、ついにかめさんは日が沈むまで日を浴びることができるようになりました。


ある日、かめさんは思いました。日光浴が好きだからこんなことをしているのだろうか。それとも、池が嫌いだから日光浴をしているのだろうか。かめさんは頭を日に当て過ぎないよう引っ込めて、半透明で揺れる水面を見て思いました。池はなんだか嫌な感じがする。一度日を浴びるといつも池が嫌になるのです。池の中に食べ物があることも、快適であることもかめさんは分かっています。それでもなんだか嫌なのです。


かめさんは雨の日が嫌いでした。けれど、雨の日の池は好きでした。雨が降ると池の水が濁って底が見えなくなります。かめさんは黒い池を気に入っていました。かめさんは黒が好きでした。

ふと、他のかめがどう思っているのか聞いたことがないことに気付きました。かめさんは1日のほとんどの時間を日光浴に使っているので他のかめと交流する機会が少ないのです。


ある曇りの日、かめさんは異変に気づきました。仲間のかめが増えてるではありませんか。かめさんが日向ぼっこしているうちに、他のかめは子供を産み育てていたのです。かめさんはいつのまにか年長のかめになっていました。


日光浴ばかりするかめさんに、若いかめたちは興味津々でした。時々、若いかめがかめさんの真似をして日光浴しますが、どのかめも2.3日すると飽きてしまって、ぜんぜん続きません。


そんなある日、また一匹、かめさんの真似をするかめが現れました。かめさんはどうせすぐに飽きるだろうと思って放って置きましたが、1週間経っても、1ヶ月経っても、1年経ってもかめさんと同じ日光浴を続けました。


そのかめはおしゃべりだったので、日光浴中にもかめさんに話しかけてきます。

そのかめは日々餌を探し、陽を浴びて、そうして死にゆくのが嫌なようでした。

かめさんに話しかけるのは、他のかめたちにこの話をすると、うんざりしてどこかにいってしまうからだというのです。

そのかめは決まってかめさんに語りかけるのです。

ここは僕のいるべきところじゃないんだ。本当は無理矢理ここに連れてこられたんだ。僕はここには居たくないのに、本当はこんな生活をするはずじゃないんだ。もっと広くてどこまでも続いてる、そんな場所ににいるべきなんだ。とても遠くてそこがどこだかわからないけど、きっと南だと思うんだ。きっと今より日差しが強いはずだ、だからいつか南に行くために長く日光浴をして、甲羅を丈夫にする必要がある。そうなんでしょ?だから、そんなに長く陽を浴びるんでしょ?


かめさんはそうだとも、そうじゃないとも答えません。ただ陽が一番長く当たる場所で日光浴をするのでした。


ある日、池が急に騒がしくなりました。

かめさんはいつも通り日光浴をします。いつも一緒に日光浴をするかめはいつもにも増して捲し立てるように言いました。

やっぱりぼくたちはここにいるべきじゃないんだ、ここにいるべきじゃないから、やっと迎えが来たんだ、もうすぐ迎えが来る、それでこの池から出られる、僕は楽しみで仕方ないんだ、やっとこの日光浴が役に立つ日が来るんだ、かめさんも嬉しいんじゃない?


かめさんはめずらしく日光浴中にも関わらず、返事をしました。


君の言っていることは分からないけど、もっと日光を感じた方がいいよ。


次の日、異変はすぐに起きました。

池の水がみるみる減っていきます。


日が沈むことには、水位がかめさんの爪程しか残っていません。


池の中にいた生き物達が次々に拾われていきます。その中には南へ行きたいと言っていたかめもいました。きっと南へ行くのだと信じて喜んで拾われました。


池の中は大騒ぎでしたが、かめさんは動かずに日光浴をすることにしました。乾燥した甲羅が優しい夕日に照らされて、鈍く光っていました。


かめさんは日光浴が好きでした。

柔らかく暖かい日射しも射すような鋭い日射しも好きでした。


かめさんはどうしてか知っていたのです。

きっと最後は冷たい《白い冷蔵庫の中》だろうということを。

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