第9話 アイシア
「……はぁ。もういいや。強行策だ」
俺は〈
「ガルルゥ!」
「城に向けて飛べ。あとそいつも乗せろ」
ドラゴナーフトは翼をはたいて暴風を巻き上げながら飛び立つ。地上に取り残された騎士達は呆然と俺たちを見つめることしか出来なかった。
「ぎゃ、ぎゃー! なんだこれは!」
ドラゴナーフトの尻尾に巻き取られたティーシアが叫び声を上げている。
「ノート、どこに行くのが良い?」
「地下室でしょうね。こうなったらもう、人形を見つけてさっさと次の場所に逃げましょう」
「そうだな」
俺たちはそのまま城に突撃して壁をぶち破って乗り込む。ドラゴナーフトを〈
「ノート、地下室はどっちだ!」
「こっちです!」
俺たちはノートを先頭に地下室に向かって走った。ティーシアが何がどうなってるんだ!と叫んでいたが、後で説明すると言って黙らせた。邪魔する奴らは全て魔術で蹴散らしていった。もちろん殺してはいない。
地下室への階段が見えたところで、一人の男が俺たちの前に立ち塞がる。
どうせ雑魚だろうと思ってファイアボールを撃ち込むが、その男はファイアボールを軽々と剣で切り裂いてみせた。
「お前が宰相の言うアイシア様を攫おうとする輩か。この国を象徴するあの尊いお方に……その薄汚い手で触れようとは、許せん、許せんよなあ」
(こいつは何を言ってるんだ?)
(……アイシアって、聞き覚えがあるな)
「ナンバー7677の名前ですね。ここにいるんでしょうか」
ノートが俺の思考を読んでそう補足する。
「ベル……逃げた方がいい。彼は、フォート騎士団長だ。この国で、一番強い男だ」
男を見たティーシアが冷や汗を流しながらそう言った。
(ふーん、この男、そんなに強いのか)
ティーシアがフォート騎士団長と呼んだ男は、白髪の混じった壮年の男で、年齢のわりに体格はがっしりとしていた。服装と髪型も綺麗に整えているというのに、目だけが完全にイカれた狂信者のそれだった。
「騎士団長だか何だか知らんが、邪魔をするなら痛い目みてもらうぞ」
俺はそう言ってファイアボールを連射しつつ、〈
しかし騎士団長は事も無げにその火球を叩き切ると、何らかの詠唱らしき言葉を呟いた。
「固有魔法 密室の
俺の義腕と両腕が何の前触れもなく切り落とされ、ごとりと音を立てて床に落ちた。
———は?
斬られた、のか?
「ほう、血が出ぬのか。やはり魔物の類か」
騎士団長はカツカツと歩いて来て、俺の眉間に剣の切先を向ける。
「私の目に狂いはなかった。やはりお前は滅すべき存在、死んでアイシア様の光の届かぬ地の底に落ちるといい」
(くそっ……俺、全然弱いじゃねえか)
俺はオーガや雑魚騎士をあっさりと倒せて調子に乗っていただけだったのだ。そういえばオリンピアにも一瞬で殺されそうになったし、俺より強いやつはこの世界に五万といそうだ。
(こんなことなら、初めからタナトス・マーク2とか別の体に変えておけばよかった)
(いや、今からでもなんとか隙を見つけてやってやる。どうせ死ぬなら、一緒にこの国を滅ぼしてやる)
「お終いだ」
騎士団長は流れる動作で剣を振り上げ、
「———待て!」
俺の頭を真っ二つに叩き切る直前でその剣を止めた。
声の方を見ると、息を切らせた金髪の少年がいた。
「陛下! ここは危険です、お下がりください!」
クソ団長はその少年を陛下と呼んだ。
(……このガキが国王か?)
