42.空気が薄くなる気がするのよ。

 渡会わたらいは、その話す内容以外はなんの問題もない完璧な美人だ。見た目も、声も、非の打ちどころがない。それが今の四月一日わたぬきの評価だ。


 が、その評価が安定してきたのは本当にここ最近になってからだ。


 もちろん、容姿や声といった、表に出てくる要素が大きく変わったわけではない。


 加えて彼女の話す内容から毒が消えたことはただの一度たりともない。


 そういう意味で言えば彼女はあくまでずっと同じスタンスを保ち続けていたと言っていいだろう。

 

 事実、その変化に気が付かない人がほとんどだろうし、渡会本人ですら気が付いていない可能性も有る。


 だが、四月一日は知っている。


 出会った頃の渡会には、今よりももっと棘があったことを。


「はぁ…………クソうっさいから半分くらい死滅しないかしらね」


 後ろから聞こえる、四月一日にしか聞こえない音量の毒。四月一日は振り向いて、


「死滅って……なんでまたそんなことを言い出したんだ」


 渡会は露骨に機嫌を悪くし、


「敬語を使いなさいな、敬語を。目上の人間には敬意を払えって習わなかったのかしら?ああ、それとも、そのくらいも理解できないくらい頭が残念なのかしら」


 この塩梅である。


 渡会の発言には基本毒がある。


 ただ、ここ最近はその内容はある程度「納得のいくような論理」と共にぶつけられることが多くなってきていた。


 それこそ締め切りに対しては彼女なりの論理があったし、流行りものに対してだって、ただ毛嫌いしているわけではないのも良く伝わってきた。


 それが彼女の良いところであり、四月一日がついつい話を聞いてしまうところでもあるわけなのだが、こと最初の一週間くらいはそんな可愛げは全くなく、毒が含まれているというよりは毒そのものを直接ぶつけられているような、そんな内容の会話が多かったと思う。


 四月一日は気を取り直して、


「それくらいは理解できますけど…………で?なんで死滅なんですか?」


 渡会はこれ見よがしにため息をついて、


「だって視界に映ったらうざいじゃないの。アホだし」


 このありさまである。


 四月一日が出会った直後の渡会は、はっきりいって棘の塊のようなものだった。


 こちらがちょっとでも意にそぐわない発言をしようものなら口をきいてくれなくなるし、二言目には「死ねばいいのに」と「うざい」が出てくるような状態。


 周りから見れば今もそんなもんに見えるのかもしれないけれど、ずっとその変化を見てきた四月一日からするとえらい違いなのだ。


「第一ね、四月一日くん。一クラスにこんなに人数要らないのよ。なに四十人って。馬鹿じゃないの。教師と生徒の比率が明らかにおかしいわよ。そんなんだから色んなことを見逃すのよ」


 そう言って窓の外に視線を移してしまった。


 彼女の目には一体何が映っているのだろうか。


 四月一日には登下校中の学生と、四月とは思えないほどの気温を提供し続ける太陽と、そのバックに広がる一面の青空くらいしか見えてこない。


 けれどそれは、きっと彼女の見ている風景ではないのだろう。四月一日からすればあまりにも当たり前で、気にもならないようなことに、彼女の視線は釘付けになっているに違いない。


「ねえ、四月一日くん」


「ん?なんですか?」


「ここから富士山って見えないのかしらね」


「…………見えないと思いますよ」


 そう、四月一日が気にならないようなものに、釘付けになっているのだ。


 ……まさか、富士山探してるとは思ってなかった。ここから見えるわけないじゃないですか。東京にあるいち高校の、たかだか二階の校舎から。

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