第24話 東雲家

 やべえ。

 調子乗って強力な呪いを使用した反動が。


「……矢。想矢? 聞いてる?」

「え、うん。何?」

「もう! やっぱり聞いてないじゃない。さっきの騒ぎで人が集まってきてるわよ、どうするの?」

「あー……」


 周囲をぐるっと見回す。

 わぁ、すっごい人だかり。


(だるいなぁ。どこかに一人で休める場所は無いだろうか)


 オレは必死に考えた。

 それはもうジョン・フォン・ノイマンくらいの思考速度で考えた。


(あ、【アドミニストレータ】で時間を止めてそこで一回昼寝すればよくね?)


 うは、オレ天才。

 はい【アドミニストレータ】起動。


 じゃあ、ちょっとお休み。



 起きた。

 時間は停止したままだ。

 まじ【アドミニストレータ】神スキル。


 ぐっすり寝たら疲労も回復したな。

 実質呪いの反動無効とか最強では?


「よし、逃げよう」

「え、ちょ」


 紅映の手を取り走り出す。

 通りの景色が後ろに流れていく。

 スマホを構えてるやつらには、悪いけど【時空魔法】で無理やりメモリを破損させてもらう。


「こっちだ」

「ちょっと……そっちに道は……」


 大通りから路地裏に飛び込む。

 その先に、道はなかった。

 大きな建物が行く手を塞いでいる。


「【時空魔法】」


 目の前に立ちはだかる大きな建物の屋根と、今いる足場の次元を無理やりつなげて移動する。

 移動が終わったらすぐに魔法を解除。


「ひゃっ? な、なにが――」

「静かに」

「んぐっ⁉」


 これで撒けたら万々歳だったんだけど、どうやら野次馬根性の強い数人が後を追いかけてきたようだ。

 行き止まりのはずの場所に飛び込んだオレたちを必死に探している彼らを、高い建物の上からぼんやりと眺める。


「さて、どう逃げ出したものかねぇ」


 ぶっちゃけ逃げ出す手段なんていくらでもある。

 呪いを発動して逃げてもいいし、彼らが飽きるのを待ってもいいし、【アドミニストレータ】を発動して停止した時間を駆け出したっていい。


 問題は、どれを選ぶかってところなんだが……。


「……んー?」


 何気なしに見上げた空に、影が浮かんでいた。

 翼が生えている。鳥か。

 ……いや待て、鳥にしては縮尺がおかしいぞ。


「碧羽さん⁉」

「お兄ちゃん⁉」


 空を飛んでいたのは碧羽さんだった。

 だから! 呪いと対峙しているわけでもないのに人前で超常の柩を使うなっての!!


 あ、目が合った。

 こっちに手を振ってる。

 ばか、こっちくんな。


 下の方がにわかに騒がしくなる。


 やれ有翼人だの、やれ鳥人だの。

 碧羽さんを指さしてやいのやいのと騒いでいる。


「やあ想矢くん! 遅くなったね」

「……もう少し遅くてよかったです」

「そ、そうかい? 紅映、想矢くんに迷惑かけていないだろうね?」

「……ついさっきまでは」


 紅映がオレの袖を引いて、耳元で小さくつぶやいた。


「……お兄ちゃんが、ごめん」

「いや、謝らないでよ。紅映も、苦労してるんだね」


 碧羽さんがどういう人かわかってきたぞ。

 この人、頭がいい馬鹿なんだ。


 オレのクラスメイトにもいる。

 フランス帰りの帰国子女で中国語も使えるし、成績も優秀なのに、突然真冬の池に飛び込んでみたり、岩垣を登ろうとして手を滑らせ腹に擦り傷を負ったりと奇行を繰り返すやつがいた。

 それと同類なんだ。


「ふふっ、どうやら二人とも仲良くなれたみたいだね。よかったよかった」


 そうっすね。

 オレはあいまいにそう返した。


「んー? なんだか人が集まっているね」

「お兄ちゃんが目立ってるからだよ」

「そうか。顔がいいというのは罪だね」

「罪科は他にもあると思います」


 率直な意見をぶつけると、碧羽さんは困ったように頬をかいた。

 それから、オレ同様の結論を出した。


「よし、逃げよう!」


 ……オレ、この人と同じ思考回路してんの?

 なんか嫌だなぁ。





 東雲家。

 食卓を、男女が囲っていた。


「それでね、想矢がこのぬいぐるみを取ってくれたの! とってもかわいいでしょ⁉」

「うんうん。とってもかわいいね」

「でしょでしょ⁉ お昼はどこにするって聞いたら私が気になってたパンケーキのお店に行こうって言ってくれたの。私は何も言ってないのにだよ?」

「想矢くんは聡明だからね」

「それでね、それでね……ってお兄ちゃん? なにニヤニヤしてるの?」

「うん? 別に?」


 碧羽が一瞬真剣な顔になり、すぐにまた微笑みかける。


「今日の紅映は、とっても楽しそうだなって思っただけだよ」

「ばっ……!」


 紅映が顔を手で隠す。

 だがその耳は真っ赤に染まっていて、指のすき間から見える瞳は潤んでいるのが丸わかりだ。


「そ、そんなんじゃないから!!」

「ははっ、紅映は恥ずかしがり屋さんだなぁ」

「ほ、ほんとにそんなんじゃないから!! 想矢には変なこと言わないでよね!!」

「ははっ、わかったわかった」


 そこには、確かに存在していた。

 想矢が守りたかった、東雲家の平穏な日常が。

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