(なんだか知らんが、助かったかもしれない)
「フォート、これはどういうことだ!」
騎士団長は片膝を上げて
「はっ、宰相の命によりこの国を脅かす魔物を討伐するところでした」
「俺はその少年を城に招待しろと言ったのだ! 殺せとは言っていない」
「で、ですが宰相が」
「もういい。宰相含めて沙汰は追って下す」
国王らしき少年は俺を抱えて起こしながら言う。
「すまなかった。あなたが、アイシア様のお父上なのだろう? アイシア様がお呼びだ。ついてきて欲しい」
そうして俺は国王によって地下へと案内された。クソ団長に切り落とされた両腕と義腕はとりあえず〈
地下には石造りの厳重な扉があり、国王はその前で立ち止まる。
「アイシア様はこの中でお待ちだ」
俺は国王にその部屋に入るよう促される。ちなみにノートとティーシアはここで待つように言われていた。
(……ここに、アイシアがいるのか)
(あぁ、なんて言えばいいんだ。アイシアは、かつて彼女を捨てた俺を恨んでいるだろうか?)
(くそっ、俺は他人のことで頭を悩ませるのが大嫌いだ。こんな風になるのが嫌で、心を持つように作ってしまった人形達を捨てたというのに、どうしてまたこんな思いをしなくてはならないのか)
国王の少年が扉に触れると、扉に刻まれた魔術回路が光を放ち、ゆっくりと扉が開かれる。
(……よし、前にノートも言ってたように、とりあえず謝ろう。あとは出たとこ勝負だ)
俺が部屋の中に足を踏み入れると、背後で扉が大きな音を立てて閉ざされた。
その部屋の中央には少女がいた。少女は
「アイシア……?」
「お父さま! お会いしたかったです」
アイシアは俺を見ると花が咲くように笑ってそう言った。
(よかった、恨まれてはいなさそうだ)
「あぁっ、お父さま、腕が! ごめんなさい……私のせいで。私は、お父さまに会いたいと言っただけなのです。それをきっと宰相が、私がこの国から離れてしまうと思ってお父さまを殺そうとしたのでしょう……本当に、ごめんなさい。宰相や騎士団長にはあとでちゃんと言っておきます。あれでもこの国には必要な人たちです。追放したり処刑するわけにはいきませんが、ちゃんと罰を与えます……それで、許してもらえるでしょうか?」
「大丈夫、別に怒ってないよ。腕だってすぐ直せる。それより、謝るのは俺の方だ。俺は昔、アイシアを捨ててしまった。本当に、すまん」
「まあ、お父さまはそんな風に思ってくださっていたのですね! 私はなんとも思っていませんわ。それより、こうしてお父さまにまた会えたことが嬉しいのです。街の中になんだか懐かしい気配を感じたので探っていたら、お父さまを見つけました。見た瞬間わかりました、この人は私を作った人なんだって。もしかして、お父さまは私に会いに来てくれたのですか?」
「あぁ、まあ、そんな感じだ」
「やったあ! 嬉しいですわ。本当は私がお父さまに会いに行くべきだったのでしょうが、私はお父さまがどこにいるかも分かりませんでしたし、それに……ここを動くことができません」
「どうしてだ?」
俺がそう聞くと、アイシアは少し戸惑いながら、自分のスカートをめくった。
そこにはアイシアの艶かしい下半身が……なく、タコのようにいくつもの配管がアイシアの胴体に繋げられていた。
(これは、なんだ? アイシアは元々こんな人形だったのか?)
(そんな訳がない。俺は肋骨人形を全て人型に造ったし、俺がこんな醜悪な人形を作る訳がない)
「アイシア、この体はなんだ? この国の奴らに改造されたのか?」
(俺の人形を勝手に改悪しやがって。不愉快だ、ぶっ殺してやる。皆殺しだ。血の一滴も残さずこの世から蒸発させてやる)
「お父さま、怒らないでください。違うのです。これは、私が望んでやっていることなのです。話すと長くなりますが、聞いてくださいますか?」
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