phrase.9

41.誰だっていきなりラブホテルに連れ込まれそうになったら戸惑うと思うよ?

 渡会わたらいはいつだって自信満々だ。だから、自分の言うことなすことに全く躊躇が無い。必要だと思ったら言うし、嫌だと思ったら「嫌だ」と言う。


 当たり前のことのように聞こえるかもしれないけど、世の中にはそれが出来ない人は沢山いる。そう、例えば“私”のような。


 だからこの日も、突然現れた渡会の話に耳を傾けていた。


「いざって時に手を出せない男って駄目よねぇ……草食系っていうのかしらね。ああいうの、良くないわよ、ホント。いくら男女平等って言ったって、いざって時には頼りにならないと一生童貞のままよ」


 なんだろう。


 約一名のことを言っているような気がする。


 と、いうか、恐らくそうだ。


 最近、渡会の話題に偏りが生じるようになった気がする。


 自由で唐突なのは前からなんだけど、その内容が以前よりも随分と「一人の男子生徒」についてに限定されるようになったような気がするのだ。


 名前は四月一日わたぬき……四月一日なんていうんだったっけ。下の名前を失念してしまった。


 なにせ渡会が彼のことを語る時に下の名前を口にする事なんて一度もないもんだから、すっかりと頭から抜け落ちてしまった。結構、珍しい名前だった気がするんだけど。


 そんなわけで、今日もまた、名前は口にしていないものの、きっと四月一日のことを言っているのだと思う。


 私──六角ろっかくは疑問をぶつけてみる。


「どうしたの?なにかあったの?」


 そんな問いかけに渡会は肩をすくめ、


「別に何もないわ。ただ、肝心な時に手を出せない男って駄目よねぇって思っただけよ」


 恐らく、何もないなんてことはないはずだ。


 いや、何もなかったのは事実なのかもしれない……ややこしい。


 ともかく渡会は、四月一日に手を出されなかったらしい。と、いうことは、二人はそれなりにムードのある展開になったのだろうか。


 だとしたら凄いことだ。友人に対していう事ではないかもしれないが、渡会相手にそういうムードに持っていくのはとんでもなく難しいはずだ。


 それを「手を出せばいけるところ」まで持っていったなんて、凄いじゃないか四月一日なんとかくん。


 私は攻め手を変え、


「んー……じゃあさ。具体的にどういう時に手を出さないとヘタレだと思うの?」


 渡会は「具体的にか……」と暫く考え、


「一緒にデートに行き、女性からラブホにでも行かないかと聞かれて、尻込みするやつとか」


「ラッ……!?」


 驚天動地だ。


 ラブホテル。それは男女が“そういう行為”を行うために訪れる場所。やることなど一つしかない……いや、たまに女子会なんかにも使われているらしいけど。面白いつくりのところ多いものね。


 私はひとつ咳払いをして、気持ちを落ち着かせて、


「え、いったの?ラブホテル?」


 渡会は両手をひらひらさせて、


「行ってない行ってない。前は通ったが、中になんて入ってないぞ」


 前は通った。それはつまり、「四月一日くんをラブホテルの前まで連れて行った」といういことじゃないのか。そこまでいっておいて手を出さなかったのか。


 なるほど、それは確かに草食系と言われても仕方がないのかもしれない。昨今だと絶食系とでもいうのだろうか。


「まあ、そうだねー……ラブホテルに行くくらいいい雰囲気になってて、手を出さなかったならいまいちかもねー」


 渡会は我が意を得たりといった具合に、


「だろう?全く、なにをびびっているのだか……そんなにムードが大事なのか」


「ちょっとまって」


 私は思わず待ったをかけ、


「ムードが大事って……え?いいムードになったらって話じゃないの?」


 渡会は「何を言っているんだ」とでも言いたげな表情で、


「童貞を卒業させてやると言ってるんだ、素直に乗ってくるもんじゃないのか?」


 そう言い切って見せた。


 繰り返しになるけど、渡会はいつだって自信満々だ。だから、自分の言うことなすことに全く躊躇が無い。必要だと思ったら言うし、嫌だと思ったら「嫌だ」と言う。


 当たり前のことのように聞こえるかもしれないけど、世の中にはそれが出来ない人は沢山いる。そう、それが普通なのだ。


(そりゃ、いきなり連れ込まれそうになったら流石に戸惑いますよ……)


 そう、思わざるを得なかった。口には、出さなかったけどね。

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