第25話 メリーさん
「ある少女が引っ越しの際、古くなったフランス人形を捨てていくんだ。人形の名前は『メリー』」
誰にも内緒だよ。
人差し指を口に当て、そんな決まり文句を頭において、オレは物語を紡いだ。
オレがちなつにこの話をすることになった理由。
それはおよそ15分前のことになる。
*
「想矢ー? いるー?」
「ちなつ? どうしたの?」
「あー! 昨日どこ行ってたの⁉ せっかく会いに来たのにいないんだもん!!」
「そういうことってあるよね」
「むー!! そういう時はごめんなさいでしょ!!」
「ごめんなさい」
別に悪いことは何もしてない気がするけれど。
昨日はちなつと会う約束なんてなかったし、今日も別に約束していたわけじゃない。
「で、何か用?」
「うん! 一緒にあそぼー!!」
「いいよ。ひとりかくれんぼにする? ひとりこっくりさんにする?」
「なんで一人遊びばっかり例に挙げたの⁉」
おっといかん。
「あはは、ごめん。最近怖い話ばっかり読んでたから、オカルトチックな遊びばっかり出てきちゃった」
「え、怖い話なの? 想矢、怖い話いけるクチ?」
「ははーん。ちなつは怖い話が苦手なんだな?」
「そ、そんなことないもん!!」
嘘つけ。
『ぱんどら☆ばーすと』内でもちなつの怪談耐性の低さは言及されてたぞ。
「な、何よその顔! 怖くないって言ってるでしょ!」
「えー? 本当にー?」
「ほ、本当よ!!」
*
そんな感じで怖い話をすることになった。
ただし、かわいい話だけって条件で。
かわいい女の子が出てくる怪談話ってむしろ怖くない? さては怪談話を知らないな?
そんなこんなで、オレが選んだのは『メリーさん』。
「その日の夜、少女のもとに1本の電話がかかってくるんだ。『あたし、メリーさん。今、ゴミ捨て場にいるの』ってね」
「ひっ」
ちなつの瞳が揺れる。
声が震える。
「少女は怖くなって電話を切った」
「よ、よかった。無事だったんだね」
ほっと息をつくちなつ。
オレは頷き、言葉を続ける。
「うん。――その日のうちはね」
「えっ⁉」
「次の日、また電話がかかってくるんだ。『私、メリーさん。今あなたの最寄り駅にいるの』ってね」
ちなつが奥歯をカタカタと震わせる。
「少女はまた電話を切った。だけど電話は毎日かかってきた。『あなたのマンションの前にいるの』。『あなたのマンションの2階にいるの』。『あなたのマンションの3階にいるの』。少女たちが引っ越したのは401号室だった。そして次の日、また電話がかかってきたんだ」
オレは指をあてた口の端を吊り上げて、瞳は遠くを見つめる感じでちなつに告げる。
「『私、メリーさん。今あなたの部屋の前にいるの』」
「やだ! やだぁ!!」
「少女はいよいよ耐え切れなくなって、扉を開けたんだ。『いい加減イタズラはやめてくれ』って言うためにね」
「お、おお!! そ、それで⁉」
「そこに、メリーさんの姿はなかった」
ちなつがほっと息をつく。
「少女もちなつみたいに、ほっと息をついたんだ。そのとき、また電話がかかってきた」
「で、でも! もうイタズラってわかってるんだよね!」
「うん。だから少女は電話に出たんだ。そしたら、またいつもの声でメリーさんが言うんだ。
『今、あなたの後ろにいるの』
振り返るとそこには! 少女が捨ててきた人形が!!」
ちなつが大きな口を開けた。
叫んでいるっぽいけど、声になっていない。
人間、本当に怖いと声なんて出ないもんなんだな。
「こ、怖くなんて、ないんだからね!!」
ちなつさんや。
オレにぎゅっと抱き着いておりますがな。
その強がりはちょっと無理がありますがな。
涙目になりながらも、力強く目じりを上げて訴えかけてくる。まあ、ちょっとからかいすぎた自覚はある。いい加減引き際か。
「大丈夫だよ。ちなつには、オレがついてるだろ?」
「でも、昨日は、一緒にいてくれなかった……」
「まぁ、それを言われると弱いんだけどさ」
神藤ではなく笹島として生きるちなつは、呪いと深くかかわらずに生きていくだろう。
『ぱんどら☆ばーすと』内でも、一般人は呪いの存在を知らないって書いていたし、ちなつも最初オレに説明するとき、オレが呪いを信じない前提で話しかけてきた。
それくらい、一般人にとって呪いは縁遠い。
だから、ちなつがそこまで怖がる必要はないんだけど……。
「ちなつが危ないときはいつだって、どこにいたって、必ず駆けつけるよ。メリーさんだろうと渦人形だろうと、守ってみせるさ」
「本当?」
「本当さ」
「約束できる?」
「約束する」
ちなつは口をきゅっと結んだ。
それから、小指をたててオレ側に突き出した。
「じゃあ、指きりね。もし想矢が嘘をついたら、指を斬り落とすんだから」
「呪術的な指きり⁉」
そういうのは平気なの?
「できないの?」
「やります」
いいさ。
何があっても守りぬくんだ。
指を斬り落とすことになんて、なりやしないよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます